オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

ローカル線で地域を元気にする方法
いすみ鉄道公募社長の昭和流ビジネス論

鳥塚亮 著 晶文社 刊

1,500円 (税別)

「いすみ鉄道」という第三セクター鉄道のことを知っている人は、地元の関東でも少ないかもしれません。いすみ鉄道は千葉県の外房線大原と房総半島中央の上総中野を結ぶ26.8km、非電化単線のローカル鉄道です。もともとは国鉄木原線といって、大原と木更津を結ぶ房総半島横断鉄道として計画されたものでしたが、木更津までは至らず、小湊鐵道の上総中野駅が終点となりました。

いすみ鉄道の発足は1987年(昭和62年)。JR東日本から運営を移管された千葉県、大多喜町、いすみ市などが出資する第三セクター「いすみ鉄道」としてスタートしました。しかし当初から赤字続きで、2006年度には1億2700万円の赤字を出してしまいます。鉄道の廃止か、存続か。そこでいすみ鉄道がとった策が、「公募社長による経営立て直し」でした。

最初に就任した公募社長は、千葉県のバス会社社長であった吉田平氏でした。しかしこの社長は就任10カ月で千葉県知事選挙に出馬するために辞任してしまいます。そして再公募となり、123人の応募者の中から選ばれたのが、ブリティッシュ・エアウェイズの旅客運航部長であった鳥塚亮氏、すなわち本書の著者だったというわけです。

この経緯だけを見ると、航空会社から鉄道会社への転職で「畑違い」に思えますが、そうではありません。じつは著者は生粋の「鉄ちゃん」すなわち鉄道マニアだったのです。小さいころからの鉄道ファンで、将来は国鉄に就職しようとしていたところ、国鉄民営化のあおりで5年間新卒募集なしという時期にぶつかってしまい、仕方なく航空会社に就職したのでした。しかも鉄道への夢を絶ちがたく、サイドビジネスで「運転台展望ビデオ」を制作・販売する会社を経営していました。

しかし、2009年6月に社長に就任した著者を待ち受けていたのは、「2009年度決算で収支改善見込みが立たない場合は廃止を検討する」という、社長就任以前から決まっていたタイムリミットでした。著者はこの不可能とも思える難題に挑戦し、6割の増収を実現、みごと存続決定を勝ち取りました。

著者が就任後にとった施策を列記してみましょう。
・ムーミン列車の運行
・オリジナル商品を販売する直営店3店、ウェブショップの開店
・訓練費自己負担の運転士養成プラン
・昭和時代のディーゼルカーをJRから譲渡、運行
・「枕木オーナー制度」の導入
・貸切車両サービスの開始
・「ゆったりのんびり走る急行列車」の運行
・民間ボランティア団体「いすみ鉄道応援団」活動開始

このうち「訓練費自己負担の運転士養成プラン」は全国的にニュースになりましたから、覚えている方もおいででしょう。訓練費700万円を自己負担することを条件に、年齢不問で運転士として養成するというもので、応募者30人から選抜された4名が晴れて運転士試験に合格し、まもなく単独運転を開始するそうです。

本書はこうした奇抜なアイデアでローカル線再生というビジネスに挑戦する著者の考えをまとめたものです。前著の『いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略』(講談社・刊)と同様、著者の「いすみ鉄道 社長ブログ」(http://isumi.rail.shop-pro.jp)から抜粋・編集した内容で構成されています。

どんな内容かは、目次を一読すると想像できます。
第1章 いすみ鉄道は「乗らなくてもよい」鉄道です
・地域で需要を開拓するということ
・乗らなくてもよいですよ
・ハードルは下げるが間口は広げず
・房総半島が持っている可能性
・いすみ鉄道の可能性
・素材を料理できる人に向けて
・昭和の雰囲気と新鮮な海産物
・乗らなくてもよいです、の理由
・いすみ鉄道をブランド化する
・心の栄養剤としてのローカル線
・走り続けていることに価値がある
・どうしてムーミン列車なのですか?
・電車は大人の事情で走っている

第2章 ローカル線で地域を元気にする方法
・よそ者の仁義
・起きない町の起きない人々
・全国共通? 地元の問題点や障害
・早くした方がよいですよ
・サーファーには経済効果がない?
・公募で社長を募集するということ
・安易に社長を公募してほしくない
・湿った木に火をつける仕事

第3章 いすみ鉄道式昭和流ビジネス論
・新年に考えるローカル線と地域の未来
・物質的満足から精神的満足へ
・必要なのは「わかりやすい」ということ
・マーケットの成熟度を考える
・ここには「何もない」があります
・外部顧客と内部顧客
・カンバンとカイゼン
・お客さまは八百万の神々
・ボスの条件
・お客さまと一緒に年をとる仕事
・社会の構造について

第4章 空と陸ではこうもちがう
・鉄道と飛行機を比べてみて思うこと
・いすみ鉄道の顧客戦略
・プラスアルファの仕事
・CONTINGENCYという考え方
・LCCで空の旅はどう変わるか
・インターネット人口の増加とともに
・日本全国が往復2万円で行けるようになれば
・鉄道の「等級」と飛行機の「クラス」
・クラスで完全に分かれる飛行機の客室
・いつかはグリーン車に乗ってやろう

第5章 ムーミン谷から世間を見れば
・イジメがなくならない理由
・身近に大人のお手本がいない不幸
・幸せになる方法
・笹子トンネル事故で思うこと
・コンドラチェフの波が来る?
・昭和は誰のもの?
・夜行列車の変遷から
・速さにも安さにも対応できなくなった夜行列車
・次の世代につなげていく作業を

著者は前職で、コストカットとリストラが専門でした。でも、いすみ鉄道にやってきてからは、その手法はまったく考えなかったそうです。なぜなら、日本のローカル鉄道や日本の田舎が瀕死の状態になってしまったのは、欧米型の経済合理性をローカル線や地方に当てはめたから。死にかかった馬をさらに鞭打つようなことをしても効果がないと、著者は理解していたのです。

いすみ鉄道の社長に就任したとき、著者は社員に向かってこう言いました。「私はこの会社をブランド化します。みなさんが『良い会社に勤めているね』と言われるような会社にします。だから楽しくやりましょう」

そのために著者が考えたのは、「乗りたくなるような列車を走らせる」「思わず入りたくなるようなお店を作り、買いたくなるようなグッズを並べる」という単純なことでした。しかし、それだけでは充分ではありません。いすみ鉄道の規模の鉄道会社を黒字運営するためには、最低でも8万人、できれば10万人の沿線住民が必要ですが、いすみ鉄道には4万人の沿線住民しかいないのです。

必要数の半分しか、地元にお客さんがいない。ということは、完売しても黒字にならないことを意味します。そこで著者が考えたのが、土日に観光鉄道として都会からのお客をたっぷり受け入れ、その稼ぎで平日に地域の足としての使命を果たすというものでした。

以下、本文から気になった言葉を抜き書きしてみましょう。
「鉄道ファンという人たちが何を好んで、何を求めているかということは、たぶん有能な経営コンサルタントでもわからないと思います。経営コンサルタントは過去の状況を分析して、パターン化し、その延長線上で将来を予測することはお得意ですが、今までに例がないことをゼロからやることはできませんし、そこに需要があることはうすうす気がついていても、どうしてよいのかまではわかりません」

「私は自分が好きな世界で、かれこれ半世紀も鉄道ファンをやってきていますから、何をどうすればお客様が喜ぶかということは、誰に相談しなくてもわかるのです。だから2010年の時点で手に入る唯一のディーゼル気動車「キハ52」を手に入れていすみ鉄道で走らせれば、東京からの距離を考えれば絶対にヒットすると確信していましたし、そこに需要があるということもわかっていました」

「ローカル線を交通機関としてまじめに議論する。そしていろいろな社会実験を行う。そうすると、必ずバスに軍配が上がるようになっている。まじめな人は、そうやってローカル線を残したいと思ってやった取り組みがあだになって、ローカル線を廃止に追い込んできたのですが、私から見れば、もっと素直に『鉄道のある風景が好きだ』と言えばよかったと思うのです」

「地元にも廃止賛成論者はいました。私は、その人たちの考えは当然だと思っています。交通機関として考えたら、きっとバスで十分なわけですから、そんな赤字の鉄道にいくらお金をつぎ込んでも無駄なわけです。でも、今、いすみ鉄道沿線で『廃止』云々を言う人はいなくなりました。皆、本当は鉄道が好きで、いすみ鉄道が走る地元の風景が好きだからだと思います」

「マニア社長」のユニークな視点に関心しながら、いつの間にか地方の将来を考えさせられてしまう、示唆に富んだビジネス書です。


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