オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

同調圧力にだまされない変わり者が社会を変える。

池田清彦・著 大和書房・刊

1,400円 (税別)

書籍のカバーといえば、ツルツルの表面加工がなされたカラー印刷が定番ですが、本書はクラフト紙に2色印刷のカバーで、ツルツルなのは帯だけ。なかなかユニークな装丁です。ちなみに、書籍カバーや雑誌の表紙に使われるツルツルの表面加工のことを、業界では「PP貼り」と呼びます。ポリプロピレンの薄いフィルムを圧着するからです。

なぜPP貼りをするかといえば、見た目が豪華になるだけでなく、書店店頭での汚れをつきにくくするため。とくに書籍は返品と再出荷を繰り返しますから、汚れにくいほうが好都合なのです。返品された本は出版社の倉庫で検品され、カバーが汚れたり破れていたりした場合は取り替えて再出荷にそなえます。そのために、カバーや帯は余分に印刷してストックしておくのがセオリーです。

では本書はなぜPP貼りをせずに、クラフト紙のざらっとした質感のままのカバーにしているのか。正確なところは大和書房に聞いてみなければわかりませんが、おそらくは書店店頭での差別化を図るためでしょう。まわりの本がみなPP貼りでツルツルのカバーなのに、ひとつだけ生地そのままのクラフト紙のカバーがあれば、かなり目立ちます。

そして帯には「ちょっとぐらい『変』なほうが生きやすい!」というコピー。タイトルと同じく、本書は造本も「変わり者」を狙っているのでしょう。では、その内容を見ていきましょう。

まずは「まえがき」の冒頭を引用します。
3.11以降この国のシステムは、グローバル資本主義という名の怪物に席巻されて、大方の国民は徐々に貧困に追いやられ、富は一部の階級に集中しつつある。大手新聞やテレビのキー局といったマスコミへの言論統制はすさまじく、多くの国民の耳に届く情報は政権により統制されたものばかりといった有様である。国民の多くは、政権とマスコミの甘言に騙されているのだろうか。自分たちを窮地に追い込む政権を支持しているようにみえる。本書は、なぜそうなるのか、そこから抜け出すにはどうすればよいかを、読者とともに考えようとの趣旨で書いたものだ。

続けて著者は、次のように述べています。
マジョリティとマイノリティを比較すると、マジョリティのほうがメリットが大きい。民主主義は多数決をむねとする政治制度だから、マジョリティに属していたほうが、法律上の優遇措置を受けやすいからだ。しかし、個人はマジョリティのほうが有利だが、社会全体ではそうではない。社会全体が同じ意見の人ばかりというのはむしろ危険だ。イエスマンに徹すれば会社では出世できるが、イエスマンばかりの会社はやがて倒産する。

人類の歴史を振り返れば、社会の未来を切り開いてきたのは常にマイノリティである。新しいことを始めるマイノリティがいなければ科学技術は発達しなかったし、人類社会の進歩もなかった。だから社会や組織はマイノリティを排除しないことが生き残るために有利になる。そのためには、たとえ理解できなくても他人の行動を自由にさせておく必要がある。そうでないと民主主義は簡単にマジョリティがマイノリティを抑圧する制度に転落してしまう。

それでは、目次を紹介していきましょう。
第1章 同調圧力は生物の宿命である
第2章 変人だけがイノベーションを起こす
第3章 気がつけば同調圧力ばかり
第4章 同調圧力なんて怖くないから言わせてもらうと

第1章の見出しは、こんなふうになっています。
・生物が群れるのは生き残るため
・人間以外の動物は親を大切にしない
・同調圧力が天下を分けた
・人はなぜ悪口を言うのか
・喉にモチをつまらせ死ぬのは人間だけ
・言葉以外のコミュニケーション
・ミラーニューロンとポルノ
・真似は高等動物のなせる技
・サル山のボスになるためには
・そもそも人間は不平等
・「バカが嫌い」と言って何が悪い

ここではムラ社会特有のメカニズムである「同調圧力」を、その起源までさかのぼって解説しています。生物は生き残るために群れを作ることを選び、人間もそれを受け継いでいること、したがって「同調圧力」は生物としての「本能」であることが語られます。

群れの中で生活していると、その群れの中で上位にいられるかどうかで、生活の質が決まります。自分よりも上位の者を貶めれば、相対的に自分が上位に浮上できる。「悪口」はそこから生まれたものだと著者は言います。ただし、「悪口」が有効なのは群れが限られた大きさである場合までで、現代のネット社会のような規模だと、いくら2ちゃんねるで匿名の悪口を書き並べても、自身の地位向上には役立ちません。「むしろ本名で意見を発表したほうが浮上のチャンスがある」と著者は言っています。

「モチ」の項目は、「同調圧力」と直接の関係はありませんが、なかなか面白い考察です。ヒトとチンパンジーのDNAは99%同じものだそうですが、わずかな違いが両者を分けています。たとえばチンパンジーは喉頭が高い位置にあるために肺から吐いた息を口から強く出すことができず、人間のような言葉を話すことができません。人間は喉頭が低い位置にあるためにしゃべれるようになったわけですが、その代わりに誤嚥性肺炎にかかったり、モチを喉につまらせて死ぬリスクを取らなければならなくなりました。

第2章の見出しは、次のようになっています。
・なぜ牛は食べても良くて、犬は食べないのか
・人間は何でも食べるから繁栄できた
・地球上で最も広い生息域をもつ動物は人間
・人間社会に必要だったシャーマン
・超越的な存在を信じるのは脳のクセ
・独学のススメ
・誰も予測できないからイノベーションが起こる
・変人が文化を作る
・「感動物語のナルシシズム」にだまされてはいけない
・サルと人間も恋に落ちる

この章で著者はヒトという生物が地球上で繁栄した理由について語っています。「悪食だから繁栄できた」「好奇心旺盛で冒険心に富んでいたから繁栄できた」というわけですが、そうなった理由は「脳が大きかったから」。考える必要ができたから脳が大きくなったのではなく、たまたま脳が大きくなってしまい、それに合わせて考えるようになったというのが人間の発達史です。

そして著者は、天才と統合失調症の関係にも言及しています。人類の歴史を変えるような偉大な仕事をした天才たちの多くが統合失調症であったことから、古代に「シャーマン」と呼ばれていた人々が統合失調症であったのではないかと推理しています。

異端者たちが生み出す新しい価値を、凡人は理解できません。したがって、凡人が仕切っている組織からはイノベーションは生まれにくくなります。著者は次のような例を挙げています。「文科省が国立大学を独立法人化して、研究資金の傾斜配分を強め始めた2004年を境に、日本の科学の論文生産力が落ちだしたのはその何よりの証拠である」

第3章の見出しは次のようになっています。
・実は危ない安全主義
・全体責任は無責任
・金がモノ言う学者の世界
・成果主義が潰す独創的な研究
・名門都立の学力低下は役人のせい
・「中間の意見」がなくなる仕組み
・多数決は少数意見の抹殺装置
・“悪者”を作りたがる人たち
・バッシング、みんなですれば怖くない
・暴動を起こさない日本人

続けて第4章の見出しも挙げておきましょう。
・民主主義と同調圧力
・ナショナリズムが生まれる原点
・首相は国益を考えろ
・アメリカの51番目の州になる日
・特攻隊に志願したのは同調圧力に負けたから
・核兵器と原発、どちらが安全か
・戦争とエネルギー自給率
・原発のはかない夢
・藻類が日本を救う
・寝た子を起こした尖閣と竹島
・グローバル資本主義に叩き売りされる日本
・地球温暖化より恐ろしい地球寒冷化

紹介が最後になりましたが、著者は生物学者で早稲田大学国際教養学部教授。1947年生まれで『他人と深く関わらずに生きるには』『生物学の「ウソ」と「ホント」』(新潮社)『環境問題のウソ』(筑摩書房)などの著書があります。

「あとがき」の最後で、著者は読者に次のように語りかけています。引用します。
そうならないためには、国民も政府も金を儲けることが最大の目的で、そのために一致団結して頑張ろうといった旧来の社会モデルにしがみつくのをやめる必要がある。人々が同調圧力に絡め取られて、政権があらぬ方向に走り出す原因の一つは、金がなければ大変なことになるという国民の焦りと恐怖なのだ。しかし、エネルギーと資源と人口が、今後も右肩上がりに伸び続けることはあり得ず、グローバル資本主義はいずれデッドロックに乗り上げるだろう。これからの世の中、そうなる前に、なるべく早く旧来の経済モデルから抜け出した社会が、最大多数の、最大幸福を実現することになるだろう。人々に幸福をもたらすのは、結局は金ではなくて、その人に固有の時間の使い方なのだ、ということを多くの人が理解して、人々の個性と多様性を尊重する社会が来ることを願うや切である。

著者の縦横無尽な思考の切り口に感心しながら、あっという間に読み終えることのできる「生き方の参考書」です。


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