オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

読むだけで「うまい」と言われる字が書ける本

根本 知 著 阪急コミュニケーションズ 刊

1,250円 (税別)

出版元の阪急コミュニケーションズは、阪急阪神東宝グループの出版社です。阪急電車沿線の観光ガイドや宝塚歌劇団の機関誌などを出していた阪急電鉄のコミュニケーション事業部が、「ニューズウィーク日本版」や「フィガロジャポン」、「月刊Pen」などを発行していたTBSブリタニカの事業を統合して現在の姿になりました。アマゾンジャパンの2013年出版社ランキングでは93位につけています。大手と中堅の間くらいの出版社です。

さて、本書ですが、現在主流となっている本の流れに逆らっているところがあります。それは「帯がない」こと。いま書店で平積みされている新刊書のほぼ100%は、表紙にカバーと帯がついています。なぜそうなっているのかというと、改装が容易だからです。

本の帯は、長く売る間に何回も付け替えられます。返品を再出荷するときはもちろんのこと、マーケティング上の理由から新しい帯にされることもよくあります。新刊のときは「話題の著者の最新刊!」と帯に書かれていた本が、やがて「10万部突破!」という帯になり、「TV、新聞で話題! 驚異のベストセラー!!」と変わったりします。

そういう本の看板の一種である帯を最初から付けないというのは、出版社側の「長く書店店頭に置いてもらいたい」という意思が働いているからかもしれません。なぜなら、本は帯が破れたり傷んだりすると、すぐ返品されてしまうからです。よほど奇特な読者でなければ、帯が破れている本を買ったりはしませんよね。仮にそれが欲しい本であったとしたら、そしてその書店にそれ1冊しかなかったとしたら、「ちぇっ、しょうがないからアマゾンで買おう」と思うかもしれません。

でも、帯が付いていなければ、店頭で棚から何度も抜き差しされたとしても、本が傷む可能性は低くなります。その観点から見てみると、書店にある長期在庫を前提とした本は、たいてい帯が付いていません。そして本書は、書店員が分類しようとすれば「実用書」のコーナーに置かれる可能性が高い本です。実用書は、長期在庫の本が中心ですから、本書に帯がないのもうなずけるわけです。

ただし、本書のタイトルは少し実用書のセオリーから外れています。『「うまい」と言われる字が書ける本』だったら、文句なしに実用書そのものですが、「読むだけで」という言葉がついているからです。本来、何かをマスターするというのは簡単なことではないはずですから、それが本を読むだけでできるというのは、入門書というよりはHow To本のジャンルに近づきます。でも、読者は気になるはずです。「本を読むだけで字がうまくなるなんて本当かな? だけど、もしうまくなったら素敵だな」と。

昔から、身体を使った技術をマスターするためには、反復練習が一番であるとされてきました。自転車の運転、水泳、鉄棒の逆上がり、スケート、キーボードのブラインドタイピングなど、どれも「一発でマスターした」という人はいないはずです。どうしてかというと、身体を使った技術は小脳のプログラムを書き替える必要があるのですが、その方法の王道が反復練習であるためです。

したがって、普通に考えると、うまい字を書くためにはお手本を見ながら、気の遠くなるほどの反復練習をする必要があります。まるで昔の「写経」です。忙しくて時間の取れない現代人にそれを勧めるのは、ちょっと無理がありますね。

さらに上手な字を書くための障害になっているのは、字を覚えたのが遠い昔であることです。多くの人が幼稚園から小学校で文字を覚えたはずですが、それから何十年も経ってから、頭の中の古いプログラムを呼び出して書き替えるというのは、容易なことではありません。だから、世の中に字の上手な人が多くないわけです。

しかし、諦める必要はありません。小脳のプログラム書き換えには、もうひとつの方法があります。それは、茂木健一郎氏が提唱している「アハ! 体験」に代表される「感動学習」です。

誰でも、「得意な科目は勉強しなくてもどんどん頭に入ってくる」という経験があるはずです。「好きこそものの上手なれ」という格言は、それを端的に言い表したものです。なぜそうなるかというと、「好きだ」「わかったぞ!」という感動が伴うと、脳の神経細胞がいっせいに活動するため、反復練習をしなくても即座に学習ができてしまうからです。だから、時間をかけずに何か新しいことを学ぼうとするなら、「その対象に興味を持つ」のが一番の早道であるということです。

さて、そこで本書です。本書は「書道家のような字が書けるようになる本」ではありません。タイトルにあるとおり、「字をうまく見せる本」なのです。つまり、これまでの筆跡の大部分はそのままで、ポイントだけを変えることで「うまい字」を書こうというわけです。このあたりが、「アハ! 体験」っぽいですね。

著者は「一鶴」という号を持つ書道家で、書道学博士。新宿伊勢丹や銀座三越、日本橋ロイヤルパークホテルでの「美しい名前の書き方」講座をはじめ、企業研修向けのペン字ワークショップを各地で開催し、1000人以上にメソッドを伝授してきました。そのメソッドをまとめて公開したのが、本書というわけです。

本書の構成は非常にシンプルで、「はじめに」と「おわりに」を除くと第1章と第2章だけ。第1章では「これだけ押さえておけば、あなたの字は格段に美しくなる! 特選メソッド12」というタイトルで、根本メソッドの12ポイントが具体的な教示されます。第2章はマスターしたメソッドを応用して現実に定着させていく練習問題です。タイトルは「メソッドを定着させる! 実践トレーニング」

「はじめに」の次には、「筆記具の種類と選び方」という、非常に実用的なページがあります。ここで著者がお勧めしているのは、水性染料の「プラマンJM20」というプラスチックペン先の使い切り万年筆。ボールペン並の価格で美しいハネや払いが表現できるので、封筒やはがきの宛名書きに特に向いているそうです。

そのほか、「油性ボールペンは実用的だが挨拶状には不向き」「水性ボールペンは濡れるとにじむので注意」「ゲルインクボールペンはインクの減りがやや早い」「筆ペンは中字がお勧め」といったアドバイスが掲載されています。

第1章の12のメソッドを全部紹介してしまうと、著者や出版社からクレームがつきそうなので、少しだけ。まずメソッドの(1)は、「3種類の横線を知る」ということと、「起筆には打ち込みを」という基本を知ることです。著者はこう言います。「漢字を美しく書くため、まず気をつけたいことは、文字を書くリズムに注意するということです」

「3種類の横線」とは、右上に反る線と右上にまっすぐ引く線、そして上がった後、右下に反る線の3つです。漢数字の「三」が、まさにその3種類の線によって成り立っています。この3種類の線をきちんと書き分けることが大事です。さらに書く文字に品を持たせたいなら、縦線や左払いの起筆に、毛筆の筆の入りを応用した「打ち込み」を作ります。

メソッドの(2)は、「強調する線は一つにする」というものです。たとえば「青」という字を書く場合、一番長い横線の一画だけを強調して書いてみます。この線を生かすために、他の横線は長さを統一して揃えます。すると、見た目がぐっと良くなります。

こんなふうに、各メソッドで「ふんふん、なるほど」「あ、そうなのか」と感心しながら手許のメモ用紙に字を書きます。すると、あら不思議。慣れ親しんだ自分の字が、だんだんマシになってくるではありませんか。そして第2章できちんと実践してみれば、レベルアップした筆跡が後戻りする心配もありません。

「手書きの字に自信がない」とお悩みのすべての人におすすめできる1冊です。


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