オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

30の発明からよむ世界史

池内 了・監修/造事務所・編著 日経ビジネス人文庫

800円 (税別)

監修者の池内 了(さとる)氏は総合研究大学院大学と名古屋大学の名誉教授。宇宙論、銀河物理学と科学・技術・社会論を専門とする理学博士で、大佛次郎賞やコスモス国際賞の選考委員を務めています。代表的な著書は『科学の考え方・学び方』(岩波書店)や『知識ゼロからの科学史入門』(幻冬舎)です。

編著の造(ぞう)事務所は、幅広いジャンルの単行本を編集・執筆している企画・編集会社です。1985年設立とこの手の会社では歴史が古く、年間40冊もの単行本を制作しています。とくに歴史、文化、宗教に造詣が深く、日経ビジネス人文庫のこのシリーズでは、『30の戦いからよむ日本史』も執筆しています。

じつは実用書、ビジネス書の多くはこの方法で作られています。著名な専門家をインタビューして編集プロダクションやフリーライターが仕上げた原稿を、その専門家の著書として出版しています。編集プロダクションやフリーライターは「編集協力」として奥付に記載されるだけですが、印税の一部をもらっている場合もあります。

それがエスカレートしたものが「ゴーストライター」で、はなはだしい場合、「著者」がまったく知らないうちに本ができあがっていたりします。人気アイドルがテレビ番組で自分の新刊書を紹介したとき、司会者に「その本、おもしろい?」と聞かれ、思わず「まだ読んでないので、わかりません」と答えてしまった話があります。

そういう曖昧な作られ方と比べると、本書の表記は実態を正確に表していると言えます。それができるのは、編集プロダクションである造事務所に知名度と信頼度があるからでしょう。本の作り手として、とても参考になるやり方です。

さて、本書の内容ですが、これは「人類6000年の歴史を『モノ』でたどってみよう」という試みです。人類史に重大な足跡を残した発明品を30選び、そのエピソードを紹介することで雑学満載のおもしろ世界史が構成できるのではないか、そう考えたところにこの本のユニークさがあります。では内容を目次で紹介しましょう。

はじめに 身のまわりのものにはすべて歴史がある
酒 船舶 車輪 文字 時計 ガラス 鉄器 硬貨・紙幣 道路 紙 カトラリー 羅針盤 ゴム 銃 ロケット 眼鏡 海図(地図) 活版印刷 望遠鏡 蒸気機関 電池 自動機械(ロボット) 鉄道 ダイナマイト プラスチック(合成樹脂) 電話 飛行機 ペニシリン 半導体 コンピューター
主要参考文献

目次の末尾には、「編集構成・図版・DTP 造事務所」に加えて、「文/池田圭一、佐藤賢二、田中誠」の表記があります。編集プロダクションの名前だけでなく、スタッフライターの名前も出すというのは好感の持てる対応です。

それでは各項目を見ていきましょう。
「酒」のところでは、「樽づめワインがあったから大航海時代が実現した」という意味のことが書かれています。防腐剤がなく、殺菌の概念も知られていなかった時代に長期間の船旅をすることは、水や食糧の腐敗との戦いでした。しかし、アルコール度数が一定以上になると腐敗菌が生息できなくなるため、酒は水分とカロリーを補給するための保存食として使われました。何日も雨が降らなくても船乗りたちが生きていけたのは、樽詰めのワインやラムがあったからこそです。

人類黎明期の三大発明といわれているのは、火と言語と車輪です。本書にはその「車輪」が選ばれています。火は自然界にも存在し、言語は自然発生的に生まれたものと考えられるので、人類最古の発明品と呼べるのは車輪だからです。車輪が生まれたのは紀元前4000年ころで、丸太のコロと焼き物に使うロクロを合体させた形で生まれました。ローマ帝国での戦車は、覇権を広げるのに大いに役立ちました。一方でインカ文明のように、車輪を使わなかったところもあります。

「時計」の項目では、「なぜ時計の針は右回りか」という興味深い質問が出ています。答えは「日時計の影の動き」です。北半球では日時計の影は右回りなので、時計の針もそれにならったのだと考えられています。日時計がエジプトやメソポタミアで生まれたのは紀元前3000年。機械式時計が生まれたのは10世紀ですから、人類は日時計に4000年もの間お世話になってきたわけです。

「ガラス」にも、興味深い話がたくさん出てきます。最古のガラスは石器として使われた黒曜石。これは溶岩に含まれる二酸化ケイ素が急冷されてできたもので、割ると鋭い断面ができます。古代の人たちは、これをナイフとして使っていました。ガラスが人工的に作られるようになったのはメソポタミアで、紀元前2500年のことだといわれています。最初は装飾品が作られていました。今のガラス職人がやっている、息で溶けたガラスを膨らませる宙吹き法は、紀元元年ころのローマで生まれたそうです。

人類の生活を一変させたガラスといえば、窓ガラスでしょう。最初の板ガラスは紀元3~4世紀のローマで生まれました。溶けたガラスをロクロの上に置き、遠心力で平たく伸ばして作りました。この方法だと、四角い窓ガラスを作るためには周囲を切り落とす必要があり、初期の窓ガラスは大変に高価なものだったといいます。そこで生まれたのがステンドグラスで、ガラスの切れっ端を集めて窓ガラスを作る方法が、いつしか装飾窓ガラスに変わっていきました。庶民の家に窓ガラスが普及するのは、イギリスのガラスメーカーがフロート板ガラスという製法を発明して以降のことです。

人類史に征服の道具として登場する「鉄器」ですが、最初の鉄器は隕石を材料として作られたといわれています。紀元前3000年より前のことだそうです。鉄鉱石から鉄を精錬する技術は、紀元前2500年のヒッタイトで生まれましたが、重要な軍事機密として厳重に管理されていました。鉄器の前に使われていた青銅の融点は700度。炭素を含む鉄の融点は1400度前後ですから、大きな技術の差があります。日本にその鉄の製錬技術が伝わったのは弥生時代で、日本刀を生み出す「たたら製鉄」は、日本で独自の発展を遂げた製鉄技法です。

トーマス・グレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」という法則が示すように、「硬貨・紙幣」の歴史は偽造との戦いでした。初期の硬貨は鋳造品だったため、のちに圧延・圧印製法が硬貨づくりの基本になります。流通しているものの中では世界一の高額面硬貨である日本の500円硬貨には、「これでもか」というほどの偽造防止技術が投入されています。たとえば側面につけられたギザは斜め方向になっていますが、この加工がされた硬貨は世界でこれだけです。

「すべての道はローマに通ず」といわれたほど、「道路」によって急速な発展を遂げたローマ帝国でしたが、その衰退の原因も「道路」でした。地球7周分以上の30万キロも道路を整備したおかげで維持費が巨額になり、財政難から軍事力が弱まったからです。東京都も地面の8.5%が道路で、23区に限ればその割合は16.4%と倍増するほどですから、ローマ帝国の轍を踏まないように気をつけなければいけません。

人類の産業技術史が手軽に学べて雑学もたっぷり手に入る、読みやすく楽しい教養書です。


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