オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

グローバリゼーションの中の江戸

田中優子 著 岩波ジュニア新書

861円 (税込)

斜陽産業と見られている出版界ですが、子ども向けの本はひとり気を吐いている感があります。たとえば子ども向けの図鑑類などは、お子さんをお持ちの人でなければ目にすることがないでしょうが、かつての画一的な作りから格段の進歩を遂げ、海外の知識人から高い評価を得ているものもあります。「百科事典」という知の最高峰が事実上絶滅してしまった今、子ども向けの図鑑や事典がその地位を継承しているかのようです。

本書の所属する「岩波ジュニア新書」も、子ども向けと思って軽く見るのは大間違いの知の宝庫です。巻末の「岩波ジュニア新書の発足に際して」という文章の末尾は、次のように締めくくられています。
「現実に立ち向かうために必要とする知性、豊かな感性と想像力を、きみたちが自らのなかに育てるのに役立ててもらえるよう、すぐれた執筆者による適切な話題を、豊富な写真や挿絵とともに書き下ろしで提供します。若い世代の良き話し相手として、このシリーズを注目してください。わたしたちもまた、きみたちの明日に刮目しています」

本書は、「岩波ジュニア新書」の中に設けられた「〈知の航海〉シリーズ」の1冊です。このシリーズは、日本学術会議が中高生向けに企画したもので、2タイプの著作が収録されています。ひとつはさまざまな研究者が最新の成果を興味深く解説して読者を学術のフロンティアに誘うもの、そしてもうひとつは現代社会が直面している難問について、学術の立場から理解する手かがりを提供し、読者が解決方法を自ら模索するためのものです。本書は後者に属し、日本が現在直面している「グローバル化」の問題を、江戸時代の日本を例にとって解説していきます。

著者の田中優子氏は、法政大学社会学部教授で、江戸学の専門家。おもな著書は『江戸の音』(河出書房新社)、『未来のための江戸学』(小学館)、『布のちから 江戸から現在へ』(朝日新聞出版)などで、これまでに芸術選奨文部大臣新人賞やサントリー学芸賞などの受賞歴があります。

本書で著者が読者に訴えたいと思っているのは、ちょんまげ姿で刀を差し、鎖国して海外との交流を絶っていたと思われがちな江戸時代の日本が、じつは海外のものを巧みに取り入れながら、世界の波に流されることもなく、独自の発展を遂げていたということです。そして、ファッション、絵画、本などから見える海外との関わりや、中国、朝鮮、琉球との関係をたどり、「本当にグローバルであることとは」を読者に考えさせようとしています。

それでは内容を概観するために、目次をご紹介しましょう。

はじめに--グローバリゼーションって何?
1 江戸の西洋ファッション
2 江戸の茶碗とコップ
3 江戸の視覚の七不思議
4 江戸時代が出現したグローバルな理由
参考文献
おわりに--どうやってグローバルになればいい?

第1章では、着物しか着ていなかったと思われがちな江戸時代に、ズボン系の服がかなりあったことが示されます。ボタンとズボンはポルトガル語ですが、すでに戦国時代には日本に入っていて、上杉謙信や伊達政宗がそういった衣裳を好んでいたことがわかっています。また、浮世絵にはビロードの襟を付けた深川芸者を描いたものが残っていますが、17世紀には国産のビロードがあったそうです。

次々と渡来するポルトガル人やスペイン人のことを、当時の日本人は「南蛮」と呼びました。これは蔑称です。なぜ蔑称で呼んだのかというと、彼らの船が運んでくる中国やアジアの産物はありがたく思ったものの、大航海時代のヨーロッパ人が尊敬に値しない人種であることを当時の日本人が見抜いていたからです。ただし、ファッションなど珍しいものには興味を示し、自分たちの役に立つものは取り入れて国産化していたわけです。

第2章では、現在も私たちが食卓で使っている食器「磁器」の変遷を見ていきます。それまでの陶器にかわって紀元前後に中国で登場した磁器。これが景徳鎮から世界中に輸出され、日本でも秀吉が朝鮮から拉致してきた陶工たちの末裔によって、伊万里がヨーロッパで有名になります。それをマイセンやチェルシーがコピー。こうして磁器が全世界に普及します。

しかしながら、庶民の食器は漆器、陶器、磁器が入り交じった多様なものでした。そして注目すべきなのは、江戸時代の食事風景です。江戸期の日本人は、家でも外食でも、「食卓」というものを使いません。家では「箱膳」という個人用のお膳を使い、蕎麦屋や居酒屋では床や腰掛けに食器を置いて食べていました。食器はグローバル化しても、食事の仕方だけは伝統的なスタイルが続いていたわけです。

第3章では、レンズや絵画を題材に、江戸の文物がいかに海外からの影響を受けていたかを探ります。驚いたことに、江戸時代には望遠鏡が庶民の間に普及していました。井原西鶴の作品や浮世絵に、その証拠が見つかります。そして多色印刷に成功した浮世絵は、さまざまな技法を生み出し、遠くヨーロッパの芸術家たちを刺激します。ゴッホと浮世絵の関係は、あまりにも有名です。

第4章では、当時の世界情勢を概観しながら、すでにこの時代から世界が複雑につながりあっていて、いろいろな出来事が連鎖として起きていることを示します。「コロンブスは日本を目指そうとしてアメリカを発見した」「日本の銀は世界貿易の基準通貨だったが、南アメリカ産の銀に押されて没落した」「鉄砲をもたらしたポルトガル人は種子島に『漂着』したのではなかった」「秀吉の朝鮮出兵は、明国の滅亡と徳川政権をもたらした」「秀吉が拉致した数万人の朝鮮人のうち、徳川幕府は6300人を本人の希望で送還した」「江戸期の日本は、秀吉の覇権主義に対するアンチテーゼで生まれた」…思わず「ほう」と声の出そうな事実が、次々と明るみに出てきます。そこに見えるのは、当時の地球上でもっとも平和主義的な文化国家である日本の姿です。

知識を得る喜びを体感できる好著です。


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