冒頭でも触れたように、好奇心は人間力を高めるエンジンです。学校を卒業してしまうとなかなか体系的な学びは得られませんから、自発的に情報を摂取し、知識を蓄える必要があります。ところが、現代は情報洪水の時代。あふれるほどの情報があると、好奇心は摩滅しがちになります。
「べつに好奇心を持たなくても生きていけるじゃないか」と思う人がいるかもしれません。しかし好奇心のない人は気づきを得にくく、脳が活性化する頻度が低くなります。すると脳内物質の分泌が減り、うつ病など精神の病に冒される危険性が増します。
さらに、「好奇心の少ない人はボケやすい」という説もあります。身体を使わないと筋肉が衰えていくように、脳も使わないと退化していくからです。人生や社会のさまざまな難問を解決するためにはイノベーションが必要ですが、イノベーションは誰かの好奇心がきっかけとなって起こるものです。
ということで、本書をご紹介するわけですが、まずレーベルである「ちくまプリマー新書」に触れておきましょう。同シリーズは2005年に若い人向けに創刊された歴史の新しい新書シリーズです。「プリマー」とは「入門書」のことで、比較的少なめの原稿分量でテーマに対する理解が得られるように作られています。
創刊して10年たちますが、毎月2点ずつ刊行していますので、すでにバックナンバーは200点を超えています。どんな本があるかは、以下を参考にしてください。どれも読みやすく理解しやすいように作られた良書ばかりです。
https://www.chikumashobo.co.jp/search/result?k=402
本書の著者・川端裕人氏は小説も書くノンフィクション作家。日本テレビの記者として科学技術庁、気象庁を担当していましたが、南極海調査捕鯨船に同乗取材して書いた『クジラを捕って、考えた』が話題となります。
1998年に小説『夏のロケット』を発表。第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞します。ほか、話題作を数多く発表していますが、最近は小説が多いようです。個人のブログもありますので、覗いてみるといいでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/kwbthrt
本書はおそらく、理系の本のコーナーに置いている書店が多いと思われますが、著者は「あとがき」で次のように書いています。
……理系と文系の区別は、高校から大学への流れの中では絶対のように見えるが、実際の研究の現場は、違う理屈が働いている。そもそも社会に出ると、理系も文系もたいてい関係ない。
著者が言うように、何かというとすぐ「理系・文系」と分類したがるのは、今の日本の悪い癖です。古い受験体制がそうさせているのですが、近年の日本が伸び悩んでいる原因の一端がそこに見える気がします。だからこそ、文理の垣根を超えて自由に羽ばたいている研究者の姿を知ることは貴重なのです。
では本書に登場する研究者と研究室を紹介します。
前野ウルド浩太郎(モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所)
高橋有希(宇宙ベンチャー開発エンジニア)
飯田史也(チューリッヒ工科大学バイオロボティクス研究室)
森田浩介(理化学研究所超重元素合成研究チーム)
石川洋二(大林組エンジニアリング本部)
堀信行(奈良大学文学部地理学科)
最初に登場する前野ウルド浩太郎氏は、モーリタニアの砂漠でサバクトビバッタという昆虫の生態を研究している「バッタ博士」です。サバクトビバッタとは、どんな生物なのか。なぜこの人はバッタに魅せられているのか。目次を見ているだけで疑問は尽きません。
二番目の高橋有希氏は、アメリカのスペースX社で世界初の民間商用宇宙船開発に携わった人です。民間の宇宙船による宇宙旅行が実現すれば、それは本当の宇宙時代の始まりを意味しますが、その日を夢見てアメリカを舞台に冒険的な人生を送っています。
飯田史也氏は、生物に学んだロボットを作ろうとしている学者です。生きものには自然環境の中で生き抜くための巧妙な仕組みがそなわっていますが、それを抽出してロボットにいかそうとしています。人間の二足歩行を研究するだけで、人工知能のアイデアがたくさん出てくるそうです。
森田浩介氏は、地球に存在しない新元素を作ろうとしている科学者です。「現代の錬金術師」はどんな魔法と装置で新しい元素を作るのか、そこにはどんな思いが働いているのか、興味は尽きません。
石川洋二氏は、もともと宇宙生物学の研究者だったそうです。その人がなぜ建設会社に入って「宇宙エレベーター」を研究しているのか。まずそこから疑問が湧いてきます。ちなみに、宇宙エレベーターとはロケットを使わないで宇宙に自由に往き来するための設備のことです。これができれば、人類の本格的な宇宙時代が始まります。
最後の堀信行氏はサンゴ礁からアフリカの熱帯雨林まで幅広いフィールドで活躍する地理学者です。自身を「ダーウィンのライバル」と位置づけるその熱意の根元はどこにあるのか、氏の言う「人間から自然を見る研究」とは何か。ぜひ本書で確かめてください。
6人の科学者を眺めていると、「よくもまあこんなバラエティー豊かな人選をしたなあ」と感心します。それもそのはず、本書はナショナル・ジオグラフィック日本版公式サイトの連載「『研究室』に行ってみた。」から抜粋、再編集したものです。現在50編ほどがアップされていますので、本書の読了後に「もっと読みたい!」と思ったら、ぜひこちらをどうぞ。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/web/laboratory.shtml
「研究室」という他人の仕事場をのぞき見る気分で新たな「知」が得られる、知的探検のための楽しい本です。