オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

小商いのすすめ

平川克美 著 ミシマ社 刊

1,680円 (税込)

本というものもひとつの製品である以上、企画、設計、製造、流通という過程を経て世の中に出てきます。といっても機械部品などとは違い、設計図などはなく、へたをすると著者の頭の中だけで完結していることがあります。ものとして捉えれば、完成原稿が設計図で、製造工程は印刷・製本が相当すると言えなくもありません。

そういう流れで見ると、本書は他の書籍とは一風変わっています。というのは、企画が決定し、原稿を作っている最中に執筆方針が大変更になったからです。著者はこう言っています。

「本書は書き始め当初のプランを大きく逸脱したものになりました。当初のプランとは、縮小する経済状況のなかで生き残っていくための経営のひとつのあり方といったものを描写しながら、商倫理論や経営論を展開しようというものでした」

しかし、原稿を進めている最中に、東日本大震災が起きてしまいます。著者はこの「事件」によって、書き手としての自分の立ち位置を再確認しなくてはならなくなりました。そして、本書の内容を震災復興に役立てられないかと考え始めます。

「3・11以降、わたしたち日本人はそれ以前のすべての仕事をもう一度見つめ直す必要に迫られました。いや、そんなことはない。今までどおりのことを粛々と、という方もおられるかもしれませんが、わたし自身は自分の仕事を再点検しなければならないと感じています。そして途中まで書き進められていた本書もまた、震災と原発の事故を受けて大幅な修正を余儀なくされたのです」

ところで、本書は最近流行の「小商い=マイクロビジネス」の起業に関するノウハウ本ではありません。著者の言う「小商い」とは、ヒューマン・スケールの訳語であり、経済成長の対極を意味する考え方を示したものです。

著者は1950年東京生まれ。1975年に早稲田大学理工学部機械工学科を卒業後、内田樹氏らと翻訳会社を設立します。現在は株式会社リナックスカフェ代表取締役で、『株式会社という病』(文春文庫)、『経済成長という病』(講談社現代新書)など多数の著書を上梓しています。

本書の内容を簡単に紹介すると、大震災とそれ以前から始まっていた「移行期的混乱」を迎えた日本の、個人と社会のあり方を探求したものです。過去のある時点から、日本は経済成長から縮小均衡の時代へと違う道をたどり始めました。それは、日本の人口がはっきりと減少を示し始めた時点からです。

縮小均衡に向かう日本社会で求められるビジネスは、経済成長時代のものとは180度異なります。効率や技術革新、消費経済ではなく、「身のまわりの人間的なちいさな問題を、自らの責任において引き受けること」が、これからの日本を生き抜くテーマになると、著者は主張しています。

産業革命以降の経済成長期に人類が実現した社会は、人間の身の丈(ヒューマン・スケール)に合ったものではありませんでした。エレベーターがなければ登ることのできない高層ビルや、人間が足で移動するためのものではない高速道路など、エネルギーとテクノロジーに依存した世の中を、人類は築いてしまったわけです。

そして、便利な道具であったはずの貨幣は金融というモンスターに成長し、金融が実体経済を牛耳るという、尻尾が頭を振り回すような現実が生まれました。これもまた、ヒューマン・スケールではない環境です。

しかし、そのようなテクノロジー社会やグローバル経済は限界に来ていました。それを端的に示したのが、サブプライムローン問題に端を発したリーマン・ショックであり、福島第一原発の事故であったわけです。人々は見ないふりをしていましたが、振り子が頂点で反対の動きを始めるように、人間社会はそれまでとは反対の方向に動き始めていました。

本書には、そうした社会に呼応して、いかに人々が生きていくべきかの処方箋がたくさん示されています。著者が見せてくれるのは、経済の成長ではなく、社会の成長を目指して人々が生きるべきだという理念です。人は自然に反しては生きられない。これまでの「当たり前」をすべて見直して、みんなが自分に責任を持って生きる。そういう社会を著者とともに考えるための1冊です。


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