オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

ハラールマーケット最前線
急増する訪日イスラム教徒の受け入れ態勢と、ハラール認証制度の今を追う

佐々木良昭 著 実業之日本社

1500円 (税別)

少子高齢化の進む日本市場に見切りをつけて、世界に打って出る。そういう覚悟を固めた経営者は多いと思います。しかしその頭の中に、「イスラム社会への対応」はどのくらい準備がされているでしょうか。多くの日本人はイスラム教徒が身近にいないせいで、イスラム社会でも普通に商売ができると思い込んでいることが多いようです。

冒頭で触れたように、イスラム教徒は世界のおよそ4分の1を占めています。そしてその割合はますます高まっていくだろうと考えられています。なぜなら、イスラム社会は平均年齢が若く、世界最多のイスラム教徒を抱えるインドネシアの平均年齢は28.2歳です。それに対して日本は45歳。市場の伸びしろがまったく違うと見ていいでしょう。

16億人を超えるイスラム教徒の市場は、ある意味ではいろいろと問題の多い中国市場よりも有望かもしれません。そして、その中国にも2000万人を超えるイスラム教徒が住んでいるのです。本書はそういったイスラム社会の基本的な知識と、とくに食品や化粧品、医薬品で問題になる「ハラール」について解説された、とても読みやすい入門書です。

本書には、いろいろと耳慣れない言葉が出てきます。たとえば「ハラームとハラール」。日本語では1文字違いですが、意味は反対です。ハラームはイスラム法における禁忌のことで、豚肉やアルコールはハラームです。同様に、豚肉由来の成分が含まれているものや、アルコールが添加されているものもハラームです。

ハラールとは、イスラム法で食べてもよい、使ってもよいとされたもののことで、ハラール食品やハラール化粧品、ハラール医薬品などの市場規模は、一説には2兆1000億ドルを超えるといわれます。これは世界8位の経済大国ロシアのGDPに匹敵する金額です。

本書の構成は、以下の通りです。
第1章 「ハラール」とはなにか?
第2章 観光客5000万人突破!京都にみる、おもてなしビジネス
第3章 ハラール認証をする機関は、「株式会社」、「NPO法人」、「宗教法人」に分けられる
第4章 インバウンド市場の「今」と、2020年に向けた戦略
第5章 アウトバウンドへの関心を高める中小企業や、若き起業家
第6章 「ハラール」と「ハラーム」の最新事情

第1章では、イスラム人口が急増しているヨーロッパの事例が紹介されています。たとえばイタリアではすでに270の企業がハラール認証を受けていますが、その多くが東南アジアや中東地域からの注文に追いつかない状態だそうです。イギリスはEU加盟国で一番のチョコレート消費国ですが、「ハラールチョコレート」を出しました。数千万人のイスラム教徒が住んでいるフランスでは、あるハンバーガーチェーンが「ハラール・ハンバーガー」を発売して売上げを伸ばしています。

日本ではあまり知られてないことですが、イスラム教徒が食べられない肉は、豚肉だけではありません。ハラールでない肉は、すべて口にすることができないのです。どういうことかというと、餌や飼育方法、処理の方法などが厳格に定められていて、それ以外の方法で作られた肉はハラームなのです。たとえば解体処理は動物の頭をメッカの方角に向けてのどを鋭利な刃物で横に切断し、血液が完全に抜けてからでなければ行うことができません。イスラムでは血を食することがハラームだからです。

ここで、日本で生活するトルコ人の苦労が描写されています。アルコールの入っていない醤油を探す苦労、豚由来のラードやゼラチンが入っていないお菓子を探す苦労など、日本人には想像もつかない不便があります。ちょっと前まではほとんどのヨーグルトには豚由来のゼラチンが入っていたために食べられなかったそうです。しかし最近では、各地にハラールショップやハラールコーナーのあるスーパーができてきました。イスラム教徒の留学生のいる大学では、生協がハラール食品やハラールメニューを用意するようになりました。

おもしろいのは、東京の麻布十番にある「日進ワールドデリカテッセン」の取り組みで、店内の一角に認証マークを貼った「ハラールコーナー」を設けたため、イスラム教徒の間でよく知られた店になったそうです。ここでは、イスラム教徒とキリスト教徒、ヒンズー教徒に仏教徒が仲良く買い物をしています。

とはいうものの、日本はまだまだ「ハラール後進国」です。来日したイスラム教徒をどこかに案内しようと思っても、まず食事でつまずきます。ホテルのバイキングなどは問題外で、超高級ホテルでない限り、ハラール食を出してくれるところはありません。海外でも日本の温泉旅館はあこがれの対象のようですが、日本の温泉旅館で、イスラム圏のお客様を対象にしているところが何軒あるでしょう。

著者は、そういうところにビジネスのヒントがたくさんあると言います。日本で暮らすイスラム教徒の子どもが、友だちの家に遊びに行ってお菓子を出されたとき、「ぼく、おなかいっぱいだから」と食べずに帰る現実があることを、日本人は知るべきでしょう。

第2章では、観光都市・京都の取り組みが紹介されます。京都の文化交流発信事業と海外観光客の招聘を促すために作られた「京都文化交流コンベンションビューロー」という公益財団法人がありますが、ここは2013年の12月に英語、アラビア語、トルコ語、マレー語の4カ国語からなるイスラム教徒専用のホームページを作りました。

宗教法人京都ムスリム協会の監修の元で作られたこのホームページには、ハラール対応のホテルやレストラン、モスクの紹介をはじめ、イスラム教徒向けの情報が豊富に掲載されています。その人気は高く、オープン3カ月で3万ページビューを達成したそうです。

2014年1月に開かれた「第3回ムスリムの観光客受け入れのための勉強会」には、ホテル、旅館、レストラン、土産物店、旅行代理店、茶屋、寺社仏閣などの関係者約150人が集まりました。その内容は、先行しているハラール対応ホテルの取り組み事例紹介や、イスラム教徒向け京都観光モデルプランの発表、イスラム圏からの留学生への質疑応答といったものです。

その勉強会の成果を生かして作られたのが、京都オリジナルのヒジャーブです。ヒジャーブとは、イスラム教徒の女性が髪と胸元を覆い隠すために用いるスカーフのことで、イスラムの女性にとってはおしゃれアイテムです。多い人だと百枚単位で所持しているそうです。100%コットンの生地に伝統の七宝つなぎの柄を手染めで染め上げたヒジャーブは、初回ロットが完売し、次のロットが待ち望まれているという状況です。

第3章では、「ハラール認証」についての詳しい話が展開されます。ハラール認証とは、イスラム教徒に提供したい食品や商品がイスラム法にかなったものであると認めるもので、認証機関によって認証行為がなされます。ところが、日本には株式会社、NPO法人、宗教法人とさまざまな認証機関が合計数十も乱立していて、認証基準も異なる上に、認証に要する費用にも大きな差があります。

しかも、日本国内の認証機関が発行するのは、おもに日本国内向け(インバウンド)のハラールビジネスを対象としたものです。イスラム圏への輸出や現地進出のためのハラール認証(アウトバウンド)は、それぞれの国で個別に受ける必要があります。インバウンドのハラール認証を受けたからといって、海外進出をすることはできないわけです。

以降、第4章、第5章、第6章と話はさらに専門的に、より具体的に進みます。紹介が最後になりましたが、著者はリビア大学神学部を卒業し、在日リビア大使館で渉外担当をつとめたのち、拓殖大学教授をへて現在は笹川平和財団特別研究員として活躍するイスラム社会のアナリストです。『イスラム圏でビジネスを成功させる47の流儀』(実業之日本社)、『日本人が知らなかった中東の謎』(海竜社)、『革命と独裁のアラブ』(ダイヤモンド社)、『これから50年、世界はトルコを中心に回る』(プレジデント社)などの著書があります。


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