下町ロケット
池井戸 潤 著 小学館刊
1,785円 (税込)
あちこちの書評で絶賛されている第145回直木賞受賞作ですから、もうお読みになった方も少なくないかもしれません。本書は直木賞候補にノミネートされたころから品薄になり、直木賞を受賞した時にはあちこちの書店で品切れ状態でしたが、今はもう大増刷が完了したので、どこでも手に入ります。
本作はエンタテインメント小説ですが、経済小説やビジネス小説にカテゴライズする人もいるでしょう。少なくとも推理小説ではありません。ラブロマンスやアクションもまったくありません。大田区にある中小メーカーの社長を主人公として、会社のスタッフや取引銀行の行員、顧問弁護士、取引先の役員、大手企業の社員などが脇を固め、先の見えない日常を追っていく話です。でも、抜群に面白い!
主人公・佃航平は宇宙科学開発機構の研究員として国産商用ロケットの開発に従事しますが、打ち上げ失敗の責任を取って辞任。父の後を継ぐ形で中小メーカーの社長におさまります。みずからの専門知識と技術を活かして小型エンジン関連の精密機械メーカーとして、徐々に売上を伸ばしていきました。
しかし中小企業の悲しさ、取引先から内製化のため発注停止を言い渡され、赤字化の対策で融資を申し入れたメインバンクからは嫌味を言われるばかり。そんなときにライバルの大手メーカー・ナカシマ工業から特許侵害の訴訟を起こされてしまいます。実際は侵害の事実はなく、訴訟による風評被害と法廷闘争長期化で佃の会社を弱らせ、有利な条件で吸収しようという悪だくみでした。
しかし法律知識の弱い佃たちは、古い付き合いの顧問弁護士に対策を任せきりにしてしまいます。この弁護士は技術に疎く、知財闘争にはまったく向いていない人なのですが、誰もそれには気づきません。そのため裁判はどんどん不利な形で進んでいきます。
そんな折、佃たちの会社が出願していた別の特許が、超巨大企業である帝国重工のビッグプロジェクトをおびやかします。帝国重工が開発中のロケットエンジンに、その特許が障害となることが判明したからです。「自社開発」にこだわる帝国重工は、佃たちの特許を買収しようとしますが、佃は首を縦に振りません。次善の策として特許の使用料を払うと決断した帝国重工に対して、佃は「製品として納入させろ」と迫ります。
内憂外患のピンチに立たされていながら、なぜ特許を売らないのか。佃の会社は騒然となります。役員や若手社員が公然と反旗をひるがえし、佃は経営者の孤独を思い知らされるのでした。
ラストシーンは種子島でのロケット打ち上げ。プロローグでの打ち上げは失敗に終わりましたが、ラストシーンはどうなるか。なかなか感動的ですので、お楽しみに。
著者は元三菱銀行(当時)の行員。おそらく本書の舞台であった大田区のどこかの支店に勤務していたのでしょう。そこで出会った多くの中小企業経営者の姿が、本書に見事に活かされています。小説は舞台や背景のリアルさが重要で、いくらストーリーが秀逸でも、舞台装置がお粗末だと興ざめしてしまいます。その点、本作はどの場面でも破綻がなく、一級の経済小説としても見事に成立しています。
著者は過去に、談合の是非を問うた『鉄の骨』(第31回吉川英治文学新人賞受賞作)と自動車会社の傲慢を暴いた『空飛ぶタイヤ』で直木賞候補となっています。本作での受賞は、文字通り「3度目の正直」というわけです。著者は今回も取れると思っておらず、ジーンズにTシャツという姿で記者会見に出る羽目になりました。
中小企業の経営というものを肌身で知っている人なら、必ず感動する作品です。400ページを超える大作ですが、「一度も本を置かずに一気に読み切った」という人が少なくないことも、お伝えしておくべきでしょう。
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