僕たちはガンダムのジムである
常見陽平 著 ヴィレッジブックス 刊
1,000円 (税込)
最初に、タイトルの意味を理解することから始めましょう。「ガンダムのジム」って何のことかわかりますか? 「当たり前じゃん」という顔をした人は、相当のガンダムオタク。ガンダムやザク、ガンキャノンは普通にガンダムを見ていた人なら知っているでしょうが、ジムというのは物語の中では特に説明されていない、「その他大勢」のモビルスーツです。
「機動戦士ガンダム」の主役であるRX-78ガンダムは、ジオン公国の秘密兵器であったモビルスーツに対抗するために作られた試作機です。プロジェクトリーダーであったテム・レイ技術大尉の息子のアムロ・レイが偶然乗り込んで操縦しますが、素人の操縦にもかかわらず、ジオン軍のモビルスーツと闘ってそれを倒すという戦果を見せます。
地球連邦軍はただちにガンダムを量産に移しますが、短期間に多数の機体を揃えるため、ガンダムのさまざまな機能を省略し、武装や装甲も劣ったものに変えました。そのままではコストが高すぎたり、制作期間が長くかかりすぎたりするからです。そうして完成した量産型モビルスーツがRGM-79ジムなのです。
TVアニメの「機動戦士ガンダム」(つまり最初のシリーズ)では29話で初登場しますが、ジオン軍のエースパイロットである「赤い彗星のシャア」が乗り込んだ水陸両用モビルスーツのズコックに瞬殺されてしまいます。この場面があまりにも有名で、Tシャツなどの図柄にもなったために、「ジムは弱っちい“やられ役”」というイメージがガンダムファンの間に定着してしまいました。
さて、ガンダムの話題はこれくらいにして、本書がなぜ「ジム」をタイトルに使用したのか、著者の弁を引用してみましょう。
「本書は『機動戦士ガンダム』という作品を通して、僕たち普通のサラリーマンのこれからの生き方について考える、キャリア論の本である」。つまり、ガンダムやシャア専用ザクといった個別の「ヒーロー」ではなく、個性の乏しい「その他大勢」にスポットライトを当てて世の中を考えてみようというのが本書のテーマになります。
著者は「機動戦士ガンダム」を、単なる娯楽作品としてではなく「企業社会の縮図であり、子どもたちに大人の世界を教えるものであった」ととらえています。そして、「僕ら一人ひとりはガンダムではなく、量産型のジムであった」ということに気づきます。物語を追いかけている目はヒーローを見ていても、そういう自分はガンダムではない。それが現実だというわけです。
確かに、「普通のサラリーマン」がヒーローになるのは物語や映画の中だけで、現実の世界では「その他大勢」の人々がさまざまな活動をして世の中を動かしています。著者の言う「僕たちはジムである」は、そのことを指しているわけです。「ではジムは、ダメなのか? 否、世の中はデキる人、意識の高い人で動いているのではない。普通の人で動いているのである。決してジム=社畜、周りに流される人というわけではない」と著者は断言します。
本書の第1章では、読者である私たちが「ガンダムのジム」にすぎないことを確認しながら、サラリーマンを取り巻く社会や会社という名の戦場がどのように変化しているかを見ていきます。
・劣化する会社という名の「戦場」
・やりたいことができない会社
・「躁鬱」が激しい会社員の日々
・「親父にもぶたれたことない」人が結構殴られている日本の職場
・リーダー不在の僕たちの職場
・ジム型人材を襲う「曖昧な不安」の正体
そして第2章では、日本の企業社会を分析しつつ、なぜ私たちがいつの間にかジムになっているのかを解き明かしていきます。
・会社はジムで動いている
・僕たちがジムになる理由1--学校教育と受験戦争
・僕たちがジムになる理由2--就活
・僕たちがジムになる理由3--会社員という日々
・「すごい人(=ガンダム)」にならなければいけない病
・世の中は普通の人で動いている
最後に第3章では、「私たちはどうすれば生き残ることができるのか」を考えます。
・自分の存在価値を再確認する
・期待されていること、できることで仕事をする
・職場にもいるジム型人材に学べ
・戦記を書く
・自分の人生戦略を考える
・騙されないための知識・情報武装法
・「幸せ」を客観視する
・「帰れるところ」を作る
「日本の企業には、人々をジム化しつつもガンダムと思い込ませる構造がある」と著者は言います。企業は個人を飲み込みつつ、その人を主役であるかのように演出します。ビジョン、ミッション、バリューが書かれたカードが全社員に配られたり、定期的に社内での表彰があったり、朝礼で目標を斉唱したりしながら、企業は社員の忠誠心を向上させ、モチベーションを高めていきます。その結果、日本人は会社人間になっていきます。
一方で、人々のジム化による誤解や誤った思い込みも増えていきます。たとえば「グローバル人材にならなければいけない」という強迫観念。その典型例として、著者は日本独自の「TOEIC病」を指摘しています。著者によるとTOEICの点数を重視しているのは世界でも日本と韓国くらいで、その韓国も新しいテストへの移行を模索しているそうです。TOEICが900点でも、それはグローバル化にはまったく直結しないということです。
また、「キャリアアップ幻想が人々をおかしくしている」と著者は言います。ジムである自分を認められないから、キャリアアップやスキルアップに血道を上げ、資格の勉強をしたり、異業種交流会にせっせと参加したり、転職サイトに登録しまくったり。それで年収が上がればいいのですが、逆に下がってしまう人も少なくありません。「まずは自分がジムであることを受け入れ、地に足の付いた日々の幸せを確かめたいものだ」と著者は語っています。
著者は人材コンサルタントで作家。新卒でリクルートに入社後、2度の転職を経てフリーになり、現職に至ります。DJ、デスメタルバンドけだものがかりのボーカルとしても活動中で、著者は『「キャリアアップ」のバカヤロー』(講談社+α新書)、『大学生のための「学ぶ」技術』(主婦の友社)、『就活の神さま』(WAVE出版)など。幼い頃からのガンダムファンだそうです。
本書の随所に、「機動戦士ガンダム」のスチール映像が使われており、懐かしさをかき立てます。ガンダムのファンならもちろん、一風変わった自己啓発書を読んでみたい人にもオススメです。
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