著者である戸田覚さんは、日本最大部数を誇るパソコン誌「日経パソコン」で人気連載「戸田覚が選ぶ必見スマートフォンアプリ」を続けているほか、ウェブ媒体と紙媒体でユーザー視点の辛口評価が人気の売れっ子ライターです。現在の連載は、月間なんと30本超! 著書も数多く、これまでに150冊以上の本を上梓しています。
そんな著者は書いて稼ぐだけでなく、「文章をうまく書きたい」という人たちに書く技術を伝授する仕事もしています。「戸田覚塾」や「戸田覚セミナー」、メルマガ「アバンギャルド(著者が代表取締役を務める編集プロダクション)の企画会議」などです。本書は著者のそちらの面を凝縮したノウハウ本と言えるでしょう。
とはいうものの、いわゆる「文章読本」は谷崎潤一郎や三島由紀夫、最近の人ではスティーブン・キングなども書いていて、百家争鳴状態です。しかし本書はそれらの「小説みたいな美しい文章を書きたい」という人向けの本とは明確に違います。表紙カバーに記されている「製品・商品紹介、広報宣伝、ブログ、メルマガなどウェブで嫌われずに読まれる文章を書くためのノウハウを満載」というキャッチコピーが本書の性格と想定読者を示しています。
それを端的に示すのが本書の体裁で、本書は「横組み・左開き」です。文体を論じるような本格的な文章読本なら、当然のごとく「縦組み・右開き」のはずです。技術系の本と同じ体裁ということは、「横組みの文章を書く立場の人が読者」と考えられていることを示しています。つまり小説家やエッセイストを目指す人ではなく、メルマガやECサイトのコンテンツを書く人をターゲットにしているわけです。
著者は紙媒体でウケる文章と、ウェブ媒体でウケる文章は違うと主張しています。20代前半からライターとして雑誌の記事や書籍を執筆してきた著者は、ここ10年ほどの出版不況でウェブライティングへと仕事をシフトさせました。そこでわかったのは、紙媒体でもウェブ媒体でも「書く技術」は変わらないが、「ウケる方法」は異なるということでした。
紙媒体からウェブ媒体に軸足を移しはじめてみると、「よい記事を書いたはずなのに、思ったようにウケない」という現実が待っていました。そこで著者は必死でウェブライティングの研究と勉強を続けます。その結果、ウェブ媒体の連載記事の大半が、その媒体のベスト10に入るようになりました。本書はその「研究と勉強」の成果を凝縮したものです。まえがきの日付は「2015年1月吉日」。まだ湯気の立っている、ほやほやの新刊です。
本書は4つの章と付録で構成されています。
第1章 読ませて「ビジネス」に勝つ
第2章 読ませる「内容」を練る
第3章 読ませる「構成」に仕立てる
第4章 読者が「納得する」書き方
付録 正しくウケる文章を書くためのチェックリスト
第1章は「なぜビジネスで文章が重要なのか」を説いています。すなわち、本書の全体的な前振りです。そのためページ数的には他の3章よりも短いのですが、本書を自分のビジネスに役立てたいなら、まずここをしっかり読み込んでおく必要があります。なぜインターネットで動画も大画面の画像も自由に見られる時代に文章が大事なのか。そこをきちんと押さえておかないと、ライバルに差をつけることができません。
第1章の第1項目で、著者は「今こそ文章で差がつく時代。書く力でビジネスに勝てる」と言っています。以下、引用します。
「インターネットが流行し始めた頃、動画が比較的簡単に扱えるようになり、書く仕事は激減すると思われていた。だが、今やだれもそんなことは思っていない。情報伝達の主役は今も文章だ。(中略)写真や動画だけで商品購入に至る人はまずいない。購入を決める前に、必ず多くの文章を読んでいる。(中略)ビジネスで勝つためにはウケる文章の探求が不可欠なことを肝に銘じてほしい」
なぜ文章の力を磨くとビジネスで勝てるのでしょうか。ウェブコンテンツには文章のほかにも写真やレイアウトなどのビジュアル要素も重要なはずです。それについて、著者は「文章以外の要素は横並びだ」と断言しています。ある程度のクオリティに達していると、それ以上の差を写真やデザインで出すのはむずかしくなるからです。その状態で差をつけることができる要素は、文章しか残っていません。
しかし、ウェブが当たり前の現代においても、ウェブ上の文章に力を入れている企業はほとんどないと著者は言います。「ビッグデータの解析やCRM(顧客関係管理)など、仕組みで売上を伸ばすウェブ制作会社が増えているが、こういった流行の技術は消耗が激しい。あっという間に普及して付加価値が薄れていくのはこれまでと同様だ。ところが、すべての情報の入り口である文章に力を入れている企業はほとんどない。だからこそ、ライバルに差をつける大きなチャンスである」
SEOにお金をかける企業は多くても、肝心の検索に引っかかる要素である文章を磨いている企業は多くありません。しかし、ウケる文章が書いてあれば、検索でヒットするだけでなく、来訪者をコントロールして売上につなぐことができるのです。
「SEOをほとんど気にしなくても、文章がウケていれば検索でヒットする。(中略)ウェブの文章がしっかりと書けていれば、本当に来てほしいユーザーに読んでもらうこともできる」
ただし、サイトへの来訪者はいきなり文章を読んでくれたりはしません。著者は、来訪者の注目度が高いのは、動画、写真、図、テキストの順だと言います。しかも、集中力が続くのはせいぜい15分。そのことから導かれる結論は、「つまり、できるだけ早い段階で『これは読んだ方がよい』と思わせるべきだ。タイトルと書き出しの数行で、実は勝負が決まっていることを頭に叩き込んでほしい」となります。
本書では「ウケる文章を書く技術」をまとめていますが、著者はそれだけでは不足だと言います。同時に基礎になる「スピーディーに分かりやすい文章を書く」能力も身につけるべきですが、それについては新聞や雑誌の文章と自分の書いた文章を比較してみることが役立つそうです。「ただし、内容がかけ離れた雑誌と比べても意味がない。読者層の近い雑誌や新聞が適切だろう。格調の高い文章を目指すなら、新幹線や飛行機の中に置かれている情報誌も参考になる」と著者は言っています。
第2章では書き始める前に準備するべきことが論じられています。この章は本書で最も長く、内容が豊富です。すぐに実践できるテクニックがたくさん紹介されているので、少しずつでも取り入れてみるといいでしょう。たとえば「読者ターゲットが不明確のまま、文章を書きだしてはいけない」という項目では、「性別、年齢、関心度、知識・リテラシー、気持ち」といった読者の属性を、「文章を書き始める前にあらかじめ設定しておく」と指示されます。この場合の「読者」とは、サイトへの来訪者ではなく、「読んでもらいたい人」を指します。
読者像が想定できたら、その読者に向けた「キラーインフォメーション」を設定します。キラーインフォメーションとは、「相手が一番知りたいこと」すなわち「相手に一番刺さるキーワード」です。読者像を想定したら、それにもとづいて読者の行動や気持ちを考え、イラーインフォメーションを適切に提示します。それが最大の効果を生みます。
ここで、キラーインフォメーションはくどくどと長かったり、いくつもの要素に分かれていたりしてはいけないそうです。「キラーインフォメーションは、『読者が一番知りたいこと』である。本来なら、言葉の通り、1つでなければならない。(中略)たくさんのことを盛り込むほど、一番大事なこと、つまりキラーインフォメーションが伝わらなくなる」
では、読者はどんなことが一番読みたいと思うのでしょうか。それについて著者はかつて講演でテストした結果を紹介しています。「時間が5分ほどあるので、もう1つ話をさせていただこうと思います。本製品の良い点、もしくは悪い点についてです。どちらをお話ししましょうか」と会場で問いかけたところ、聴衆の答えは圧倒的に「悪い点を聞きたい」だったというのです。
著者はこう分析しています。「人は知っていると得をすることよりも、知らないと困ることを読みたいのである」と。その理由については、「売り手がいい話ばかりするので、いい話は聞き飽きているからではないか」と推測しています。
以下、読み応えがあり目からウロコが落ち続ける話が続くのですが、あまりたくさん紹介してしまうと本書販売の足を引っ張ってしまうので、このへんにしておきます。
なお、付録のチェックリストは、実際に自分が書いた文章を客観的に評価するためのものです。本書の内容に沿った88項目のチェックがありますから、これを使うだけでもご自身の文章が確実にレベルアップするはずです。