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イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」

デービッド・アトキンソン・著 講談社+α新書

840円 (税別)

日光東照宮といえば、すぐに思い浮かぶのが国宝・陽明門。世界遺産に指定された日光の社寺を代表する歴史的モニュメントです。東照宮は江戸幕府を開いた徳川家康を祀った神社ですが、今年は家康の没後400年ということで、陽明門の修復が半世紀ぶりに行われました。修復費用は10億円で、作業は4年がかりだそうです。

その修復を担当したのが小西美術工藝社。江戸時代の寛永年間に創業した老舗中の老舗で、漆塗り、彩色、金工、金箔などが施された美術工芸品を修復できるオンリーワン企業です。しかしこの会社の社長がイギリス人だと聞いたら、びっくりする人は多いのではないでしょうか。しかもオックスフォード出身、元ゴールドマン・サックス証券のアナリストという経歴の持ち主です。

その異色のイギリス人が、本書の著者であるデービッド・アトキンソン氏です。1965年生まれでオックスフォード大学で「日本学」を専攻。アンダーセン・コンサルティング、ソロモン・ブラザーズを経て、ゴールドマン・サックスに入社したそうですから、世界的レベルで見ても超一流のキャリアです。

ゴールドマン・サックス時代は、日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集めるとともにかなりの反感も買います。そして2006年には同社の共同出資者になりますが、マネーゲームを達観するに至り退社。隠遁生活を送ることを決意しますが、小西美術工藝社の社長に乞われて入社し、現在に至っています。

国際金融の頂点にいた外国人が日本の伝統文化を守る職人の世界に入るというのは、小説家でも思いつかない転進ぶりですが、それには伏線がありました。著者は1999年に裏千家に入門し、「宗真」という茶名を拝受するほどの日本通だったのです。「数字がわかって日本文化に詳しい」。それが、次期社長を探していた小西美術工藝社の社長の目に留まったのでした。

著者が引き継いだ当初、小西美術工藝社はピンチに直面していました。職人の離職率が8割近く、慢性的な人手不足に悩んでいたのです。そこで著者は300年の会社を改革することにしました。まず個人事業主だった職人を全員社員化し、待遇を改善します。そして丼勘定をやめて徹底的な無駄の排除を行います。さらに仕事の進捗状況や原材料の仕入れを数値化し、効率をアップしました。

「日本の伝統文化を守る職人の世界に青い眼の社長」となれば、トラブルが起きないはずはありません。何より、保守的な職人たちが簡単に認めるはずがないでしょう。しかし著者は、ある出来事をきっかけに職人たちの信頼を勝ち取ります。それは、著者が社長に就任する前に行った住吉大社における補修工事の不備でした。塗り直した塗装が剥落したという事態を受けて、著者は住吉大社に門前払いされながら何度も謝罪に出向きました。そして修復をやり直し、みごと信頼を回復したのです。

次に埼玉県熊谷市の歓喜院を7年がかりで修復。建立後260年の本殿を国宝に指定させ、年間82万人が訪れる観光名所に変えました。著者は「日本が観光立国を目指すのなら、文化財の修復にもっと力を入れなければならない」と主張しています。

と、ここまでが著者のバックグラウンドに関する情報で、本書には上記の話はあまり書かれておりません。というのも、著者には他に2冊の著書があるからです。書名のみご紹介しておきますので、著者に興味のある方はそちらもあわせてごらんください。
『イギリス人アナリスト、日本の国宝を守る 雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言』講談社+α新書
『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論 イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」』東洋経済新報社

では本書の目次を紹介します。
はじめに
第一章 確かに優秀な「日本人労働者」という強み
第二章 「長い会議が象徴する効率の悪さ」という「伸びしろ」
第三章 「数字を重視しない経営者」という「弱み」
第四章 「面倒くさい文化」は「強み」か「弱み」か
第五章 インテレ層の知的レベル、woolly thingingの問題
第六章 古いものと新しいものが「共存」しているという「強み」
第七章 「解決能力」と「強すぎる個人主義」
おわりに

本書で著者は、日本人が「常識」「真実」だと思い込んでいるものをみごとにひっくり返してみせます。たとえば日本が世界第2位の経済規模を有する先進国である(中国は1人当たりGDPが世界80位なので先進国ではありません)理由は、勤勉な労働者たちによる戦後の高度成長があったからだと多くの日本人が信じています。しかし著者は「違う」と言います。「日本は戦前すでに世界6位の国だった。戦後のベビーブームで人口が爆発的に増えたため、GDPが世界2位まで上昇した」というのが真相だと著者は主張します。

「戦後に日本が大きな経済成長を果たしたことを『奇跡』と評することがよくありますが、科学で解明できることは『奇跡』ではありません。(中略)日本が経済大国になったのは、戦後の奇跡の経済成長があったからだという主張は、明治から大正にかけて日本を先進国に押し上げた先人たちをあまりにも軽んじているのではないかと、私などは感じてしまうのです」と著者は言います。

日本が戦後に見せた高度成長は、戦前から有していたポテンシャルに戦後復興の追い風と人口増という主因が加わったためであり、技術力や勤勉さは付加価値でしかない。日本人が以前からそういう見方をしていれば、もしかするとバブル経済やその崩壊という悲劇は避けられたかもしれません。本書を読んでいるとそんな気がしてきます。

著者はまた、「日本社会は悲劇的に効率が悪い」と述べています。日本人から見ればそれほど非効率ではないようですが、「残業で自殺する人がいるほど働いているのに、1人当たりGDPが世界28位」という事実がそれを証明しているそうです。なぜそうなるのかについて、著者は次のように論評しています。

「日本人は非常に勤勉であり、労働者もよく働くというのは紛れもない事実であり、明らかに価値の有無が問われる仕事までも非常にまじめにこなします。ただ、一方で柔軟性に欠けている、つまり頭が固い傾向があります。本当はずっと前に止めたほうが良いとだれもが気づいている仕事の仕方は改善をしないで、それに対しても、むしろ美徳を見出そうとする傾向がある印象さえ受けます」

いま日本は観光立国を目指し、「おもてなし」を武器に世界中から観光客を招こうとしていますが、それについて著者は警鐘を鳴らします。「はっきり言ってしまえば、日本人の考える『おもてなし』を気に入ってくれた外国人だけを歓迎しますよ、というような姿勢」だというのです。それはものづくりにも共通した「この良さをわかってくれる人さえ買ってくれればいいんだ」という市場との対話軽視から来るものだそうです。

日本人は自分たちを「世界のものを取り入れて上手にアレンジするのが得意だ」と思っていますが、著者に言わせれば「そんなこと、世界のどこでも当たり前にやっている」です。そうではなくて日本人が得意なのは「新しいものを取り入れながら、古いものを上手に残していくこと」にあるそうです。

成長のためには、正確に自分の長所と短所を知らなければなりません。最近の日本がうまくいかないのは、もしかすると長所と短所の分析が正確でないためかもしれません。国際的なアナリストが日本人の誤解をやさしく解きほぐしてくれる、「ちょっと痛いけれど有益な本」です。


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