「ニセ医学」に騙されないために
危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!
NATROM 著 メタモル出版 刊
1,380円 (税別)
最近の出版界は、実用書出版社を中心に「医療モノ」で稼ごうと必死になっています。というのも、自己啓発書のブームが一段落して、健康・医療関係の本しか売れない状況が続いているからです。たとえば2013年のベストセラー1位は、近藤誠『医者に殺されない47の心得』ですし、2012年のランキング上位には、タニタ『体脂肪計タニタの社員食堂』、中村仁一『大往生したけりゃ医療とかかわるな』、中村格子/秋山エリカ『実はスゴイ!大人のラジオ体操』、南雲吉則『50歳を超えても30代に見える生き方』、同『「空腹」が人を健康にする』、美木良介『美木良介のロングブレスダイエット』が入っています。
健康や医療に関心のある読者が多いのは結構なことですが、「売らんかな」で作られる本の中には、眉唾物の内容や、非科学的な論点の、いわゆる「ニセ医学」が混じってきます。なぜなら、当たり前のことを主張しても、読者の刺激にならないからです。そのために、「ガンは治療しない方が長生きできる」「ステロイド治療は害」「ワクチンは有害」「タバコで肺ガンにはならない」といった迷信が多くの人に信じられたりします。
本書は、インターネット上でニセ医学と戦い続けている内科医のNATROM氏が著した、正しい医療知識を獲得するためのガイド本です。現在の日本に蔓延している代表的なニセ医学をほとんど網羅し、素人にもわかりやすい説明で、めった斬りにしています。多くのニセ医学は根拠となる論文などの出典を明らかにしていないことが多いのですが、本書では多数の根拠となる論文などが示されていて、その気になればだれでもトレース可能になっています。
著者以外の人物による「解説」は、文庫本ではおなじみですが、本書にはサイエンス・ライター片瀬久美子氏による解説文がついています。ちょっと引用してみます。
「本書は、日本で流布されている『ニセ医学』について、ほぼ網羅しています。こうした本が出るのをずっと待っていました。医師であり、長年『ニセ医学』を批判してきたNATROM氏によって書かれたもので、現代医療、代替医療、健康法に関してそれぞれ10項目が選ばれており、世間に広まっている医療に関するよくある誤解やうそについて一通り解説されています」
本書の出版元である「メタモル出版」については、初めて名前を目にした人も多いでしょう。著者も自身のブログ「NATROMの日記」で「メタモル出版から本を出したわけ」というエントリーを残しています。最初にメタモル出版から「本を出しませんか」というオファーのメールをもらったが、既刊リストを見たらニセ医学の本が多数出ていたので、返事をしないで無視したこと、すると2カ月後に「きちんとした内容の本も出している」と再びメールをもらい、例示してあった本を見て安心したことなどが書かれています。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20140610/p1
「この本が決め手であった。(中略)出版社そのものはともかく、この本の出版に関わった人たちは信用できそうであると判断した。懸念があるとしたら、『ニセ医学』の本を出している出版社から『ニセ医学』を批判する本を出すのは、マッチポンプになりはしないか、という点である。(中略)出版社が意図的にマッチポンプを行っているのではなく、怪しい本を出している出版社の中にも良い本を出そうとしている人たちもいるのだと思われた。それならば、そういう人たちを応援したいと考えた。これが、メタモル出版から本を出した理由である」
ニセ医学が問題なのは、正しい治療から患者を遠ざけ、せっかく治るチャンスがあったのに、それを失わせてしまう可能性があるからです。さらに問題なのは、日ごろは論理的な思考をする常識人でも、自分や家族が病気になると平常心を失ってしまい、トンデモな理屈を受け入れてしまいがちであることです。
たとえば本書の冒頭に登場する「日本人は薬漬け?」ですが、これは「日本の薬の使用量がケタ違いであるのは、儲け主義の医療ビジネスの陰謀である」という主張が多くの人の頭に刷り込まれているための「都市伝説」です。
著者はそれが幻想であることを証明するために、「薬剤費の国際比較」というグラフを掲出しています。それによると、日本はアメリカ、カナダ、ギリシャ、アイルランド、ベルギー、ドイツ、フランス、イタリアに次いで世界第9位の薬剤費消費国です。つまり、日本は先進国中で並の薬使用量でしかないことが明らかです。
それだけでなく、著者はなぜそのような刷り込みが起きてしまうかについても解説しています。昔、薬価差益が大きかったころに医師が利益を確保するために薬を多めに出したという事実があったこと、それに慣れた患者が「医者は薬をたくさん出す」という印象を固定化してしまったこと、などです。
日本の医療が儲け主義で薬をたくさん出しているという主張に対する反論は、今の健康保険制度をよく考えてみれば簡単に反証できます。日本の医療制度では、患者さんが負担する医療費は0~3割でしかなく、残りの7~10割は健康保険組合や政府などの保険者が支払います。医者がむやみに薬を出していれば、保険者のチェックで医療費が支払われなくなるため、医者は儲け主義で薬を出すことはできません。
著者の見解では、「日本人は薬漬け」というデマは「標準医療の否定」と結びついているそうです。標準医療を否定するニセ医学の発信者たちは、患者の不安を喚起してビジネスにつなげようと考えているので、普通の病院から患者を奪おうとします。普通の病院が「患者を食い物にする悪徳ビジネス」であると思い込まされた患者たちが、代替医療や健康食品、健康器具、怪しげな講演会にお金を落とすことを期待しているのです。
「万能薬は存在する?」という項目では、著者は次のように言い切っています。「万能を謳った時点で、その治療法をインチキと決めつけてよい。ある治療法が特定の病気に効果があるかどうかを知るには、実際にその治療を行って効果があるかどうかを、臨床試験によって確かめる必要がある。しかし、万能療法についての臨床試験はなされておらず、よって効果があることは確認されていない」
「ほとんどの病気を治します」という言い分の本当の意味は、「まともな臨床試験なんてしていませんし、そもそも臨床試験がなぜ必要かも理解していませんが、この療法はガン、糖尿、アトピーをはじめほとんどの病気を治すと私は根拠なく思い込んでいます」ということなのだそうです。
ニセ医学の治療法には、ほとんど論文が存在しません。論文を書かないインチキ医療者の言い訳は、「ほとんどの病気を治すこの療法が広まると、製薬会社などの巨大な利権を脅かす。ゆえに、この療法の論文は医学雑誌に載らないのだ」といった陰謀論が多く見られます。
インチキ医療者は素人を騙すことはできても、専門家を論破することはできません。だから専門家の目に触れるような論文を発表することができないわけです。もし製薬会社が医学雑誌に手を回しているとしたら、なぜ論文だけが潰されて、書籍の出版はOKなのかが説明できません。
以下、本書に登場する項目をタイトルだけ拾ってみましょう。
「ステロイドは悪魔の薬?」
「ガンは治療するな?」
「抗ガン剤は毒にしかならない?」
「麻酔系の鎮痛剤は体に悪い?」
「ワクチンは有害?」
「病院での出産は不自然?」
「ホメオパシーは安全?」
「瀉血でデトックスできる?」
「NAETでアレルギーが治る?」
「オーリングテストは科学的?」
「気功で、ガンが消える?」
「ガンに炭酸水素ナトリウムが効く?」
「千鳥学説の治療でなんでも治る?」
「難病治療のカギはソマチッド?」
「クリニックで幹細胞療法が可能?」
「水で体が変わる?」
「健康によい特別な食品がある?」
「ガンに食事療法は有効?」
「血液型ダイエットがよい?」
「米のとぎ汁乳酸菌で健康に?」
「酵素を補うべきか?」
「健康食品は安全?」
「抗酸化で老化を防げる?」
「健康グッズに効果はある?」
「タバコでは肺ガンにならない?」
ニセ医学について知るだけでなく、人はどうして騙されるのかについても理解できる好著です。
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