ポプラ新書は新書レーベルの中でも新しく、2013年9月の創刊です。「人々が健やかに、生きる喜びを感じられる世界が実現できるように」という願いを込めて創刊されました。発行元のポプラ社は1947年創業の児童書でよく知られた出版社で、成人対象の書籍を出すようになったのは、ここ15年ほどのことです。
本書には「046」という通しナンバーがついています。つまり、ポプラ新書46番目の作品であるということです。ちなみに、日本における新書の嚆矢(こうし)である岩波新書は、旧赤版、青版、黄版、新赤版合わせて2500点を超えています。岩波新書と並んで「新書御三家」を形成する中公新書と講談社現代新書は、ともに累計2000点を超えています。
岩波新書が定義した「新書」とは、イギリスのペリカン・ブックスを参考に決められた判型と装丁の、書き下ろし一般啓蒙書のことです。岩波文庫が古典中心だったのに対して、岩波新書は時代が必要としている情報を適任の実力執筆者が提供するものとなっており、岩波文庫同様に低価格であることが求められました。
「新書判」と呼ばれる新書の判型は、たて173mm、よこ105mmで、出版社によって多少の寸法のズレがあります。そして新書のシリーズ数ですが、現在100以上のレーベルが各出版社よりリリースされています。そのほかに、新書判の「ノベルズ」と呼ばれるフィクションのシリーズもあり、さらに膨大な数のコミックスも多くが新書サイズです。
話を戻すと、本書は書店勤務経験のあるフリーライターの書いた、出版業界の実情です。出版界というところは外部からなかなか実態の見えにくい世界で、本書の著者のようなインサイダーでないと正確な分析がしづらい面があります。本書は出版不況といわれる時代の潮流の中で、読み手と本をつなぐ新たな出会いの形を模索したものです。
「プロローグ」では、いきなり百田尚樹の『海賊とよばれた男』が登場します。出光興産創業者の出光佐三をモデルにした歴史経済小説で、2013年のベストセラーとなり、現在190万部を突破してなお売れ続けているという大ヒット小説です。しかし、この作品が「本屋大賞」を受賞してから売れ始めたことを記憶している人は、そう多くないでしょう。
「本屋大賞」とは、全国の書店員が「いちばん! 売りたい本」を選ぶ賞です。直木賞や芥川賞のような、出版社がバックにいて著名な審査員が入選作を選ぶものではなく、書店員で組織された本屋大賞実行委員会が運営する、まったくのボランティアの賞です。関係する書店員は仕事時間外に手弁当で参加し、ノミネート作品すべてを読んだ書店員だけに入賞作品を選ぶ投票の権利が与えられます。
この賞の特徴は、優れた作品を選ぶのではなく、自分たちが売りたい作品を選ぶところにあります。そして入選作が決まった瞬間に、全国の書店で受賞作品がいっせいに売り出されます。書店員手作りのPOPも添えて。それができるのは、受賞作の発表前に入念な準備がなされるからです。情報が漏れないようにしながら、出版社は増刷をかけ、取次に配本します。書店は特設の棚を準備し、書店員はPOP作りに精を出します。
このように、書店員が身を削りながら「売りたい本」を後押ししている「本屋大賞」は、受賞作すべてがベストセラーになるという素晴らしい実績を残しています。2004年の第1回には小川洋子の『博士の愛した数式』が大賞受賞作となり、100万部を突破して映画化もされました。
以下、2005年は恩田陸の『夜のピクニック』(映画化)、2006年はリリー・フランキーの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(200万部、映画化)、2007年は佐藤多佳子『一瞬の風になれ』(テレビドラマ化)、2008年は伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』(映画化)、2009年は湊かなえ『告白』(250万部、映画化)、2010年は冲方丁『天地明察』(映画化)、2011年は東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』(映画化)、2012年は三浦しをん『舟を編む』(映画化)、2013年は『海賊とよばれた男』、2014年は和田竜『村上海賊の娘』(75万部)というラインナップです。
本書の「プロローグ」に本屋大賞の話が出てくるのは、この賞にまつわる話を展開するだけで、今の出版界と日本社会の抱えている問題があぶり出されてくるからです。実際、著者はこんなエピソードを提供しています。
「第1回目の本屋大賞は苦労が多かった。1次選考でノミネートされた全作品を読まなければ二次選考に参加できない。ところが自分が働く本屋に本がないというのである。取次(問屋)にも出版社にも在庫がない。在庫がないのでノミネート作が読めない」
なぜそんなことが起きるのかというと、文芸書の初版部数が3000~6000部と、全国の書店数1万4000軒を下回っているためです。本が売れない。だから刷らない。そのために読者の目に留まらない。だから売れない。そんな悪循環で本が売れなくなっているというわけです。
それでは本書の目次を紹介しましょう。
プロローグ ベストセラーは出したいけれど
第1章 日本の書店がアマゾンとメガストアだけになる日
第2章 活字ばなれといわれて40年
第3章 「街の本屋」は40年間、むしられっぱなし
第4章 「中くらいの本屋」の危機
第5章 電子書籍と出版界
第6章 本屋は儲からないというけれど
第7章 「話題の新刊」もベストセラーもいらない
エピローグ どこから変えるべきか
第1章は「街の書店」がどんどん潰れていく原因を探っています。アマゾンやメガストアが中小書店を潰しているように思う人がいるかもしれませんが、中小書店を潰しているのは読者だと著者は言います。同じ本を買うにしても、品揃えの豊富な店で買う方が楽しい。読者がそう感じている以上、中小書店に勝ち目はありません。
また、著者はアマゾンが日本上陸を果たしたとき、数年で撤退すると予測していたそうです。しかし現実はそうならず、今のアマゾンのシェアは日本の書籍の20%、金額にして2000億円ほどになっています。なぜ10年でこれほどの成功を収めたのか。そこを知ることが出版界の未来を占うことになります。
著者はこう推理しています。「ぼくらは本を買うとき、できれば他人にかかわりたくないと思っているのではないか」「読書は人間の内面にかかわることだから、どんな本を読んでいるのか知られたくないときもある」と。実際に、アマゾンで売れている本のランキングは、明らかにリアル書店のランキングと異なっているそうです。
「ただ、だからといって小さな書店が壊滅したわけではない、という事実にぼくたちはもっと注目すべきだろう。アマゾンの日本上陸から10年以上経っても、10冊の本のうち8冊はリアル書店で売れているのだ。リアル書店で買う読者(消費者)が多数派だ。多くの人はリアル書店で買っている。そこにリアル書店の可能性と未来がある」これが第1章の結びです。
第5章は、この手の話では避けて通れない電子書籍の話題です。現在の日本の電子書籍は30万タイトルで売上1000億円。タイトル数も出版界でのシェアも、アメリカの3分の1です。つまり、電子書籍にはまだまだ伸びしろがあるということです。
しかし、電子書籍のインパクトはその部分にあるのではないと著者は力説します。電子書籍が出版界のあり方を根本的に変えてしまう可能性があるからです。その理由は、電子書籍がモノではないところにあります。これまで三位一体と言われてきた出版社、取次、書店の蜜月関係は電子書籍では絶対のものではありません。売り方が多様になると同時に、プレーヤーの自立が求められるのが電子書籍の世界だからです。
著者は「電子書籍が本格的に普及するには100年かかる」と言っています。電子書籍の誕生が1970年ころとすれば、今から55年後です。しかし、もう圧倒的に電子書籍がシェアを取っているジャンルもあります。それは辞書と地図です。辞書は電子辞典が6割のシェアを持ち、地図はカーナビと地図アプリが紙の地図を圧倒してしまいました。未来の電子書籍のあり方は、この電子辞典とカーナビ・地図アプリの状況がヒントになるというのが、著者の提言です。
「エピローグ」の最後で、著者は次のように語っています。この発言の「本」を、みなさんの所属する業界に置き換えてみると、本書の価値が増すのではないでしょうか。
「『本』について考えるとき気をつけなければならないのは、いまある『本』だけが『本』ではないという事実についてだ。『本』はその誕生以来、常に変化してきた。たしかにいまの『紙に印刷して綴じて表紙をつけた』本は、完成された姿かもしれない。しかし、これからも『本』は変わっていく。ぼくたちのメディア環境、情報環境が変化していけば、『本』もまた変わっていく。ぼくたちが守らなければならないのは、そのような未来のかたちも含めた『本』であって、現在の本やそれを生産したり流通させたりするシステムではない。『本』をめぐる思考は、常に未来に開かれていなければならない」