オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

試着室の秘密―本当になりたい自分を見つける方法

清水由美子 著 リンダパブリッシャーズ 刊

1365円 (税込)

「日本感動大賞」というノンフィクションの公募があることをご存じでしょうか。
「もっと感動がいっぱいの日本へ!」をスローガンに、身近で起きた感動的な実話を公募するもので、「大賞」受賞作は書籍として出版されます。本書はその第3回大賞受賞作です。

「日本感動大賞」は、ラジオキー局のニッポン放送、出版取次大手の日本出版販売、それに本書を出版したリンダパブリッシャーズが主催しています。前の2社に比べてリンダパブリッシャーズが知名度の点で見劣りすると思いますが、この出版社は2006年に設立された、社員7名の小さな会社です。

しかしその成り立ちはユニークで、企業情報の「コンセプト」には次のようなことが記されています。http://lindapublishers.com/concept

「当社は、映画やドラマの原作となる小説やノンフィクションを専門に企画開発する出版社です。感動する映画やドラマには観客をワクワクさせるアイデアがあります。世界は感動が多いほど、新鮮で楽しい! 当社は出版活動を通じ、世界じゅうにそんなワクワクを増やしたいと願っています。そのために、新しいクリエイターを見つけ出し、アイデアのあふれた出版物を刊行していきます。」

世の中には「専門出版社」といわれる、出版の領域を明確に限った出版社があります。児童書専門、医学書出版、IT系出版社などがその例です。しかし、ここまでコンセプトを明確にしてみずからのドメイン(事業領域)を打ち出しているところは珍しいでしょう。しかも「映画やドラマの原作」ということは、本の売上げだけでなく、映像化権などで収益を上げることがビジネスモデルとして組み込まれていると考えられます。出版不況といわれる昨今にあって、この試みは新鮮です。

本書の奥付を見ると、「企画・編集」がリンダパブリッシャーズ、「発行」が泰文堂と表記されていますが、両社の住所は同一です。確認のために泰文堂のホームページを調べてみると、創業は大正5年(1916年)で、自社制作の本、リンダパブリッシャーズの本、そしてアース・スターブックスというもう少し低年齢向きの本がラインナップされています。リンダ+泰文堂の人気作品としては、映画化された『おっぱいバレー』や映画のノベライゼーションである『バトルシップ』、それにロングセラーの『99のなみだ』がよく知られています。

それでは本書の内容について触れていきましょう。本書は、2人の子持ちで専業主婦歴13年の著者が、外資系アパレルチェーンの店に勤務するようになってからのさまざまなエピソードで構成されています。「スカートは穿かない」と言い張っていたのに、著者の薦めで穿いてみたところ、号泣してしまった女子大生。次々と試着して山のような服をレジに運んだら、「宝くじが当たったら買う」と意味不明な言葉を残して去っていく中年女性。試着室で裸になって待ち受けていた露出狂の男性など、「そんなことがあるのか」と驚く話が連続します。

夫の服を買いに来て、夫の希望など聞きもせず、安い服だけで済ませようとする妻。試着室で怒鳴り合いを始める夫婦。妻の希望はお構いなしで妻の服をすべて決める夫。試着室にカップルで籠もり、歯の浮くような誉め言葉を大声で連発する彼氏。

しかし本書は、ただのエピソード集ではありません。普通の人が知らない世界のことを綴っただけで、「日本感動大賞」が受賞できるほど、この賞は甘くありません。本書の真骨頂は、クスリと笑わせ、グスンと涙ぐませるエピソードに混じって、とつとつと語られる著者自身の「秘密」にあります。

実は著者は生まれつき心臓に欠陥があり、10歳の時に大手術を経験していました。長い入院と、手術のためにできた大きな傷跡は、著者の性格に暗い影を落としました。傷跡からくるコンプレックスを知られたくなくて、初恋の相手から逃げ、水泳の授業は全欠席。毎晩、お風呂で泣いている青春時代でした。

幸い、伴侶に巡り会えて結婚しましたが、やっと授かった子どもは稽留流産で死亡。「どうせ私はこういう運命なんだ」と自分を卑下し、本当の心を隠していた子ども時代に逆戻りしてしまいました。幸いなことにその悲しみは時間が解決し、その後著者は男の子と女の子の2人の子どもを得ることができました。

本書に採録されているエピソードの半分は、「ドジ話」です。スカーフをレジの引き出しに挟まれて身動きができなくなったり、開いているドアに寄りかかって後ろ向きに倒れ、すべての試着室からお客さまが顔を出したり、倉庫で密談している社内カップルの声に聞き耳を立てすぎて、脚立から荷物ごと転落したり。そんな彼女を、店のスタッフは「サザエさん」と呼ぶようになります。

自分を取り繕うことなく、全力でお客さまと向き合い、願いを叶えていく。そういう彼女に、いつしかファンがつくようになり、わざわざ顔を見に立ち寄ってくれる人が増えました。そこで著者が気づいたのは、「この世に変な人なんていない」ということ。心に抱えたコンプレックスや秘密が、行動やしぐさに影響を与えているだけ。自分のコンプレックスと向き合い、悩みを自分で解決してきた著者だからこそ知り得た、人生の真実でした。

その後、著者はお店で学校時代の恩師と再会し、恩師のやっているボランティア活動に合流。その縁で地元のコミュニティラジオ局のパーソナリティを任されるようになり、このお店を「卒業」しました。

最後に著者はこう締めくくっています。
「人々との出会いが私をどんどん変えていきました。私がたくさんの人々に数え切れないほど大切なものをいただいた分、これからは私が誰かに少しでもお返しできるようになれば……そう考えています」

爽やかな感動が胸の中を駆け抜ける1冊です。


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