聞く力
心をひらく35のヒント
阿川佐和子 著 文春新書
840円 (税込)
『ビートたけしのTVタックル』などのテレビ番組や、週刊文春の人気連載「阿川佐和子のこの人に会いたい」、そしてさまざまな賞に輝く著書のかずかず。阿川佐和子という人を知らない人は少ないでしょうし、この人が嫌いだという人も多くはないと思います。そういうキャラクターが、この人をインタビューの名手にしているのでしょう。
本書は、そのインタビューの名手が初めて明かす、インタビューのコツです。いや、それにとどまらず、初対面でのコミュニケーションをいかにして成功させるかの指南本、さらには、人に対面したときに何を考えればいいのかという人生訓にもなっている本です。
インタビューというと、「自分はマスコミじゃないし、関係ない」と思う人もいるかもしれません。しかし、それは大きな勘違いです。お医者さんが診察室で患者さんと対面するときに必要なスキルは、なによりもインタビューの能力ですし、面接官も、コールセンターのオペレーターも、交番のお巡りさんも、インタビューが不得手では勤まりません。
さらに言えば、合コンだってマルチなインタビューと考えられますし、店頭で接客するにもインタビューの技術が必要です。飛び込み営業のサラリーマンにも、重役室で商談を進めるエグゼクティブも、部下に発破をかけなければならない中間管理職の人も、インタビューが上手でないと困るはずです。極端に言うなら、人と話をしなくて済むような環境の人以外、すべての人がインタビューを毎日どこかで行っているはずですし、その能力が高ければきっと得をするはずです。
では本書で阿川さんはどのようにそのコツを披露してくれるのでしょうか。ところが冒頭の「まえがき」から読者の期待は裏切られます。
「1993年の5月に始まった週刊文春の『この人に会いたい』という対談連載は900回を越え、年数で言うと今年の春から20年目に突入します。(中略)これだけ続いていれば少しはインタビューが上手になっただろうと聞かれると、その実感はほとんどありません。本文にも書きましたが、今でも対談に出かける前は、ビクビクどきどきしております」
阿川さんはご自身のことを「インタビューの名人」などとは少しも思っていませんでした。それどころか、「常識も教養も知識も漢字もことわざも、なにも知らない娘」で、弟さんから「お姉ちゃん、よくあんな、10年前から知ってましたみたいなシレッとした顔で、テレビに出ているよね」と詐欺師呼ばわりされるほどの物知らずだったそうです。
その彼女が、なぜ週刊誌で900回も対談を続けられたのか。なぜ他のメディアからインタビュアーとして声が掛かるのか。その秘密は彼女の卓越した「聞く力」にありました。「聞き上手」だからこそ、相手が心を開き、ふだん話したことのないエピソードを語ってくれる。「聞き上手」だからこそ、相手がいい気持ちになって、話題がどんどん広がっていく。『TVタックル』で一緒だったビートたけしは、「アガワさんと話すと、つい喋りすぎちゃう」と言っています。
上手なインタビューをするためには、「聞き上手」であればいい。それが本書の結論です。そして、どうすれば聞き上手になれるかが、全3章にわたって展開されています。さらに、これまで著者と対談した数多くの著名人たちのエピソードが、きら星の如くにちりばめられています。
本書はすいすいと読めますが、それは著者が読者と対等の場所まで降りてきて、まるで茶飲み話でもするように論を進めていくからです。くすっと笑える話、ぐっと涙腺がゆるむ話、それはひどいと怒りたくなるような話もバランス良く混じっています。
もちろん、精神論ばかりでなく、ちゃんと技術論もあります。たとえば「インタビュー前にメモを作らない」という話。しっかりレジュメを作ってしまうと、その通りにインタビューを進めようとしてそればかりが気になり、結果として相手の話が耳に入ってこなくなります。せっかく相手がおもしろい話をしてくれても、それに反応することなく次に進んでしまい、結局インタビュー全体が味気ないものになってしまうというわけです。
また、「相手の研究をしすぎない」ということも重要です。あまりにたくさんの資料を読み込んでしまい、「よし、これでわかった!」と自信満々になってしまうと、思い込みばかりが先行して真剣に相手の言うことを聞くことが難しくなるというのです。確かに、そういうことはありそうです。
著者は、だいたい3つくらいの柱を用意して、メモは作らずにインタビューに臨むそうです。そして、相手の話に応じて臨機応変に質問を切り替えていく。まったく筋書きのない、アドリブだけの真剣勝負なのだといいます。真剣に相手の話を聞き、自分の感性を最大限に研ぎ澄ませ、好奇心を発動して次の質問を組み立てる。そうやって一期一会を大切にするから、相手が心を開いてくれて、「また会いたい」と思ってくれるわけです。
最後まで読み進めると、「他人とはどのように接するべきか」という人生上の大テーマがおぼろげながら見えてくるような気がしてきます。「聞く力」とは、「生きる力」であったのかと、目からウロコが落ちる1冊です。
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