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日本人が大切にしてきた季節の言葉

復本一郎・著 青春新書・刊

780円 (税別)

メルマガや広報紙など、大勢の人に向けた文章を定期的に書かなければならない立場の人が持っていると便利なのは、『歳時記』です。一年中の季節に応じた祭事、儀式、行事、自然現象などについての解説が書いてある本で、とくに俳句をつくる人は季語を確認するために手放せません。

どうして『歳時記』を持っていると文章を書く役に立つのか。それは、季節にかかわる日本の美しい言葉が詰め込まれているからです。『古事記』『日本書紀』『万葉集』の時代から受け継がれてきた言葉をはじめとして、日本には季節にまつわる言葉が2万語以上もあるそうです。それをすべて記憶している人はたぶんいらっしゃらないでしょうから、『歳時記』の出番となるわけです。

とはいうものの、「ちょっと季節のネタを仕入れたい」と思う人にとっては、『歳時記』はあまりに敷居が高すぎます。そこで登場したのが本書です。著者は神奈川大学経営学部教授で「鬼ヶ城」の俳号を持つ俳人。俳句に関する著書も多数あります。

著者は「はじめに」でこう語っています。
……次の世代に伝えたい季節の言葉を160ほど選んでみました。(中略)決して多くはありませんが、これは、私が次の世代に是非とも手渡ししたい日本の美しい言葉なのです。「私の季節の言葉」といってもよいかもしれません。……

そういう意図で編まれた本ですから、とりあげられた160の言葉すべてが、著者との関わりの中で語られています。辞書、辞典とは違う、きわめてパーソナルな言葉のセレクションです。でも、だからこそ本書には現代人が忘れてしまった「美しい日本語」が宝箱のようにぎっしり並んでいます。

本書は全4章で構成され、それぞれが「春」「夏」「秋」「冬」「新年」に分かれています。つまり20のパートがあるわけです。
第1章 暮らしにまつわる季節の言葉
第2章 時候にまつわる季節の言葉
第3章 動植物にまつわる季節の言葉
第4章 天候にまつわる季節の言葉

では、本書の内容を紹介していきましょう。
まず第1章ですが、いきなり「春愁(しゅんしゅう)」という見慣れない言葉から始まります。春愁とは春の終わりごろに散りゆく花を見て、世のはかなさを感じることをいいます。対比語は「秋思(しゅうし)」です。

そして「春灯(しゅんとう)」「桜狩(さくらがり)」「花衣(はなごろも)」「花疲れ」「甘茶(あまちゃ)」「雁風呂(がんぶろ)」と続きます。「雁風呂」は、言い伝えの中から生まれた悲しい言葉です。渡り鳥である雁は日本に飛んでくるときに木の枝をくわえてきて、疲れるとそれを海上に浮かべて休んだそうです。日本の海岸に着くとそれを落とし、春になるとふたたびくわえて飛び立ちます。ところが日本にいる間に捕らえられたり、動物に食べられたりする雁がいるので、海岸にはいくつかの木の枝が残ります。その木の枝を集めて風呂を焚き、多くの人に入ってもらって雁の供養としたのが「雁風呂」です。津軽半島に伝わる話のようです。

そして夏の部に入り、「端午(たんご)」「早乙女(さおとめ)」「夏越(なごし)」「端居(はしい)」「花氷(はなごおり)」「金魚玉(きんぎょだま)」「羅(うすもの)」「潮浴び」「心太(ところてん)」「百物語(ひゃくものがたり)」「三尺寝(さんじゃくね)」「手花火(てはなび)」「吊忍(つりしのぶ)」「蚊遣火(かやりび)」「蚊帳(かや)」と続きます。

「羅」や「心太」などは難読クイズなどでもおなじみです。「ところてん」はその昔、文字通り「こころぶと」と呼ばれていたそうです。それが時代とともに訛って「ところてん」というようになりましたが、漢字は変わらなかったので難読となってしまいました。

「三尺寝」は意味の分かりにくい言葉ですが、要するに「昼寝」「仮眠」のことです。「三尺(約1メートル)四方の狭いスペースで寝る」あるいは「日陰が三尺移動する間だけ寝る」といったところから名付けられました。

秋は「走り蕎麦」から始まります。これは江戸の言葉で、「走り」とは「旬より前」すなわち流行の最先端を指します。つまり「走り蕎麦」とは「新蕎麦」の中でもとくに早いもののことです。同様に「走り新茶」「走り筍」といった言葉もあります。

そして「新走(あらばしり)」が続きます。日本酒好きの人には見逃せない言葉でしょう。「新走」は新米で作る新酒のことですが、新酒とは微妙に意味が違います。関西で作られた新酒が最初に江戸の港に入って陸揚げされたもの、それを「新走」と呼ぶのだそうです。以下、「灯火親(とうかした)し」「盂蘭盆会(うらぼんえ)」「施餓鬼(せがき)」「門火(かどび)」「掃苔(そうたい)」「生身魂(いきみたま)」「精霊流(しょうりょうなが)し」「今日の菊」「高きに登る」「鳴子(なるこ)」「菊枕(きくまくら)」が秋の言葉です。

冬は「口切(くちきり)」からスタートします。茶道の心のある人にはおなじみの「口切」ですが、お茶に無縁の人には何のことだかわからないかもしれません。新茶を茶壺に保管し、蓋で口を閉じ、和紙と糊でしっかりと塗り固めて夏を越したものを初冬のころの茶会で使うのが「口切の茶事」です。小刀で貼っておいた紙を切って蓋を開けるところから、そのように呼ばれます。茶道における晴れ舞台の清新な様子を表す言葉です。

続いて「埋火(うずみび)」です。今では囲炉裏(いろり)や火鉢のある生活は遠い過去となってしまいましたが、「埋火」とは「よくおこった炭に灰をかけた状態」のことです。よくおこった炭は近くにいると熱いくらいですが、部屋が暖まったあとの埋火はうたた寝を誘うくらいに気持ちのよいものです。

その次は「風呂吹(ふろふき)」です。いわゆる「風呂吹大根」のことで、厚切り大根を昆布だしで茹で、練り味噌をつけて食べるものです。なぜそれを「風呂吹」と呼ぶのでしょうか。江戸時代には「空風呂(からぶろ)」と呼ばれる蒸し風呂が流行していましたが、そこにいる三助のことを「風呂吹」と呼んでいました。ふうふうと息を吹きかけながら客の背中をこするからです。そこから転じて、熱い大根をふうふう吹きながら食べる料理が「風呂吹」になったというわけです。

さらに「煮凝(にこごり)」「薬喰(くすりぐい)」と続きます。「煮凝」はご存じコラーゲン食品ですが、人工的に固めたものではなく、魚の煮汁が冬の寒さで自然に固まったところから、冬の言葉になっています。「薬喰」は肉食のことです。仏教では肉食を禁じていますが、冬の寒さをしのぐために滋養、強壮のため「薬として」肉を食べるためにそう呼びました。

以下、「寒紅(かんべに)」「寒の水」「寒卵(かんたまご)」「年の市」「鬼やらい」と続きます。「鬼やらい」は節分の原型となった風習で、もともとは12月の晦日(みそか)に行われるものでした。この行事は『礼記』や『論語』にも載っている中国の風習で、それが宮中から民間に広がったものといわれています。豆をまくのは「鬼やらい」が2月に移ってからのことです。

新年は「若水(わかみず)」「初鏡(はつかがみ)」「祝箸(いわいばし)」「歌かるた」「初夢」「ひめ始(はじめ)」「初荷」「松の内」「繭玉(まゆだま)」とおめでたい言葉が続きます。「ひめ始」だけ異色ですが……そう、ご想像の通りの意味です。

ここまでで第1章が終わり、これでようやく4分の1です。すべて紹介するにはとてもスペースが足りませんので、「もっと知りたい」という人は、ぜひ本書を手に取ってご確認ください。最後に、気になった言葉を読み仮名なしで列挙しておきます。料峭、朧、糸遊、目借時、卯浪、半夏生、豆名月、獺祭、春告鳥、花烏賊、病葉、渋鮎、狐火、ふくら雀、凍蝶、かじけ猫、帰花、斑雪、東風、花曇、菜種梅雨、逃水、黒南風、虎が雨、五月闇、驟雨、しずり、雪しまき、虎落笛、初東雲、淑気。

本書の初版刊行日は2007年11月15日。ここで紹介する本の中ではやや古めですが、本書のような内容なら、最新刊である必要はありません。その証拠に、価値を認めている人も多いようで、順調に版を重ねています。


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