オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

フォントのふしぎ
ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?

小林 章 著 美術出版社 刊

2,100円 (税込)

税込み2100円は「ちょっと高いかな」と思われるかもしれませんが、大判のA5判で208ページオールカラーですから、印刷コストを考えるとお得な価格だと思います。

著者はドイツ在住の日本人フォントデザイナー。美大を出て写植文字のデザインに携わりましたが、欧文書体の基礎を学ぶために退社してロンドンに移り、1年半を勉強に費やしました。1998年と2000年に国際的な書体デザインコンテストで2度にわたりグランプリを獲得したことで、有名なフォントベンダーであるライノタイプ社にスカウトされ、現在は同社のタイプ・ディレクターに就任しています。

ライノタイプという会社は、西欧の印刷史では必ず登場する名前です。1行分の活字をまるごと鋳造して印刷の版を作る「ライノタイプ」という機械を世界で初めて製品化しました。植字工が文字盤を操作すると1行分の活字が並べられ、それを型にして使用する版を鋳造するというもので、いちいち手で活字を探して並べる手間がなくなりました。そしてもとの活字は印刷には使われないので摩耗せず、印刷コストの引き下げに寄与したそうです。

後に活版印刷から写真植字によるオフセット印刷、さらにはパソコンによるデスクトップパブリッシングの時代になると、ライノタイプ社は多彩な書体を供給するフォントベンダーとして生き残りを図ります。活版時代からの豊富なフォント資産を活かして、時代の荒波をみごとにくぐり抜けたわけです。今でも生活のさまざまな場面でよく目にする「ヘルベチカ」という書体は、この会社の代表的な製品です。

本書は小難しい技術書や美術の専門書のたぐいではありません。著者が世界中で撮影したいろいろなフォントの写真270点とともにひもとく、フォントにまつわる70本のブログ集です。本書を読むのに書体に関する専門知識はまったく必要ありません。

第1章は「高級ブランドはなぜ高級に見える?」というタイトルで、いきなり本書のサブタイトルである「ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」という命題に迫ります。ここで著者はルイ・ヴィトン、ゴディバ、ディーン&デルーカ、ディオール、ヴォーグ、ドルチェ&ガッバーナ、ルフトハンザ、ダイソンといったブランドのロゴをとりあげます。

たとえばルイ・ヴィトンのロゴタイプはフーツラという書体をほとんど手を加えずにそのまま使っています。フーツラはふつうのパソコンにもインストールされているくらいのありふれたフォントですが、パソコンで印字したものとルイ・ヴィトンのロゴでは風格が違います。著者はその秘密が文字と文字の間隔、すなわち字間にあることを明らかにします。

さらにその字間が、はるか昔のローマ時代に彫られた碑文にルーツを持つことが示されると、読者は欧文フォントの持つ歴史の深さに陶然となります。そしてローマの碑文から作られたトレイジャンというフォントがゴディバのロゴに使われていることで、さらに驚くことになります。現代ヨーロッパの文化に、当たり前のようにローマ時代が息づいているのですから。

第2章は「ヨーロッパの街をつくっているフォント」です。パリの地下鉄、ルーブル美術館、フランクフルトの地下鉄、ドイツのビール、スイスのカフェ、ロンドンのパブ、サンタモニカ・ビーチの看板などから材をとり、それらの文字が何というフォントで組まれているかを紹介していきます。

本書がユニークなのは、文化的な面からフォントをエッセイ的に紹介する一方で、本格的な書体見本帳の性格もあわせ持っているところ。紹介した書体の実物見本だけでなく、デザイナーの氏名や登場年もわかります。欧文書体見本帳ではおなじみの「The quick brown fox jumps over a lazy dog.」の例文も。この文章はアルファベット26文字を1回だけ使って組み立てられた、あちら版の「いろは歌」です。

第3章は「フォントは見た目で選んでOK」という内容です。そこには事例としてこんな話が載っています。著者はあるとき、アップルストア銀座でフォントの初心者ばかり150名を集めてセミナーを開きました。内容は「なぜいろいろな種類のフォントがあるのか。それをどうやって使い分ければいいのか」というものです。

そこで著者は4つの書体で書かれた「Frankenstein」という文字を示しながら、こういう問いを発しました。「あなたはあの古典的ホラーである『フランケンシュタイン』のリメイク版映画のロゴをつくることになりました。既成のフォントでロゴをつくってみるとしたら、以下のテーマにふさわしいフォントはどれだと思いますか?」
・ホントに怖くて不気味な正統派ホラーのフランケンシュタイン
・かわいい赤ちゃんのフランケンシュタイン
・9時から5時までのお役所勤め、品行方正なフランケンシュタイン
・ファッション命、八頭身のおしゃれフランケンシュタイン

会場で挙手により答えを聞いたのですが、なんとほとんど著者の予想した通りの答えが返ってきたそうです。つまり、本場ドイツで毎日フォントとにらめっこしているタイプディレクターと、その日初めて欧文書体のセミナーを聞きに来た人たちとがほとんど同じ感性をもっていたことになります。だから著者は、「フォントは見た目で選んでOK」だというのです。

最後の第4章は「意外と知らない文字と記号の話」。たとえば「X」の2本の斜めの線は実はつながっていないという事実は、あまり知られていません。パソコンで思い切り大きく印字したものをプリントして、定規を当ててみるとよくわかります。

また、「BVLGARI」はなぜ「U」の代わりに「V」が使われているのか。それはローマ時代には「U」がなかったから。アルファベットの世界に「U」が登場したのは1700年くらいのことだそうです。つまり、歴史の古さを演出するために「U」の代わりに「V」が使われているわけです。

楽しく見ながら読みながら、西欧文化と欧文フォントに親しむことができる好著です。


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