日経BP社は不思議な会社で、ふつうは「株式会社○○」とか「○○株式会社」と表記するのに、「日経BP社」で通しています。しかもこれは正式社名ではなく、登記上は「株式会社日経BP」、英語表記は「Nikkei Business Publications, Inc」です。
ではなぜ「株式会社日経BP」ではなく、「日経BP社」と通称を表記しているのか。その理由は前身の日経マグロウヒル社時代にさかのぼります。1969年に日本経済新聞社とアメリカの大手出版社マグロウヒル社との合弁で日経マグロウヒル株式会社(日経マグロウヒル社)が誕生しました。
このとき、当初は有限会社としての設立が検討されていたために、通称を「日経マグロウヒル社」としたといいます。中小・零細企業の代名詞といった雰囲気のある「有限会社」の表記を避けたかったのでしょう。それが、1988年のマグロウヒル社撤退後、現社名になってからも続いていると考えられます。
現在の日経BP社は、看板雑誌である「日経ビジネス」をはじめ、ビジネス、IT、医療、電子、機械、土木、建築、デザイン、サービスなどあらゆるジャンルの情報誌を直販形態で発行するほか、「日経ビジネスアソシエ」「日経エンタテインメント」などの書店流通の雑誌も刊行し、多数の書籍発刊、各種Webサイトの運営なども活発に行っています。ちなみに、2013年発表の帝国データバンクの調査によると、日経BP社は売上高383億円で業界5位にランクされています。
日経BP社の書籍には、連載企画をまとめたものが多いのですが、本書もそのひとつ。「日経ビジネスオンライン」の人気コラムである「金曜動画ショー」から45本の動画と15本の解説を4つの章に分類して掲載しています。と、文字に書いてしまうと簡単なのですが、YouTube上の動画を紙の本で紹介、解説するというのは並大抵のことではありません。
これはネット黎明期からずっと試行錯誤が続けられてきたことですが、まず問題になるのはURLをどうやって表現するか。雑誌は電子メディアと違ってハイパーリンクを埋め込むことができませんから、ふつうに考えればURLを活字で印字することになります。でもそれだと、読者が1字1字拾ってキーボードから入力しなければなりません。そんなことをする人は滅多にいないでしょう。
それでは、ということで、リンクサイトを用意したり、CD-ROMを付録につけたりと、いろいろな手が考えられました。でもリンクサイトはまずそこに行かなければならず、CD-ROMは本のコストアップ要因になります。それに、PCなしでスマホだけで何とかしたい人には、CD-ROMは不向きです。
そこで本書がとった手は、「二次元コード」の掲載です。「QRコード」などに代表される二次元コードは、横方向にしか情報を持たないバーコードに対して、水平方向と垂直方向に情報を持つため、小さな印字面積で多くの情報を伝達できます。本書に採用されているQRコードの場合は、数字のみなら最大7089文字、US-ASCIIの英数字で最大4296文字、8ビットバイナリで最大2953バイトの容量があります。これだけの容量があれば、YouTubeの長いURLでもらくらく収容可能です。
余談になりますが、QRコードは1994年に大手自動車部品メーカーであるデンソーの開発部門が開発したものです。現在はその部署が独立してデンソーウェーブという別会社になっており、「QRコード」という登録商標も同社が保有しています。日本発で、世界に普及しようとしている技術のひとつです。
「紹介された動画を見ながら解説を読む」というのが本書の推奨される読書スタイルのため、本書の読者は必然的にスマホや携帯電話を片手に持ちながら本書を読むことになります。著者は非常に苦労して紹介した動画のサムネイル掲載許可を得たそうですが、その成果は本書のカバーに表れています。本書のカバー写真は、すべて本文中で紹介している動画のサムネイルです。
ところで、本書はただの面白動画紹介本ではありません。タイトルにある通り、「上手な伝え方」を優れた動画を通じて学ぶ本です。なぜコミュニケーションのコツが動画で学べるのかについて、著者はこう語っています。
「注目される動画を作る人たちは、動画視聴者の意識や反応を徹底的に研究しています。どうすれば多くの人に関心を持って見てもらえるか。どんなストーリー構成にすれば理解してもらいやすいか。どう表現すれば意図した反応を得られるか。まさに『頭のいい伝え方』と言う他ない工夫の結晶です」
紹介が遅れましたが、著者はコミュニケーションの専門家として、幅広い組織のトップマネジメントやリーダーに情報発信やプレゼン、メディア対応についてアドバイスすることを仕事にしています。国連機関やソニーなどの企業でコミュニケーションをテーマにキャリアを歩んだ後、自分の会社であるビーンスター株式会社を創業。国会事故調査委員会ではデジタルコミュニケーションを統括しました。著書は、25万部超のベストセラー『頭のいい説明すぐできるコツ』(三笠書房)ほか二十数冊あります。
それでは、目次を見ていきましょう。
・はじめに
・第1章 エライ人は同じ間違いを犯す
・第2章 いざという時に頼りになるリーダー、ならないリーダー
・第3章 覚悟はできているか?
・第4章 伝え方の基本が分かってない
・おわりに
第1章では、ワタミ、マクドナルド、ケンタッキーフライドチキンといった企業が、社会からの指弾にどう対応したかがチェックされ、同時に参考資料としてすぐれたコミュニケーション力を持つ動画が示されます。「ブラック企業」と名指しされたワタミの創業者・渡邉美樹さんは、みずからネットで世間に語りかけますが、著者は「トップではなく社員に語らせろ」と言います。その理由は、世間は社長よりも社員を信用するからです。
続いて著者は、「DJポリス」のコミュニケーション力について言及します。ご存じと思いますが、「DJポリス」とは、サッカー日本代表がワールドカップ出場を決めた後、渋谷の町に集まって興奮している若者に対し、マナーを守るようクルマの上からマイクで呼びかけていた警視庁機動隊広報係の20代の隊員の愛称です。
彼は機転をきかせた話術で負傷者や逮捕者を出さず、群衆の理解と協力を得たということで賞賛されましたが、そこには重要なコミュニケーションの法則が働いていました。それは、「発見・共感・導き」です。新しい情報を流して「発見」してもらい、次に意図を理解して「共感」してもらい、行動を変えるという「導き」につないでいくというものです。
多くの「エライ人」は、頭ごなしに自分の意見を押しつけ、その正しさを主張することで相手を屈服させて行動をコントロールしようとします。しかし、今の時代はそれにおとなしく従う人はほとんどいません。それどころか、そのような態度は「炎上」を招き、意図したのとは反対の方向に世論を向かわせます。驚くほど多くの人が、その罠にはまっていきます。
第2章では、どんな人が現代のリーダーとしてふさわしいかというテーマで動画の紹介とともに解説が進みます。最初に例としてとりあげられるのは、アシアナ航空機事故で登場し、全世界の注目を浴びた米国家運輸安全委員会(NTSB)のデボラ・ハースマン委員長です。
彼女は「これから事故調査に向かいます」というワシントンDCでの最初の会見の時、組織の紹介と、これから取り組もうとしている事故調査の概要を、簡潔ながら完璧に語ってみせました。著者はそれを評して「周囲の『聞きたいこと』を伝えられるのがリーダーの資質」と語っています。
おそらく他の凡庸な人であれば、「現在は限られた情報しかありませんので、とにかく現地に行ってみてからです」といった受け答えをして終わりでしょう。しかし彼女はその時点で世間の「知りたい」を完全に満たしました。そしてその後も、新たに判明した情報をわかりやすい言葉で語り続けました。本書の解説とともに動画で彼女の会見を見ると、その凄さがよくわかります。
まだまだ面白い事例は続きますが、興味のある人はぜひ本書を読みながら動画を参照してみてください。