オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

モノから情報へ
価値大転換社会の到来

佐藤典司 著 経済産業調査会 刊

2,625円 (税込)

この分野の解説書はそれこそ山のように出ていて、読者としてはどれを選んだらいいのか、正直なところ判断に困ります。さらに本書は刊行元の性格もあるのでしょうが、飾り気のない装幀で、ちょっとびっくりする価格と、選ばれない理由がいくつも重なっています。それでも売れているのは、社会で認められた人たちが本書を推薦しているからでしょう。

たとえば人気ブログ「大西宏のマーケティング・エッセンス」では、アップルとサムスンの訴訟について、本書の内容を引きながらわかりやすく解説しています。このブログで本書に注目した人は多いと思います。
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/51346911.html

今の時代が「モノから情報へ」の過渡期であり、モノの価値から情報の価値へ経済の主役が交代しようとしているということは、多くの人たちの共通認識であろうと思われます。しかしながら、その理解は言葉の上だけ、あるいは表面だけであるかもしれません。本書はそのような人たちの頭脳に強烈な刺激を与え、考え方を一変させる起爆剤になると思われます。

「はじめに」で著者は、読者にこのように語りかけています。要約してみます。
「モノから情報へという社会の価値のしくみが大変化を起こしているが、この大変化は18世紀の産業革命で人類が経験した農業社会から工業社会への変化をはるかにしのぐものである。なぜなら、農業社会も工業社会もモノの生産であることは共通していたからだ。その規模と内容が変わっただけである。しかし今起こりつつある情報価値革命は、価値の本質が180°異なる方向への転換であることが重大なのだ。モノ社会はみんなの価値判断がほぼ同じになる絶対価値社会だった。デジカメは誰が撮っても同じように撮れる。同じクルマに乗って同じようにアクセルを踏めば、同じくらいのスピードが出せる。だが情報価値社会は人により、時により、場所により、まったく価値判断が異なってくる。同じテレビ番組を見ても、おもしろいと思う人がいる一方で、まったくつまらないと感じる人もいる。そのような特性を持つ情報が価値の中心にすわる社会は、どんな世の中なのか。その全貌を明らかにするのが本書の目的である」

情報価値社会の特性を、著者はいくつか指摘しています。その第1は、上記の「価値が相対的であること」。第2は「組み合わせにより価値が大きく変化すること」。第3は「複製が容易であるために交換経済が成立しないこと」。第4は「時間と空間の制限をほとんど受けないこと」。第5は「マーケティングが根幹からの変化を求めていること」。

「組み合わせにより価値が大きく変化する」という情報価値社会の特性は、すでに多くの実例を生み出しています。GoogleやFacebookやmixiは、みずから生み出したものよりはるかに多くを、既存の情報や誰かが作った情報を独自のシステムでまとめ直して商売しています。その再編集された知識や新たな情報源が大きな価値を生んでいて、もともとの情報要素に価値が内在されていたわけではありません。現在、時代の最先端に立っている人たちは、手先の器用な人や身体の頑丈な人ではなく、知識や情報の組み合わせから生まれる価値を、うまくビジネスにつなげている人たちなのです。

「複製が容易であるために交換経済が成立しない」という特性については、煮え湯を飲まされている業界があります。音楽出版社やテレビ局などです。たとえば、YouTubeで流され、視聴されている映像のすべてに対価が発生していたら、その総額は天文学的な金額になるでしょう。既存メディアは知的財産権を楯にとって文句を言いますが、情報の流出を止めることはできません。そもそも知的財産権は、自然法則ではなく、社会法則に過ぎないからです。

「時間と空間の制限をほとんど受けない」という情報価値社会の特性について、著者はインドを例に挙げています。インドは長らく開発途上国の地位に甘んじていましたが、世の中がモノから情報へとシフトを始めた途端に急激な発展を見せ始めました。モノの生産には時間と空間の縛りがありますが、インド人は時間を守るのが大の苦手なために、工場を効率よく運営することができなかったのです。それがネット社会になったために、インド人の数学的に優れた頭脳が、時間と空間の制約を外れて自由に羽ばたけるようになったというわけです。

「マーケティングが根幹からの変化を求めている」という点については、SNSをどのようにマーケティングに組み入れようかと頭をひねっている広告代理店の人たちを見れば明らかでしょう。長年の間、マーケティングの目標は「顧客の創造」でした。しかし今、顧客を創造しているのは顧客自身です。企業も広告会社も、PR会社もマスメディアも、今まで市場を支配してきた誰もが、消費者をコントロールできなくなっているのです。「良い商品とは何か」という定義すらも、消費者の手に委ねられるようになってきているのですから。

現在の日本に漂う一種の閉塞感について、著者はこのように解説しています。「少子高齢化による労働人口の急減と、経済全体の消費パイの縮小、高齢者を養うための若年層の負担増。2002年から2007年までの景気上昇が、社会に反映されない格差問題。非正規雇用社員の増加と緊縮財政から生じた地域格差による経済格差状況。東日本大震災と原発事故による不安感の増幅。そこに並行して社会全体の価値基準がモノから情報へと大変化していること。それらが日本を取り巻く閉塞感を生み出している」

著者は1955年山口県生まれ。早稲田大学を卒業して電通に入社。現在は立命館大学経営学部環境デザインインスティテュートで教授をつとめています。研究領域はデザインマネジメントと情報・知識価値マネジメント。おもな著書に『デザインに向かって時代は流れる』(PHP研究所)、『情報消費社会のビジネス戦略』(経済産業調査会)、『経済成長は、もういらない』(PHP研究所)などがあります。

以上、ご紹介してきた内容は本書の1%程度に過ぎません。本書は「読めばすぐに解決する」といったノウハウ本ではないので、自分で頭を動かさない人には不向きかもしれません。しかし、混沌としている今の世の中を明解に、かつわかりやすく解説してくれている本なので、必ずアイデアや経営のヒントになるはずです。本書のどの部分で頭がスパークするか、楽しみながら読んでみてはいかがでしょうか。


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