オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

人と森の物語--日本人と都市林

池内 紀 著 集英社新書

777円 (税込)

サブタイトルに「都市林」という見慣れない言葉があります。Wikipediaでは「主として動植物の生息地または生育地である樹林地等の保護を目的とする都市公園。都市の良好な自然的環境を形成することを目的として配置する」と定義していますが、要するに人の暮らしと自然の折り合いをつける緩衝地帯のことです。

パリは西にブーローニュ、東にヴァンセンヌの森を擁し、ウィーンにはウィーンの森があり、他の古都も立派な都市林を持っています。対してわが国はどうか。「森と水の癒しの里」「森林セラピー基地」などといったお役所仕事の薄っぺらな空間や、箱物行政の隠れ蓑に使われる「緑」ばかりでお寒い限りですが、じつは日本でもはるか昔から、自然を呼び戻して人の暮らしを豊かにしようという試みが実行されていました。

たとえば酒田の防風林。酒田港を挟んで南北数十キロに及ぶ長大な緑の帯は、江戸時代の半ばから幕末にかけて、地元の篤志家が中心となって少しずつ広げられてきた営みの結果です。また、栃木の那須高原といえば緑豊かな別荘地を連想しますが、そのような姿になったのは明治時代になってから。それまでは那須火山帯がもたらした一面の砂礫地でした。ここにコミューンを作って森林作りを進めたのは、明治の華族たちです。

著者・池内 紀(おさむ)は著名なドイツ文学者にしてエッセイスト。ゲーテの『ファウスト』や『カフカ小説全集』などの翻訳や、『風刺の文学』『海山のあいだ』『ゲーテさんこんばんは』などの著書でかずかずの文学賞に輝いています。そんな著者が「都市林」に惹かれたのは、第1章「甦りの森」で紹介される苫小牧研究林との出会いから。北大の演習林でしたが荒れ放題で、大学当局のもてあまし者になっていた現地に新しい管理者が着任し、市民のための森に再生していくストーリーは、本書全体に貫かれている「自然への信頼」の大切さを読者に学ばせてくれます。

本書は全15章。北は北海道・苫小牧から、南は沖縄県・北部まで、日本全国の都市林とそれにまつわるエピソードが綴られています。すべて著者が自分の足で踏破した土地ばかりなので、現地の人たちとの暖かい交流談も読者の心を和ませます。

「コンクリートは使わない」
「外部の人間は使わず、自分たちだけでやる」
「金ではなく頭と時間を使う」
「計画にこだわらず結果を見ながら柔軟に対応する」
「ルールはなるべく作らない」

以上は苫小牧研究林を甦らせた石城謙吉氏が荒廃した藪に立ち向かったときの心得だそうです。石城氏には、こんな持論がありました。 「自然に対する仕事がいちばん大きな過ちを犯すのは、計画が忠実に実行された時である」

たとえば「治水のためにダムを作ろう」「農業用水のためにもダムが必要だ」ということでダム建設の計画ができます。しかし、予算が付いて建設計画が実行に移される時点で、当初の要件はそのまま変化していないでしょうか。予算が付いたのだからと、必要がなくなったものを無理やり作るようなことが横行していないでしょうか。

本書を読むと、人に対しても自然に対しても、「信頼すること」が最も大切なのだという教訓が胸に残ります。森を再生させる試みには知識も技術も必要ですが、もっと大切なのは自然を信頼することなのです。その結果、人が自然と共生していくために必要な知恵が生まれていきます。

全15章のタイトルと紹介される森は、次の通りです。
第1章「甦りの森」北海道苫小牧
第2章「クロマツの森」山形県庄内
第3章「匠の森」岩手県気仙
第4章「鮭をよぶ森」新潟県村上
第5章「華族の森」栃木県那須野が原
第6章「王国の森」埼玉県深谷
第7章「カミの森」東京都明治神宮
第8章「博物館の森」富山県宮崎
第9章「祈りの森」静岡県沼津
第10章「青春の森」長野県松本
第11章「クマグスの森」和歌山県田辺
第12章「庭先の森」島根県広瀬
第13章「銅の森」愛媛県新居浜
第14章「綾の森」宮崎県綾町
第15章「やんばるの森」沖縄県北部

「よし、読もう」と決意してくださった方はよろしいのですが、迷っている方にヒントをひとつ。本書は新書なので、ある程度以上の規模の書店には在庫していると思います。本書を見つけたら、「はじめに」を読んでみてください。15ページからなる「はじめに 緑の日本地図」を一読すれば、ご自分がこの本と縁があるかどうかがすぐわかります。

ちなみに、本書は「3.11」以降に脱稿していますので、震災被害についても触れられています。豊かな森も、人の住む町と同様に津波で消滅してしまいました。しかし、本書の視点からは、どうやって復興していけばよいかが明確に見えます。人の営みを大切に、自然を信頼して共生していけばよいのです。そこには、「効率」とか「メンツ」の入り込む余地はありませんし、科学技術への過度の傾倒もありません。

人のぬくもり、うるおいのある暮らし。そういうものの大切さ、確かさ、正しさが胸にしみてくる良書です。


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