おとなのIT法律事件簿
蒲 俊郎 著 インプレスR&D 刊
1,980円 (税込)
最初にお断りしておきますが、この本はアマゾンでしか買えません。そしてこの本と同一の内容の電子書籍もアマゾンで売られています。Kindle版の本書は、1200円です。さらに、本書にはユニークな特徴があります。それは、注文を受けてから印刷・製本する「POD(プリント・オン・デマンド)」で作られる本だということです。
オンデマンド印刷というのは、進化したコピー機に折機と製本機がくっついたようなもので、以前から小ロット印刷などで使われていました。アメリカでは印刷会社の波動需要用の機械として今でも重用されています。モデルチェンジ直前のカタログが品切れになった場合、「あと300部作って」という注文に、通常のオフセット印刷で対応すると非常に割高になりますが、オンデマンド印刷機を使えばリーズナブルな値段でその需要に応えられます。
そういう使い方ができるようになったのは、印刷データがフルデジタル化したここ20年くらいのことです。いわゆるDTP(デスクトップ・パブリッシング)により、チラシやカタログはもとより、雑誌や書籍までが印刷データを100%デジタル化したため、同じ印刷データがオフセット印刷とオンデマンド印刷で使えるようになったわけです。
そのオンデマンド印刷機をさらなるパラダイムシフトの道具として起用したのがアマゾンです。アマゾンの倉庫内にオンデマンド印刷機を設置し、出版社から印刷データを預かって保管することができれば、お客さんから注文を受けた本を1部ずつ作ってすぐ発送することが可能になります。短納期での受注発注システムが可能になるわけです。
これがどうしてパラダイムシフトなのか。まず、出版社の出版リスクを大幅に軽減することができます。従来の出版は印刷の常識に縛られていたため、最初に初版分の在庫を作る必要がありました。そこに数百万円の初期投資が必要なわけです。そのため新人を著者に起用したり、思い切りニッチなテーマで勝負したりするのに勇気が必要でした。
ところがPOD書籍なら、初期ロットが必要ありません。印刷データの制作費はかかりますが、経費はそれだけ。印刷費や印税は読者が1部買うごとに負担してくれるので、小さな出版社や個人出版社でもどんどん本が作れます。また、アマゾンが存在する限り「品切れ」や「絶版」はなくなります。ちなみに、アマゾンでの納期は通常の本の1日増し。つまり発注の翌々日に本が届くことになります。
すでにアマゾンのPOD出版を利用して、インディーズの出版社が多数誕生しています。アマゾンはこのシステムを年間50タイトル以上出す出版社にしか提供していませんが、「バラ売り」するエージェントが誕生したからです。KindleとPODでしか本を出さない出版社も出現しています。
おそらく近い将来、本の世界は3つに分かれるでしょう。ひとつは従来の本。これは、ある程度売れることが見込める著者の本に限られます。これは従来の出版社からリリースされます。つぎは電子書籍。割安な価格で、新しいジャンルや形態の書籍が登場するでしょう。新人はまずここからデビューします。これは従来の出版社に加えて、異業種やインディーズ、ベンチャー、個人など多様な出版社の挑戦的な市場になります。そして最後がPOD出版の本。多少割高でも紙の本が読みたいという読者に電子書籍と同一の内容を提供したり、品切れになった本を絶版を防ぐためにPOD化したりすることが想定されます。ここも多くの新参出版社で賑わうでしょう。
さて、前置きの方が長くなってしまいましたが、本書は新時代の出版を模索しているインプレスR&DがPOD出版のモデルケースとして「公募」したものです。インプレスR&Dは電子出版ビジネスの専門誌「On Deck」をEPUB形式の電子書籍として2010年に発刊している、出版界のパイオニアです。
そして本書の内容は、YOMIURI ONLINEで著者が2011年8月から連載している法律コラム「おとなの法律事件簿」からIT・インターネット分野の記事を選び出し、大幅に加筆したものです。「おとなの」と言われるとエッチな話かと期待してしまいますが、そういう意味ではありません。著者は桐蔭法科大学院大学の院長で、IT、インターネットはもとより、会社商事関係全般を得意とする弁護士でもあります。
著者は本書の重要性について、こう述べています。「インターネットの世界はドッグイヤーとよく言われます。1年が7年分の意味を持つ世界にあって、スピードが何より重視されるにもかかわらず、明確な規制の枠組みが作られるのを待って、いつまでも立ち止まっているわけにはいきません。IT・インターネットに携わる企業や個人は、既存の法規制や制度体系を前提とし、将来の規制の可能性も常に見越して新しい事業を進めていかなければならないのです」
本書は架空の相談者を想定し、実際に発生した事件などを参考にして創作した質問に対して回答するスタイルで構成されています。その内容は、すぐには陳腐化しないようなものが選ばれています。どのようなことが取り上げられているか、目次を見てみましょう。
CASE 1 SNSで不祥事続発、企業における事前の防止対策の決定打とは?
CASE 2 SNSトラブルで非難殺到、適切な“鎮火”方法は?
CASE 3 違法サイトと知らず曲をダウンロード、私は犯罪者?
CASE 4 息子が夢中のソーシャルゲーム、いったい何が問題?
CASE 5 格安食事クーポンをネットで購入、調べたらいつもその値段、問題では?
CASE 6 メール内容を解析して広告表示、通信の秘密の侵害では?
CASE 7 ネットでなりすまし被害、カード利用の代金を支払わなければならない?
CASE 8 薬のネット通販なぜダメ、再開の見込みは?
CASE 9 ネットショップから支払い済み商品が届かない。返金請求はネットモールに?
CASE 10 ネット通販で暴力団員に商品を販売したら、暴力団排除条例違反?
CASE 11 “一方的な通告”でポイントが消失した
CASE 12 格安PCのネット購入がキャンセル、納得できない
CASE 13 個人情報の流出で苦痛。慰謝料の相場は?
CASE 14 スマホで出会い系に個人情報が流出、その対策は?
CASE 15 「帰るメール」でまさかの懲戒処分?
CASE 16 昔の知り合いからネットを使ったストーカー行為、どうすればいい?
CASE 17 貯めこんだ電子マネーやポイント、発行会社が倒産したらどうなる?
ビジネスにネットを活用している人は必携の1冊です。
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