オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

新幹線お掃除の天使たち
「世界一の現場力」はどう生まれたのか?

遠藤 功 著 あさ出版 刊

1,470円 (税込)

まずびっくりさせられたのが、純然たるビジネス書であるのに、オールカラーで印刷されていること。価格もそれほど高くはないので、これには驚きます。DTP(デスクトップ・パブリッシング=パソコンで印刷の前段階を処理すること)と商業印刷のコストダウンで、昔より4色印刷(いわゆるフルカラーは黄・赤・青・黒の4色のインクで表現されています)のコストが下がっているとはいえ、販売部数をかなり多めに設定しなければならなかったはずで、ハイリスクの賭けを決断した出版社には頭が下がります。多くの出版社はそれができないから、せいぜい2色印刷でお茶を濁すのです。

そうなると、どんな出版社なのかが気になるところですが、版元の「あさ出版」は歴史の浅い出版社で、設立は1991年。中経出版にいた佐藤和夫氏が独立して創業したため、ビジネス書に強いという性格を持っています。『日本でいちばん大切にしたい会社』は、続編と合わせて50万部超のベストセラーです。

佐藤社長は、同社ホームページで次のようなメッセージを発信しています。「インターネットが普及し、さまざまな情報が瞬時に伝達、共有されるようになりました。このような時代に、時間をかけて情報を編み、書籍をつくることは、一見効率的ではないように思われます。ですが、著者の体験、知恵、そして思いが詰まった書籍には、読者の心をときに励まし、ときに安らかにする『力』があります。私たちはこの書籍の力と可能性を信じています。すべての働く皆様に、『わかりやすくて役に立つ』書籍を、かつ『生きる勇気・働く情熱』を生み出していただける書籍を発行していくこと、これが私たちの使命です」

さて前置きが長くなりましたが、本書の内容に入ることにしましょう。本書は「優れた現場力はどのようにして生まれてくるか」をテーマに、新幹線の車内をわずか7分間という短時間できれいに清掃する清掃会社とそのクルーを事例にして展開しています。著者は早稲田大学ビジネススクール教授で、欧州最大のコンサルティング・ファームであるローランド・ベルガーの日本法人会長です。多数の著書がありますが、代表作『現場力を鍛える』『見える化』(いずれも東洋経済新報社刊)は、お読みになったことのある方も多いのではないでしょうか。

本書は4部構成になっています。
・プロローグ「なぜ新幹線の車両清掃会社がこれほど私たちの胸を打つのか?」
・第1部「『新幹線劇場』で本当にあった心温まるストーリー」
・第2部「『新幹線劇場』はどのように生まれたのか?」
・おわりに「リスペクトとプライド」

プロローグは、事例として取り上げた鉄道整備株式会社、通称「テッセイ」の会社紹介です。テッセイはJR東日本の子会社で、JR東日本の鉄道車両を清掃するのが仕事です。したがって、本書で「新幹線」とあるのは、東北新幹線、上越新幹線、北陸(長野)新幹線のことで、東海道新幹線や山陽新幹線、九州新幹線は対象ではありません。

本書に登場するのは、主として新幹線の清掃に従事している「お掃除の天使たち」。著者はこの人たちの舞台を尊敬を込めて「新幹線劇場」と呼びます。その劇場のおもな場面は、わずか7分間。新幹線の折り返し時間は12分ですが、降車に2分、乗車に3分かかるので、清掃に使える時間は残りの7分しかありません。しかも列車が遅れて到着すると、その時間はさらに減らされます。

その間に、普通車1両を1人で担当する清掃クルーたちは、次のような仕事をてきぱきとやり遂げます。
・25mの車両を突っ切り、座席の下や物入れにあるゴミをかき集める
・ボタンを押して座席の向きを進行方向に変える
・全部で100ある座席のテーブルをすべて拭く
・窓のブラインドを上げ、窓枠を拭く
・汚れた座席カバーを交換する

そのほかに、グリーン車を担当する人やトイレ掃除専門の人がいて、1列車を担当するチームは22名で編成されています。チームは、多いときで1日に20本の列車を清掃します。そのチームが11組あり、早番と遅番に分かれて始発から最終列車までを清掃していきます。こうして1日に110本、トータル1300両におよぶ車両がきれいになっていくのです。

本書のキモは、そうした外見からのすごさをリポートした部分ではありません。組織論として「現場力」を取り上げている以上、リーダーシップやモチベーションの維持、チーム編成の機微にスポットライトが当てられていきます。いかにして世界最速の清掃技術が培われ、磨かれていくかも探っていきます。

どんなに「すごい」現場でも、清掃作業である以上、いわゆる「ガテン系」の側面はあります。その証拠に、テッセイは毎年200名近い人を採用していますが、その半数近くが1カ月で辞めてしまうそうです。現在50%の正社員比率を70%に上げていきたいそうですが、すぐに辞めてしまう人が多いためになかなか実現できないでいます。

その話を聞けば、「なあんだ、ふつうの会社じゃないか」と思いますね。でも、その悪条件を乗り越えて、世界最速の清掃技術を確立し、お客様に愛される新幹線劇場の主役たちを育て上げているからこそ、テッセイの現場力は人をうならせるものなのです。そして、だからこそ、本書は読むに値する本なのです。

気持ちに活を入れたいときにこの本を読めば、レッドブルを飲むよりも効果があるかもしれませんよ。


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