D列車でいこう
阿川大樹 著 徳間文庫 刊
660円 (税込)
本書のタイトルを見た瞬間に、多くの人がジャズのスタンダード・ナンバーである「A列車で行こう」を連想したのではないでしょうか。1941年にデューク・エリントン楽団の演奏するレコードが発売されるや、この曲はたちまち大ヒットとなり、同楽団のテーマ曲として広く知られるようになりました。
「Aトレイン」とは、ニューヨーク市地下鉄のブルックリン東地区からハーレムを経てマンハッタン北部を結ぶ8番街急行のこと。「ジャズを楽しむハーレムに行くなら、速くて便利なAトレインでどうぞ」というタイトルと歌詞のついた曲です。
ゲーム好きな人なら、アートディンクが開発した都市構築型シミュレーションゲームを思い浮かべたかもしれません。このシリーズは日本国内だけでなく、アメリカやドイツでもヒット。数々のゲームアワードを受賞しています。さらに鉄道マニアなら、この秋からJR九州が熊本-三角で走らせる予定の臨時特急の名前が「A列車で行こう」であることを知っているでしょう。
前置きが長くなりましたが、本書の「D列車」とは、「ドリームトレイン」の略です。ドリームトレインとは、本書に登場する主人公3人の会社名であり、また彼らが廃線への運命から救おうとしているローカル鉄道のことでもあります。
本書は「経済小説」というジャンルに属するエンターテインメントです。これまでの経済小説は、どちらかというと大企業を舞台にしたミステリー色の濃いものが多く見られましたが、この作品の方向はまったく違います。なんとなく泥臭く、そして明るい読後感です。
主人公は、才色兼備でMBA取得の女性ミュージシャン、良心的な融資を誇りにしてきた元銀行支店長、そして鉄道オタクのリタイア官僚の3人です。彼らが目指すのは、廃線が決定した第三セクターのローカル鉄道「山花鉄道」を救うこと。
山花鉄道は、かつては国鉄が運営していた広島地方のローカル線。全長33kmの路線を1日16往復の電車が1両で走っています。経営は極度に合理化されており、社員数はわずか20名。それでも年間3000万円の赤字が累積し、ついに廃線が決定されたというわけです。
主人公たちはこの鉄道に、典型的な日本の中小企業の姿を見ます。まじめに経営されていて、自慢の技や技術がある。でも売上は不振で、このままでは会社をたたむしかない。なくなったら困る人たちがたくさんいても、やめざるを得ない会社。そこをどうにかできないか--。
主人公たちが次々と繰り出す活性化アイデアは、じつに秀逸です。荒唐無稽の話はひとつもなく、どれもが実際のビジネスに応用できそうなネタばかり。鉄道マニア向けのファンタジーではなく、中小・零細企業を経営している人こそ読むべき「経営小説」です。
少なくとも『もしドラ』よりは仕事の役に立ちますよ。
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