オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

「強いチームはオフィスを捨てる
37シグナルズが考える「働き方革命」

ジェイソン・フリード デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン 著
高橋璃子 訳 早川書房 刊

1,500円 (税別)

著者たちの会社「37signals」や、この2人の著者が以前に出版した『小さなチーム、大きな仕事--37シグナルズ成功の法則』をよくご存じの方には、本書の紹介は簡単な言葉で済みます。「あの全米ベストセラーの続編が出ましたよ。今度はリモートワークがテーマです」とささやくだけでいいのです。たぶん。

でも、どちらもご存じないという方が大部分でしょうから、きちんとご紹介しておきましょう。まず「37signals」ですが、アメリカのシカゴに本社のあるウェブアプリケーションの会社です。プロジェクト管理ツール「Basecamp」や共有連絡先管理アプリケーション「Highrise」といった製品で知られ、オープンソースのWebアプリケーションフレームワークである「Ruby on Rails」は、「Basecamp」から生まれたものです。

著者のジェイソン・フリードは「37signals」創業者の1人で、現在も社に残っている創業者は彼だけです。もう1人の著者のデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンは「Ruby on Rails」の開発者です。この2人による前著『小さなチーム、大きな仕事--37シグナルズ成功の法則』は、ビジネス書の新スタンダードとして脚光を浴びました。

どんなところが話題になったのかというと、「会社は小さく。失敗から学ぶな。5時には帰宅。けんかを売れ」という、彼ら自身が経験から学んだ成功哲学です。世界のあちこちに散らばる少人数のスタッフだけで、数百万人の顧客を抱えるソフトウェア会社が成り立つ。その事実は、旧態依然の経営方法を信奉しているビジネスマンたちにショックを与えました。

その彼らの経営方針をさらに語ったのが本書です。テーマは「オフィスなんか、いらない」。本書の冒頭で、彼らは断言します。「オフィスは非効率だし、通勤はただの苦痛だ」と。そして彼らはこう続けます。「リモートワーク(在宅勤務)を、もっと推進するべきだ」

「リモートワーク」というのは、新しい概念ではありません。すでにサテライトオフィスやSOHO、コワーキングやノマドといった言葉とともに、オフィス以外で組織のために働くやり方は何度も紹介されてきましたし、実際にそうやって働いている人たちもたくさんいます。でも、彼らはその普及の遅さに、不満を持っています。

「小さな会社から有名な大企業まで、あらゆる業界のさまざまな会社がリモートワークに進出してきている。ただし、かつてファックスが普及したときのような勢いはない。すぐに大半の会社が取り入れてもよさそうなのに、リモートワークはまだ多数派というにはほど遠い。技術はすでにそろっている。世界中の人といつでも簡単にコミュニケーションがとれて、一緒に作業を進められるツールがいくらでもある。それなのに、技術を使う側の人間は、いまだに昔ながらの働き方に縛られている。アップデートが必要なのは、どうやら人の気持ちのようだ」

彼らが言うには、新しい時代に合った真に合理的な働き方であるリモートワークを阻害しているのは、迷信にも似た古い考え方に取りつかれている人々の気持ちなのだそうです。ならばその「気持ち」を変えさせることができれば、もっとリモートワークは市民権を持つのではないか。そういう考えから、本書は作られました。

本書の内容は、非常にシンプルです。まずリモートワークのメリットを紹介し、次にリモートワークに対する反対意見をひとつずつ論破していきます。そして次のステップで、リモートワークの達人になる方法を紹介します。ここでは、あわせてリモートワークのむずかしさやリスクについても触れられます。

本書が説得力を持っているのは、その内容が理屈や学説などではなく、すべて彼らの会社「37signals」が10年前から実践してきた経験に基づいて書かれているところにあります。したがってその筆致は上から目線ではなく、変に読者に媚びたものでもありません。彼らはただ淡々と自分たちの経験を語り、やってきたことの結果を述べているだけです。

「なぜリモートワークを勧めるのか」という点について、彼らの主張は明快です。「本当に集中して仕事をしたいとき、どこに行きたいか?」という問いに、多くの人たちが「会社のオフィス」とは答えないからです。オフィスは邪魔に満ちています。しかもほとんどの邪魔は、自分でコントロールすることができません。会議、打ち合わせ、上司からの呼び出し、同僚からの質問、電話、メール、などなど。

そして通勤地獄。著者たちは通勤を「人生の無駄づかい」と切り捨てます。通勤のせいで平日の活力と時間が失われ、週末は溜まった雑用に追いまくられてしまう。そんな生活になってしまうのは、オフィスと通勤があるからだと著者たちは言います。

1日に1時間弱かけて通勤している人の場合、1年では400時間もの通勤時間を消費することになります。そこで著者たちはこう問いかけてきます。「僕たちの会社の主力製品であるBasecampは、ちょうど400時間の工数で完成した。もしも400時間が自由に使えたら、いったいどれだけのことができるだろう?」

リモートワークに反対する人たちは、こう主張します。「社員がお互いに顔を合わせていないと、スムーズな意思の疎通ができないし、ひらめきも生まれない。自分1人の仕事環境では、みんな怠けるに決まっている」と。しかし著者たちは、それはすべて誤解と思い込みであると論破します。

現在の技術があれば、世界中のどこにいてもテレビ会議は可能です。それだけでなく、画面を共有して作業のやり方を伝達したり、共同で何かを作り上げたりすることも可能です。そもそも、会議で何かのアイデアが生まれることって、あるのでしょうか。さらに言うと、上司が見張っている現在のオフィスだって、隠れてFacebookに書き込んだり、YouTubeを見ている人はたくさんいるでしょう。

リモートワークが普及すると、本当に働いてほしいスタッフを世界中から選んで採用することができるようになります。あるいは、長年ともに働いてきたスタッフを、引っ越すからといって解雇する必要もなくなります。働く人たちは、「海の近くに住みたい」「いつでもゴルフができる環境がほしい」「空気のいいところで子育てしたい」という希望を、今すぐ叶えることができるでしょう。

リモートワークは、働き方を変えるだけでなく、働くことに対する心構えを否応なしに改めさせます。報酬や地位は実力や実績で決まり、お世辞の上手い人や見かけだけ勤勉な人は排除されるでしょう。仕事は本質的な部分で選択されるようになり、住んでいる地域や国で賃金が差別されることはなくなっていきます。

また、リモートワークは「文章力」を求めます。コミュニケーションのかなりの部分をメールやチャット、掲示板が占めるため、「まともな文章が素早く書けない人」はコミュニケーションができないからです。リモートワークの時代は、履歴書よりも志望動機などを自由に記したカバーレター(添え書き)の中身が重視されるようになるでしょう。著者たちの会社では、面接する人を絞るのに、カバーレターが活用されているそうです。

リモートワークは、終身雇用や平等人事の古い社員制度よりも、フリーランスやインディペンデントコントラクターのような働き方に近いかもしれません。産業革命以降ずっと先進国にはびこってきた「会社員」という身分が、そう遠くないうちに変質していきそうです。

これからの会社組織はどうあるべきかを考えさせてくれる1冊です。


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