しまむらとヤオコー
小川孔輔 著 小学館刊
1,470円 (税込)
2回続けて小学館の本を取り上げることになってしまいましたが、別に他意はありません。ただ、子細に眺めてみると、大出版社らしい細かな気配りの行き届いた本作りが見えてきて、感心させられます。
昨今は本作りがずいぶん安直になっていて、売れている著者を7、8時間インタビューしただけで「一丁上がり」とばかりに、ゴーストライターや外部編集者の尻を叩いて本を作る拙速主義が目立ちます。
パソコンとソフトの進化によるDTPの波は、本作りのコストを劇的に下げましたが、その恩恵は読者には向かわず、出版社の赤字解消に使われています。その結果として読者の本離れが起き、出版界が長期低落傾向にあるのだと思います。
その点、本書はマーケティングの専門家(法政大学経営大学院教授)が丹念に足で取材し、パート社員から創業者の周りの人々にまで広くインタビューを繰り返して作られているだけに、「拙速」や「お手軽」とは無縁です。こういう本こそ「出版物」と呼ぶべきでしょう。
埼玉県比企郡小川町という地名に心当たりがなくても、ヤオコーやしまむらの名前を知らない人はいないでしょう。ヤオコーはまだ関東の北にしか店舗がありませんが、しまむらは日本全国1600店舗のファッションセンターを展開する「アパレルの雄」として、しばしばユニクロと比べられる存在です。
一方のヤオコーは、食品スーパーという大激戦業界にある中規模チェーンながら、首都圏に100店舗以上を展開し、21期連続で増収増益という奇跡の経営を継続しています。要するに両社とも健全経営の超優良企業というわけです。
その2社には共通点がありました。どちらも埼玉県比企郡小川町という小さな田舎町が出発点であったということです。本書はそこに着目し、両社の生い立ちから成長までの軌跡、何がライバルと違うのかという考察、そして地域性が社風にどのような影響を与えるかという点にまで言及したビジネス書です。といっても堅苦しさはみじんもなく、良質のドキュメンタリーを読み進める気分でどんどんページをめくることができます。
両社はともに、パート社員の使い方がとても上手です。しまむらの店長の6割がパート出身者であること、ヤオコーの集客の秘密がパート社員による「クッキングサポート」にあること、どちらもパート社員を成長の源泉ととらえて正社員との差別をしていないこと。
さらに、既存のビジネス書には書かれていない事実が読者を驚かせます。
「しまむらはセブン-イレブンの5年前に自前でPOSシステムを稼働させていた」
「NCRが主導した『セルフサービス化』が両社の飛躍に火をつけた」
「大資本との競争が、両社の経営スタイルを決定づけた」
「ヤオコーは成長期、経常利益の三分の一を大卒募集広告に投入した」
「現在、両社は手を携えて大資本スーパー撤退跡地に出店し、成功を収めている」
小川町という土地の歴史は古く、平安時代から町としての記録があります。江戸と秩父を結ぶ交通の要衝で、和紙や酒造りが盛んであり、盆地であることから埼玉県に2つしかない「小京都」の名称を持っています。もうひとつの小京都はお隣の嵐山町ですが、こちらは嵐山渓谷の風景からついたものです。
全国一律、金太郎飴のようなチェーン化の波の中で、「地域特性とは何か」を考えさせられる良書でした。ぜひご一読をオススメします。
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