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イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか

宮田 律 著 新潮新書

765円 (税込)

日本人は、自分たちが世界の人からどう見られているかをよく知らないといいます。ニュースメディアが欧米や中国・韓国ばかりを取り上げるため、その他の国々のことや、その国での日本観がまったくといっていいほど伝えられていません。だから、その国が親日国であると聞かされると、うれしい半面、とまどってしまったりします。

たとえばトルコは代表的な親日国です。明治天皇に謁見した特使を乗せて帰国する途中だったトルコの軍艦エルトゥールル号が和歌山沖で難破したとき、地元住民をはじめ日本国中の人々が支援の手を差し伸べましたが、このことはトルコ国内で大きく報道され、遠い異国である日本に対する親近感を醸成しました。日露戦争でトルコの敵であったロシアを日本が破ると、トルコ人の日本に対する好意は倍加しました。

それが具体的な行動になったのが、1985年のイラン・イラク戦争のときの救援機派遣です。イラクがイラン上空を飛ぶ飛行機を無差別に攻撃すると宣言したため、在イランの日本人が取り残されてしまいました。当時は自衛隊の海外派遣が認められておらず、日本航空は臨時便の飛行を拒否したため、帰国する方法がなくなってしまったのです。その窮状を聞いたトルコ大統領は、トルコ航空の最終便に自国民を差し置いて、日本人215名を乗せてくれました。飛行機に乗れなくなったトルコ国民は、陸路で脱出したそうです。

本書は、イスラム世界において日本が高い人気を持っていることを具体的に知らせ、日本人のイスラムに対する関心を高めることを目的として書かれています。著者の宮田律氏は現代イスラム研究センター理事長で、国内有数の中東専門家です。本書はもともと、ある大手新聞社より2013年3月に発刊される予定でしたが、アルジェリアの武装グループによる人質拘束事件が起き、日本人10名が死亡するという痛ましい結果となったため、発刊が中止されたという経緯があります。

「やっぱりイスラムは怖い。よくわからない」という世論を考慮した決定だったと思われますが、著者は「『それどころじゃない』時期にこそ、冷静にイスラム世界と日本について考える意味があるのではないか」と、本書の「はじめに」で述べています。よく知らないからと、知らないままで放置するのではなく、知らないからこそ積極的に知るべきだという考え方です。

「イスラムは怖い」という先入観は、9.11などに代表されるイスラム過激派のテロに対しての感想が主でしょう。それに加えて、身近にイスラム教徒の知人がいないという日本の事情もあると考えられます。しかし、イスラム全体の中で過激派の占める割合はごくわずかだと著者はいいます。大多数のイスラム教徒は、穏健で人なつこい人たちだそうです。

では本書のテーマに迫っていこうと思いますが、著者はそれについて、こう記しています。「イスラムの人たちは総じて日本に好意を持っている。日本人としては気恥ずかしいくらいの『尊敬の念』に接することも珍しくない。これは他の先進国と比べても顕著である。欧米、特にアメリカに対しては時に激しすぎるほどの敵意を示す彼らだが、その同盟国たる日本に対しては特別扱いなのだ」

日本人である私たちは、つい自分たちを欧米諸国の一員と考えてしまいますが、イスラムの人たちはそうは見ていないようです。むしろ、日本を自分たちと欧米諸国の間にいる存在と考え、イスラム世界とキリスト教世界の架け橋としての役割を期待しているかのようです。

じつは世界で、日本を高く評価する声は、イスラム世界だけに限ったものではありません。2012年に行われたBBCの世界好感度調査では、日本は第1位なのです。そしてその内訳を見てみると、日本に対する親近感がとりわけ高いのが、イスラム諸国だということです。

なぜイスラムの人たちは、それほどまでに日本を高く評価してくれているのでしょうか。それにはトルコと同様に歴史的な経緯が深く関わっています。19世紀以降、イスラム世界はヨーロッパの帝国主義に侵食されていきました。栄華を誇ったオスマン帝国はイギリス、フランス、ロシアなどに食い荒らされ、アラブ地域はイギリスとフランスに分割支配されました。

ところが、その同じ時期にアジアの小国であった日本がロシアとの戦争に勝利したのです。日本はヨーロッパ帝国主義に抵抗する国々にとって、希望の光だったわけです。その流れは第二次世界大戦にも続き、緒戦で日本が連合国に勝利を収め続けたことは、イスラム世界の人々を大いに鼓舞したといいます。

さらに、戦争に敗れ、原子爆弾を2発も落とされて焦土と化した日本でしたが、わずか19年後に東京でオリンピックを開催するまでに復興します。このことは、独立後なかなか安定と繁栄を得ることができなかったイスラム世界に対して、強烈な刺激になりました。イスラムの人々はそんな日本を、不死鳥のように甦った国という思いで見ています。

また、日本製品や日本のアニメなどに対するイスラム世界における評価は、非常に高いそうです。そして彼らの中にとけこんで働く日本人ビジネスマンたちは、「約束を守る人たち」として賞賛の的です。日本人とイスラムの人々のメンタリティには共通性があり、たとえばイスラム世界では映画『男はつらいよ』が大人気です。

本書は、イスラム世界のこうした親日的な精神を日本人がもっと認識し、ソフトパワーとして役立てるべきだと結んでいます。なぜなら、2050年にはイスラム教徒の人口が世界96億人の3分の1を占め、世界の宗教人口のトップとなることが予想されているからです。来るべき世界の3分の1が、何もしなくてもこちらのことを好きでいてくれるなら、こんなに有利なことはありません。しかも、向こうには豊富な資源があり、こちらには先方が欲しがるものがあるのですから。

最後に、目次を紹介しておきます。
第1章 イスラムの人々は義理・人情がお好き
第2章 イスラム世界で接した親日感情
第3章 歴史の中で醸成された親日的心情
第4章 イスラムは暴力的な宗教か?
第5章 遊牧民のもてなし文化
第6章 日本への注文
第7章 中国、韓国との競合

知られざるイスラム世界の素顔を平易な文章で伝えてくれる好著です。


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