ビジネスで負けないために
ミッドウェー海戦から学ぶ経営戦略入門
淺津光孝 著 幻冬舎ルネッサンス 刊
1,575円 (税込)
宮崎駿監督の最後の長編作品といわれる『風立ちぬ』、300万部を超える大ベストセラーになった百田尚樹の小説『永遠の0』とその映画化作品などで、最近ゼロ戦が注目されています。中高年以上の男性でゼロ戦を知らない人はいないでしょうが、最近の若い人にはあまりなじみがなかったことが人気の背景かもしれません。
ゼロ戦とは、第2次世界大戦における日本海軍の代表的戦闘機で、正式名称は「零式艦上戦闘機」。1939年に初飛行し、終戦までに1万機以上が作られました。特に大戦前期では圧倒的な性能の優位を示し、連合国の司令部からは「雷雲とゼロを見たら逃げていい」という指示が出たほどです。
そのゼロ戦が表紙にイラストで描かれたビジネス書が本書です。ビジネス書に兵器のイラストが使われるというのはミスマッチに思えるかもしれませんが、本書においてゼロ戦は非常に重要なファクターなのです。
本書はタイトルの通り、第2次世界大戦の流れを逆転させたといわれるミッドウェー海戦を経営戦略の事例として詳細に検討し、日本軍の敗因とアメリカ軍の勝因を探っていくというものです。事例として挙げるというレベルを超えて、使用された武器の性能や将官たちの性格分析にまで踏み込んだ内容になっています。
記憶が曖昧な方のためにおさらいしておくと、ミッドウェー海戦は1942年6月5日、日米開戦の真珠湾攻撃の約半年後にあった出来事です。真珠湾から連戦連勝が続いた日本海軍ですが、珊瑚海海戦で苦戦し、4月18日には空母から双発の爆撃機を飛ばすという前代未聞の奇策を米軍に実行され、東京を始めとする日本の各地が初の空襲を受けます。被害は大したものではありませんでしたが、この空襲が軍部と国民に与えたショックは大きく、ミッドウェー作戦が実行されたのでした。
しかし、この作戦の目的は曖昧でした。連合艦隊の山本五十六司令長官は「アメリカの機動部隊を叩く」という目的を持っていたのに対して、軍令部は「ミッドウェー島の占領」を目的として考えていました。両者がともに妥協しなかったために、この作戦は「ミッドウェー島を攻略し、出てきた機動部隊を叩く」という優先目的がはっきりしないものになってしまったのです。
そのため、ミッドウェー作戦の参加艦船は膨大になりました。南雲司令官の指揮する機動部隊には空母4隻と航空兵力、ミッドウェー島上陸のための攻略部隊には輸送船と駆逐艦、それに上陸支援のための戦艦と重巡洋艦、および空母。さらに主力部隊として山本司令長官が乗る戦艦大和を中心とした戦艦7隻、空母1隻、駆逐艦19隻。
一方のアメリカ軍ですが、日本の潜水艦から奪った資料を元に日本軍の暗号を完璧に解読しており、ミッドウェーのどの地点にいつ、どの程度の規模の兵力がやってくるかを正確に予測していました。誤差は距離が10km、時間が5分であったといいます。
しかし、日米の兵力では日本が上回っていました。機動部隊だけを比較しても、日本の空母4隻、搭載機278機に対して、アメリカは空母3隻、搭載機234機でしかありません。また、ゼロ戦の性能はアメリカ軍のどの戦闘機よりも優っており、パイロットの練度も同様でした。つまり、まともにぶつかったらアメリカの勝ち目は薄かったわけです。
ここでアメリカ軍がとった戦略は、シンプルな目的を掲げ、先手を取ることでした。アメリカ太平洋艦隊司令長官のニミッツ大将は、部下に対してこう命令します。「空母以外に手を出すな!」。つまり、日本軍の勢いの源泉が機動部隊であることをよく理解したうえで、空母さえ叩けば日本の勢いを止められると考えたのです。そしてみずからの手薄な兵力を集中的に投下するための命令が、「空母以外に~」でした。
戦史は次のように進みます。
・南雲機動部隊、ミッドウェー島を攻撃
・アメリカ軍は事前に航空機を待避させていたので被害は軽微
・ミッドウェー島のアメリカ軍攻撃機、南雲機動部隊を攻撃
・アメリカ軍攻撃機、南雲機動部隊のゼロ戦隊によりほぼ全滅
・南雲機動部隊、ミッドウェー島の第2次攻撃準備
・日本軍の偵察機、アメリカ機動部隊を発見
・南雲機動部隊、攻撃機の兵装を陸爆から対艦用に転換開始
・アメリカ機動部隊からの雷撃隊が南雲機動部隊を攻撃
・アメリカ雷撃機、南雲機動部隊のゼロ戦隊により追い払われる
・ゼロ戦隊が低空に降りていた隙を突いて、アメリカ急降下爆撃機来襲
・空母赤城、加賀、蒼龍に爆弾命中。転換中の爆弾と魚雷に誘爆し、3隻が沈没
・空母飛龍の山口司令官、単艦での攻撃を決意
・飛龍の爆撃機隊、空母ヨークタウンに爆弾3発を命中させる
・ヨークタウン、消火に成功し自力走行を開始
・飛龍の雷撃機隊、ヨークタウンに魚雷2発を命中させる
・ヨークタウン、転覆寸前となり総員退鑑
・日本の潜水艦伊168の魚雷によりヨークタウン沈没
・飛龍、アメリカ機動部隊からの攻撃を受け沈没
ここまでの内容なら、本書はビジネス書ではなく戦史を扱った歴史書でしょう。本書の真骨頂はここから先の部分にあります。まずロジカルシンキングで問題分析を行い、次にKJ法で問題点を集約していきます。こうして当時の日本軍が抱えていた本質的な課題があぶり出されてきます。
次に、「理念」「環境」「ドメイン」「戦略」「評価」といった戦略策定プロセスにミッドウェー海戦の日米双方をあてはめ、分析していきます。それぞれの分析にはSWOT分析を用います。さらにクロスSWOTで戦略オプションを検討します。
戦略の検討には、競争優位性を生み出す「バリューチェーン」を利用します。これによって、日米双方の優位性が分析できます。この段階で、日本軍のバリューチェーンがアンバランスであることが見えてきます。たとえば、「攻撃面では強いが、索敵が弱い」というアンバランスは、実際に海戦で先手を取れずに受けに回ってしまったという結果につながりました。
さらにターゲットに対するオペレーションミックスを行うことで、日本海軍の戦略上の欠陥が明らかになります。85隻もの大艦隊を擁していながら、アメリカ軍と対峙して陸上攻撃と対艦攻撃のすべてを実行したのは、空母4隻の機動部隊だけであったこと、ゼロ戦の性能とパイロットの技量に依存しすぎたために、上空警戒の防衛網が手数であったこと、空母同士の戦いでは先手必勝であるにもかかわらず、索敵網が貧弱であったことなどです。
それに対して、アメリカ軍の戦略を同様に検証していくと、SWOT分析やPDCAサイクルがあの時代に活用されていたことがわかります。そして、「航空機の性能の低さ」や「パイロットの低い技量」といった欠点が効果的にカバーされて致命的な欠陥になっていないことを発見します。
そして最後に、空母飛龍の山口司令官がなぜ戦果を挙げられたかを検証します。驚いたことに、空母3隻が沈められ、南雲司令長官が指揮官として機能しなくなったことが、空母ヨークタウンの撃沈につながっていました。アクシデントで不都合な要素が取り除かれたため、日本軍が本来の技量を発揮できたということです。
血湧き肉躍る戦史を追いながら経営戦略のさまざまな手法を学べる、ユニークなビジネス書です。 |