オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

時間資本主義の到来

松岡真宏・著 草思社・刊

1,400円 (税別)

本書は、Webコンテンツの「日経ビジネスオンライン」に2014年の1月から3月まで連載された記事
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140110/258028/)をもとに、2014年の11月に草思社が出版したものです。ただし、「記事一覧」と「目次」を見比べてみると、単なる「まとめ」や「書籍化」ではなく、大幅に改編されていることがわかります。したがって記事の読者も、あらためて本書を読んでみる必要がありそうです。

著者はフロンティア・マネジメントという従業員150人のコンサルティング会社の代表取締役。野村総研、バークレイズ証券、産業再生機構などを経て、2007年から現職です。これまでの著書には、『ジャッジメントイノベーション』(ダイヤモンド社)、『流通業の「常識」を疑え』(日本経済新聞社)、『逆説の日本企業論』(ダイヤモンド社)などがあります。

昔から「時は金なり」といわれます。「アメリカ建国の父」のひとりであるベンジャミン・フランクリンの言葉と伝えられますが、もともとはギリシャの格言「時は高い出費である」がルーツといわれます。ともかく、そういう言葉があるということは、「時間は財産ではない」と一般に思われていた証拠でもあります。

しかし、本書の著者は「21世紀は時間資本主義の時代である」といいます。すなわち、「時間」が明確に「財」となったというわけです。考えてみればフランチャイズ・システムやM&Aの解説には「時間を買う」という表現がありましたし、スマホに代表されるモバイル機器の普及は、わずかな「すきま時間」も自分の意思で活用できる時間に変えてくれます。つまり、「時間価値」という概念が時代とともに表面化してきたわけです。

著者は「時間価値」を「補助線」と表現しています。小学生の図形の難問が、1本の補助線を引くことで簡単に解けるように、複雑化する現代の世相も「時間価値」という補助線を引いて考えることで、わかりやすくなるのではないかというのが本書の主張です。

では、目次を見ていきましょう。
・いま、なぜ「時間資本主義」なのか
第1部 時間資本主義の到来
第1章 人類に最後に残された制約条件「時間」
・時間の価値が変わりつつある
・人類にとってのさまざまな制約条件
・時間の制約要因と経済における金本位制の共通点
・「時間がもっとほしい」と思う理由
・工業経済において、時間は無個性的な単位だった
・IT活用で変わる時間の目盛り
・かたまり時間とすきま時間
・まじめな事務エリートの悲劇と時間破産
・付加価値時間とコモディティ時間
第2章 時間価値の経済学
・時間資本主義とはなにか
・商品の価格決定メカニズムの歴史
・時間資本主義の経済学
・時間資本主義時代の価格決定メカニズム
第3章 価値連鎖の最適化から1人ひとりの時間価値の最適化へ
・消費者の時間価値総和の極大化という新しいミッションへ
・バリューチェーン効率化の意味が薄れる
・価値は時間効率化と時間快適化の二方向へ
・パーソナライズか、テイラーメイドか
・空間の拡張・共有と時間価値
第2部 時間にまつわるビジネスの諸相
第4章 時間そのものを切り売りする
・「すきま時間」×「スマホ」=「時空ビジネス」
・時間をこま切れにして売る
・時間と場所をセットにして売る
・時空ビジネスでネックになる排他性
第5章 選択の時間
・情報収集における時間資本主義とは
・テッパン型サービスの拡大
・なぜ人はディズニーランドに複数回行くのか
・「テッパン」を教えてくれるエージェントに頼る
・選ぶ時間の二極化--快適化と効率化
第6章 移動の時間
・交通ビジネスは、高速化から快適化へ
・各交通機関のビジネスチャンス
・移動と物流を組み合わせたビジネスの可能性
第7章 交換の時間
・人は「交換」を求めている
・交流を前提にしたコンテンツや空間が生き残る
第3部 あなたの時間価値は、どのように決まるのか
第8章 人に会う時間を作れる人、作れない人
・付加価値型サービス業の隆盛はなにを意味するのか?
・これまでの水準を維持するために、時間の奴隷になるという罠
・時間がないからこそ、人に会わなければいけない
・時間資本主義時代の勝ち組、負け組
第9章 公私混同の時代
・時間資本主義では、公私の境目が溶け出す
・時間価値の高い人は、「公」に「私」をどんどん混ぜる
・要素価格均等化定理に対抗する関サバ
・全員が専門職になり、値付けされるようになる
第10章 時間価値と生産性の関係
・労働生産性と創造生産性
・創造生産性の高い人は「たまたま」でしか現れない
・ひとりの人間に、労働も創造も含まれている
・自分の時間のクオリティをより上げるためには
第4部 時間価値を高めるために--場所・時間・未来
第11章 時空を超えて
・なぜクリエイティブな人がいま、軽井沢に集まっているのか
・時間資本主義時代は「職住近接」が進む
・仮想庭に仮想ダイニング、住宅の機能の外部化
・「いつでも、どこでも」より「いま、ここ」
第12章 巨大都市隆盛の時代
・創造生産性の高い人の近くにいると、年収が上がる
・今後は東京への一極集中が進む
・東京に人が集中した場合、何が起こるのか
・企業は包括型からモジュール化へ
・不確実性を外部化せよ
・インフラ型の企業は東京にいる必要がない
第13章 思い出の総和が深遠な社会へ
・思い出の総量の多い社会で何がウケるのか
・エジプト型とローマ型、どちらの生き方を選ぶのか
・「まじめ」と「不まじめ」が入れ替わり隆盛する歴史
・時間資本主義時代における未来のとらえ方
・自分の時間で、印象派の絵を描いていく
・結局のところ、時間資本主義とはいかなる時代なのか

目次をじっくり眺めてもらえば、本書の流れや著者の意図はおおよそ想像がつくと思います。第1章の最初では「時短」がテーマとなり、「すすぎが1回で済む洗剤」がヒット商品になった背景から、時間に対する人々の意識の変化が語られます。

家電製品の進化は、すなわち時短の歴史でした。3~4時間かかっていた洗濯が30~40分になり、1時間の掃除が15分に、30分の料理が5分に短縮されました。そしてついに、「すすぎ1回の10分」に対価が払われるようになったということです。

昔は、5分、10分の空き時間を埋めようと必死になることはありませんでした。窓から空を眺めてぼーっとしていたり、体を休めてリラックスしたり。しかし今では5分、10分も時間があればスマホでメールのやりとりができてしまいます。SNSにコメントしたり、返事を書いたりもできるでしょう。

それだけ世の中が便利になったということですが、それは半面、思考を自由に遊ばせてクリエイティブな活動に役立てるという創造的な時間が奪われているということでもあります。

人類はその進化の歴史の中で自然の制約を克服し、次いで社会的な制約を克服してきました。しかし時間的制約はいまだ克服することができず、その打開策さえ見出せずにいます。すきま時間の価値が高まっている現象は、人類が時間的制約の壁の前で悪戦苦闘していることのあらわれかもしれません。

その状況をさらに複雑化しているのがITの進化です。日本でインターネットの商用利用が認可されたのは1993年。その10年後にはyahoo! BBが駅前でモデムを無料配布し、現在では13~49歳の90%以上がインターネットを利用していると著者は解説しています。

さらに2007年にiPhoneが登場してスマホブームが起こり、2012年には日本国内でのスマホ保有率が49.5%に達しました。その結果、いつでもどこでも仕事のメールがチェックできるようなり、必要な情報もすぐに検索できるようになりました。それは労働生産性の飛躍的な上昇をうながし、人々の働き方を変えました。

それが端的に見て取れるのが、通勤電車の車内風景です。長時間乗っている人は今まででも新聞や雑誌、文庫本などを読んでいましたが、今ではほんの1駅、2駅でもスマホの画面を見ながら何かをする人がほとんどです。

「ただ、こうした変化が人々に幸福感をもたらしたかどうかは検証の余地が大きい」と著者は言います。なぜなら、情報通信技術の発達によってみずからの時間を有意義にするかどうかは、その人の行動次第だからです。

スマホ以前は、「かたまり時間」に価値があり、「すきま時間」は無価値であると思われてきました。しかしスマホの普及で「すきま時間」の価値が上がりました。著者はこう言います。「電車の待ち時間や、トイレ休憩など数分間や数秒間で、スマホを使って友人や家族とコミュニケーションしたり、来月の旅行の予約をしたり、仕事の取引先に挨拶メールを送ったり、さまざまなことが可能になった。もちろん、以前として『かたまり時間』が『すきま時間』に比べて価値が大きい場合がほとんどだろうが、その価値格差はITの発達によって急激にかつ大幅に狭まった」

そのように「すきま時間」の価値は上がっていくのですが、それをどう使うかは大きく分かれます。受動的に使うか、能動的に使うか。メールチェックや返信、SNSへのコメントなどは受動的な使い方で、ともすれば「スマホに追われている」という姿勢に見えます。

能動的な使い方、たとえばアウトラインプロセッサでプレゼンの構想をメモしたり、ToDoを整理したりするのは、クリエイティブな活動といえます。著者は、「すきま時間」の価値増大とともに、コモディティ型と付加価値型の二極分化が進むと主張しています。

その結果、まわりに人が集まる時間付加価値の高い人と、なかなか人に会ってもらえないコモディティ型の人という格差が生じます。みなさんには、ぜひ本書を読んで時間資本主義時代の「勝ち組」になっていただきたいものです。


Copyright (C) 2004-2006 OCHANOKO-NET All Rights Reserved.