オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

ドーナツを穴だけ残して食べる方法
越境する学問--穴からのぞく大学講義

大阪大学ショセキ力プロジェクト 編 大阪大学出版会 刊

1,.500円 (税別)

「○○大学出版会」というのは、名の通った大学ならたいてい持っている、大学専属の出版部門のことです。ほとんどが大学の傘下にありますが、なかには慶應義塾大学出版会のように独立した株式会社であるところもあります。

本書の出版元である大阪大学出版会は、「阪大」という通称で知られる国立大阪大学の出版部門で、正式名称は一般財団法人大阪大学後援会・出版事業部といいます。設立は1993年と比較的新しいのですが、60年以上の歴史を持つ東大や慶應を除くと、多くの大学出版会は同じような時期に設立されています。

大学出版会が出す本の多くは、非常にアカデミックな内容の、部数の少なそうな本です。その大学の活動に関する本を出すという趣旨からすると致し方ないのですが、そのために一般読者にとってはとっつきにくい出版社といえます。

ところが本書のタイトルは、そういった堅苦しさとは一線を画しています。「ドーナツを穴だけ残して食べる? 何かのトンチなのかな」と疑問と同時に親しみを覚えた人も多いでしょう。それもそのはず、本書はとてもユニークなプロセスで作られた大学生と大学教員、大学出版会によるコラボレーションなのです。

本書の編者は「大阪大学ショセキ力プロジェクト」とあります。このプロジェクトは「阪大生が出版企画から制作、出版、販売までを実際に手がけることで、自らのアイデアを実際に世の中に形あるものとして出し、社会に伝えるために必要なことを学ぶ」というもの。阪大生と教員、大学出版会だけでなく、編集者、書店関係者、メディア関係者も参加しています。

企画の立ち上げは2012年11月に行われた書籍企画コンペ。ここで学生が提案した本書の企画が2度にわたる審議を通過し、出版の実現にこぎ着けました。本書の元になったのはインターネットで話題になったネタで、それを切り口に阪大の教授と准教授13人が学生の依頼を受けて原稿を執筆することになりました。

非常に珍しいのは、集まった原稿に学生が目を通し、修正を依頼したことです。普通、大学といえば学生の書いたレポートや論文に教授が書き直しを命じるものですが、本書ではそれが逆転したわけです。教授の書いた原稿だけではわかりにくいと、学生が解説をつけた部分もあります。

本書の表紙デザインや装丁も、学生の手によるものです。通常は直線的な帯のカットラインが本書ではギザギザになっていますが、これは「帯を紙ナプキンに見立てた」というアイデアです。内容は非常にアカデミックな本書ですが、少しでも多くの人に手に取ってもらおうという工夫がこのデザインに表れています。

本の広報や販売にも学生がかかわっており、Web上で書評サイトを立ち上げたり、関西の書店人が集まるイベントに参加したり、紀伊國屋書店などで出版記念イベントを開催したりしました。その珍しさから、新聞をはじめ、たくさんのメディアで話題となりました。売れ行きも好調で、すでに重版されています。

そのような話題に事欠かない本書ですが、内容もとても興味深いものです。純粋な学問は常識の範囲にあるときは退屈ですが、常識の外にはみ出すと、とたんに門外漢の興味を引きます。「穴だけ残して食べるなんて不可能に決まってる」という「常識」に、いろいろな専門分野からの純粋学問がぶつかったとき、そこに何が生まれるか。本書の魅力はそこにあります。

ただし、本書が扱うのは「ドーナツの穴」だけではありません。「ドーナツ」そのものにも、さまざまな学問のメスが入ります。言葉としての「ドーナツ」も俎上に載ります。さらには「世界のドーナツ」というインタビューコラムがちりばめられています。

巻頭では、「ドーナツの穴」がなぜ話題になったかについて、大学院経済学研究科の松村真宏准教授が「インターネット生態学的考察」を展開します。そしてGoogle検索を駆使することによって、「ドーナツの穴だけ残して食べる方法」が2005年から2010年にかけて話題となり、成長し、定着していったと分析しています。

第1章では、大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻の高田孝准教授が、「ドーナツを削る--工学としての切削の限界」というタイトルで、大まじめにドーナツの穴だけ残して食べる方法を論じています。そこには切削という加工の本質や、加工のための道具のメカニズム、「穴」を保存する方法などが含まれています。

第2章は、「ドーナツとは家である」というタイトルで、大学院文学研究科の田中均准教授が美学の視点から「ドーナツの穴」を覗きます。ソクラテス、ハイデガー、プルーストといった知の巨人たちに加えて、イーフー・トゥアン、ガストン・バシュラールといった人々が紹介され、好奇心を拡大させてくれます。

第3章の「とにかくドーナツを食べる方法」では、大学院理学研究科数学専攻の宮地秀樹准教授が、四次元空間でドーナツを食べたらどうなるかを解説しています。ドーナツの穴に指を通して輪を作ると、三次元空間では指に触れずにドーナツを動かすことはできませんが、四次元空間ではそれが可能になるという話です。

第4章では、精神医の井上洋一医学博士が「ドーナツの穴の周りを巡る永遠の旅人」というタイトルで、精神医学的人間論を展開しています。「人間の心の謎」「無限とドーナツの穴」「人間の心を動かす力」「心の誕生のドラマ」「ドーナツの穴は消えたか」といった話題が、次々と提起されていきます。

第5章は「歴史学のアプローチ」として、大学院言語文化研究科の杉田米行教授が「ミクロとマクロから本質に迫る」という歴史の考え方を解説します。「なぜドーナツに穴が開いているのか」という疑問に対するミクロ的アプローチから「日本健康保険法と医師会」の関係が語られ、「本当にドーナツには穴が開いているのか」という疑問に対するマクロ的アプローチから「冷戦」という歴史的現象を分析していきます。

第6章は「パラドックスに潜む人類の秘密」というタイトルで、「なぜ人類はこのようなことを考えてしまうのか?」という疑問に迫ります。ガイドは大学院言語文化研究科の大村敬一准教授です。パラドックスの魅力と、遊びやユーモアに代表される人類の創造的な営み、人類の未来への可能性などが語られます。

第7章は「ドーナツ型オリゴ糖の穴を用いて分子を捕まえる」という化学の世界の話です。語ってくれるのは大学院工学研究科応用化学専攻の木田敏之准教授。「シクロデキストリン」というドーナツ型の分子構造を持ったオリゴ糖の穴の大きさを自在に変える方法や、刺激に応答するシクロデキストリン、油の中で働くシクロデキストリン、PCB除去に役立つシクロデキストリンなどが紹介されています。

第7条の「Give & Give」は、ソーシャルメディアを有効に役立たせるための基本ポリシーです。「情報を出してあげたんだから、代わりに何かよこせ」というのではなく、見返りを一切期待せずにどんどんばらまく。そのことで、気づかないうちに大きなメリットが得られるというのです。

第8章は法律家からのアプローチです。タイトルは「法律家は黒を白と言いくるめる?」。案内役は大学院国際公共政策研究科の大久保邦彦教授です。日本の法律には「ドーナツ」という言葉が出てくるものが3つあること、それが判例だと200もあること、「ドーナツ事件」と呼ばれる裁判があったことなどが述べられています。

この後もまだまだ本書は続くのですが、以下はどうぞ書店で実際に手に取ってお確かめください。


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