キュレーション
スティーブン・ローゼンバウム 著 田中 洋 監訳 野田牧人 訳 プレジデント社 刊
1,890円 (税込)
カバーのないペーパーバック装幀で400ページ近い厚さがあり、本文はすべて横組み。この本は、「必ず役に立つ」という信念や期待感がないと、なかなか手に取りにくいかもしれません。お値段も2000円近いですし。でも原書のハードカバーは希望小売価格が28ドルですから、「翻訳」という付加価値が付いてこの価格というのは、お得なのではないでしょうか。(米アマゾンでは19.19ドルのバーゲン価格で、キンドル版は14.63ドルというのは、ここだけの話です)
冒頭で触れたように、「キュレーション」というのはもともと、博物館や美術館の学芸員を指す「キュレーター」たちがおこなう行為を指すものでした。たとえば、ある画家の生涯を追うように代表的な作品を並べて解説したり、恐竜に関する最新の学説を化石の展示とともに紹介したりという感じです。どちらかといえばホコリをかぶったような、古くさくて権威主義的な言葉だったかもしれません。
でも著者は、その言葉をIT社会のど真ん中に引っ張り出しました。「キュレーションこそが、デジタル時代の付加価値の王道である」という考え方です。この場合のキュレーションは、もう美術館や博物館といった狭い枠の中に閉じ込められていません。ありとあらゆる種類の「情報」に対して、「誰か」がある意図を持って収集し、選別し、編集し、共有することを指します。
紙の世界における情報のキュレーションは、従来「編集」と呼ばれたものです。そして本書では、初期のコンテンツ・キュレーションの例として、デウィット・ウォレスが創刊した「リーダーズ・ダイジェスト」を挙げています。ウォレスは第一次世界大戦に従軍して受けた銃創の回復を待つ間、暇つぶしに月刊誌の記事を集めて要約することを思いつきました。できたものは彼の目には素晴らしく見えました。
彼はこのアイデアを12の出版社に話しましたが、どこも相手にしてくれません。そこで彼は、妻のライラとともに自分たちでこれを出版しようと決意します。チラシで得た最初の購読者は1300人でしたが、やがてこの事業は世界100カ国で35の言語で発刊され、総部数1700万部を数えるに至ります。2009年に「Homes and Gardens」誌に抜かれるまで、長らくアメリカで最高部数の雑誌でした。
「もの」の時代の付加価値は、新たな機能を持つものを世に出したり、それまでにあったものを改良したりすることでアピールできます。販売する場合も、ほかより安く売ったり、どこよりも早く届けたりすることで付加価値をつけられます。しかし「情報」時代は付加価値がわかりにくくなりました。情報には本来形がなく、持ったり触ったりすることができないからです。おまけに、情報は限りなく安いコストで大量の複製を作ることができます。そのために販売する立場の人たちは、タダで盗まれないように努力しなければなりません。
最初に登場した情報時代の新しい付加価値は、「アグリゲーション」でした。たとえばコンテンツ・アグリゲーションは、ある目的で特定のコンテンツを集約することをいいます。Googleの検索システムも、アグリゲーションの一種といえます。しかし著者は、キュレーションこそが付加価値の王道だと主張します。アグリゲーションではまだ不足だというのです。なぜか。アグリゲーションはプログラムを走らせるだけでも実現しますが、キュレーションは「必ず」人間が介在しなければならないからです。
著者の考える情報時代のキュレーションは、情報という名の原子を意思を持って選び出し、目的に沿って組み合わせ、情報の分子構造を創り出すことです。そして、できあがった分子には価値が付加されていなければなりません。つまり、キュレーションをおこなうコンテンツ・キュレーターたちは、現代の錬金術師ということになります。したがってキュレーションでは人間が主役となり、コンピュータはその手助けをするだけです。著者はこう言っています。「コンピュータは寄せ集めを作ることしかできない」
経営者たちが情報化時代に頭を抱えているのは、「どうやって収益を得るか」という問題です。広告だけに依存していると、世の中の景気が悪くなったときに会社が傾きます。かといって、情報からお金を取るためにサイトを会員制にしたりすると、たちまちお客が逃げ出します。著者はそれについて、新しい時代には新しい方法があると、きわめて楽観的です。
たとえば、ロンドン在住で動画ネットワーク作りが趣味だったポール・ウッド氏が例に挙げられています。氏は人気テレビ番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」に登場した無名の歌手スーザン・ボイルの歌声に魅了され、ただちにSusan-Boyle.comというURLを買い、オンラインの会員サイトを立ち上げました。彼と同じように感動した人たちがたくさんいたために、このサイトは開設4日で1日100万ページビューに迫る人気サイトになります。彼はこのサイトを上手に運営し、十分な広告収入を得た後で売却しました。趣味の収入にしては高額な収入だったそうです。
著者であるスティーブン・ローゼンバウムは、起業家であり著述家、ブロガー、キュレーター。インターネット上最大の動画キュレーション・プラットフォームといわれる「マグニファイ(Magnify.net)」の創立者兼CEOで、「ユーザー生成動画の父」と呼ばれています。9.11の直後にプロアマを問わず多くの映像制作者と協力して事件に関する映像を集め、「9月の7日間」という映画にまとめましたが、この作品はエミー賞(ドキュメンタリー映画部門)を受賞しています。
著者は「本書こそがキュレーションの産物だ」と言っています。本書をまとめるために70名以上にインタビューし、さまざまな情報を集めながら執筆したからです。監訳者の中央大学大学院戦略経営研究科教授・田中洋氏は、「本書をキュレーションを解説した本、あるいはキュレーションに関するノウハウ本とだけ考えるなら、本書の価値を見逃していることになる。この書物は、『近未来のメディア社会を知るための本』なのだ」と評価しています。
さらに田中氏は、注目すべき一言を付け加えています。「多くのEコマースは、モノのキュレーションを行うことによって多くの顧客を引きつけている。そして成功している流通業は例外なく優れたキュレーターであると言ってもよい」。この言葉を聞いてしまったら、本書を読まないわけにはいかないと思うのですが、どうですか。
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