あやしい商品が売れる、ごくまっとうな理由。
山下貴史 著 日本実業出版社 刊
1,365円 (税込)
表紙にあるキャッチは、「日常をマーケティングで解き明かす」。帯には「4人に3人は衝動買い!」とあります。そこからわかるように、本書は易しく柔らかく解説されたマーケティングの参考書です。どういう内容かは、帯に列挙された「なぜ、これらの商品が売れるのか?」を見ると想像がつきます。
・数年前まではあまり見かけなかった「体臭対策グッズ」や「敏感肌向け化粧品」
・里山で拾ってきただけの小ぎれいな「葉っぱ」
・納車まで1年かかるか2年かかるか不明な「高級スポーツカー」
・富士山の9合目で売っている「1000円のカップラーメン」
・誰が買うのかわからない「1億円の福袋」
・高機能な割にやけに安い「プリンターや携帯電話」
・歩行者天国で売っている胡散臭い「ピエロの紙人形」
・夫が妻へ罪ほろぼしのために買う「ドラム型洗濯機」
・毎週のように封切りされる「全米ナンバーワン映画」
著者はマーケティング戦略コンサルタント。大学卒業後、大手総合研究所に入社し、システム開発やコンサルティング業務に従事します。その後、戦略系コンサルティング会社に転職。リサーチ部門で主に流通業をテーマに取り扱ってきました。現在はマーケティングコンサルティングやシステム化のための企画業務に取り組んでおり、特にフィールドワークと分析を得意としているそうです。これまでに、『世界一わかりやすいマーケティングの本』(イースト・プレス)、『買う気にさせるメッセージマーケティング』(明日香出版社)、『心理マーケティングで「付加価値」を高める技術』(ぜんにち出版)などの著書があります。
本書のタイトルにある「あやしい商品」とは、「なぜそのような商品が成立するのか理解できない」「その商品は必需品ではないのではないか」といった、いわゆる
「コモディティ商品」の反対側にあるような商品のことです。
ご存じのようにコモディティ商品は必需品の性格を持った日用品や汎用品を指しますが、その市場は厳しい価格競争にさらされるのが常でした。メーカーごとの差異が消費者に理解されていないため、低価格であることのみが優位性と認識されるためです。そこで各メーカーは「脱コモディティ」を図り、たとえばブランド商品を目指そうとします。
しかし著者は「あやしい商品」という概念を立てることによって、言外に「ブランド化のみが脱コモディティの方法ではない」と読者に訴えかけています。確かに「ピエロの紙人形」や「葉っぱ」は、今のところブランドとは思えません。しかし、それらの商品はコモディティ化をまぬがれています。そこにマーケティング技法の妙味があるというわけです。
「あやしい商品の売れるカラクリがわかると、そこに働いているマーケティングがわかる」と著者は言います。そのマーケティングは、その商品を欲しいと思ってなどいなかった消費者に、「買う気」を起こさせます。その結果、次のような品物が人々の暮らしに発生するわけです。
・店員に勧められて買ったが、一度も着ていない服
・何のために買ったのか思い出すことができない雑貨
・途中であきらめたダイエット器具や健康食品
・すごく欲しくなって買ったのに、1回しか使っていない便利グッズ
・旅行先で買ったが、行き場を失っているお土産
・最初の数ページしか読んでいない本
本書はマーケティングの「学問」を解説したものではありません。その証拠に、小難しい話はひとつも出てきません。そうではなくて、読者に「マーケティング思考」を身につけてもらうのが本書の目的です。マーケティング思考が身についている人は、賢い消費者になり、優れた売り手になることができるというわけです。
以下、目次のラインナップをご紹介します。長い引用ですが、これをすべて眺めても本書が読みたくならなかったなら、あなたはマーケティングの猛者です。
第1章 ただの葉っぱを高値で売りさばく方法
・なぜ、身体のにおいを気にする人が増えているのか?
・なぜ、敏感肌の女性が増えているのか?
・主婦の「敵」から「味方」になった商品って?
・なぜ、ただの落ちている葉っぱが高く売れるのか?
第2章 「ソレ、売れ残りだから値上げしといて」
・なぜ、富士山では1000円のカップラーメンが許されるのか?
・値段を高くしないと売れない商品がある
・なぜ、街中で走っているフェラーリを見かけないのか?
・4年前のプリンターを無償で最新型と交換してもらう方法
第3章 「ピエロのジョニー君」の秘密
・なぜ「ピエロのジョニー君」は買われるのか?
・人気ラーメン店はだいたい狭い理由
・なぜ、女の子にすくえる亀が、大人にはすくえないのか?
第4章 成果か快楽か
・なぜ、男と女は一緒に買い物に行くとケンカになるのか?
・共働き夫婦の夫の「罪ほろぼし」とは?
第5章 「ヘイ、にぎりの下、お待ち!」
・「脳トレ」で、本当に脳が若返るのか?
・戒名はどのランクを選ぶのがトクなのか?
第6章 「本物」と認められない本物のブランド品
・「お買い場」って何?
・並行輸入品は正規輸入品より価値がないか?
第7章 『007』の罠
・なぜ、お祭りでは余計なモノを買ってしまうのか?
・なぜ、無料の雑誌が増えたのか?
・誰に1億円の福袋を売ろうとしているのか?
・あの超有名スパイが必要以上にアイテムを持っている理由
第8章 甲子園準々々々決勝で敗退
・格闘技トーナメントに1回戦が存在しない件
・なぜ、「全米ナンバーワン」の映画がやたら多いのか?
少しだけ、中身をネタバレしてしまいましょう。
「なぜ、ただの落ちている葉っぱが高く売れるのか?」では、売り手は里山の農協、買い手は高級料亭やホテルです。もうわかりましたね、「季節感を演出するための本物」を販売したわけです。これで料亭やホテルは安っぽいビニールのイミテーションを不本意ながら使う状態から抜け出すことができました。ウォンツ(潜在欲求)をニーズ(顕在欲求)に変化させて市場を創造した例です。
「誰に1億円の福袋を売ろうとしているのか?」では、店側が狙っているのは集客であり、誰かが1億円の福袋を買ってくれることではありません。誰も買いそうにない豪華商品を話題にすることでメディアに取り上げてもらい、店に客を集めようと考えているわけです。テレビ、新聞で話題になれば、広告効果はすぐ1億円を超えます。売れ筋商品をいくら揃えても、それだけでは競争には勝てません。話題を作って情報発信し、PRの力で集客する。そのためには「見せ筋商品」が必要なのです。
仕事の合間にパラパラ読むのに適した好著です。
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