青と黒の2色刷り224ページ、クロスのような肌合いのカバーと帯。「なかなかお金がかかっているなあ」と思わせる装丁なのに、価格はぐっとお安め。そのことが幸いしてか、サンクチュアリ出版のサイトによれば、この本は同社の売上No.1なのだそうです。このTOP10を見れば、同社の出版傾向も同時にわかります。
http://www.sanctuarybooks.jp/information/cate/news1743.html
ちなみに、サンクチュアリ出版というのは通称で、正式名称は株式会社サンクチュアリ・パブリッシングです。日本の出版社としてはとても若い会社で、創業は1995年。実業家でエッセイストの高橋歩が飲食店グループ「有限会社サンクチュアリ」の中に出版事業部を設立したのがスタートです。
最初に出した本は、創業者・高橋歩の『毎日が冒険』。この当時は、創業者が自分の本を出すために作った組織という雰囲気でした。やがて高橋歩が経営から退き、有限会社サンクチュアリ出版を経て、2001年に株式会社サンクチュアリ・パブリッシングへと組織変更をしました。
新しい出版社らしく、従来の出版社とは違った施策が目立ちます。たとえば奥付。手許にある本は2015年9月15日の第5刷ですが、そこに「累計5万8千部」と累計発行部数が記されています。これは、他の出版社には見られない表記です。
また、裏表紙の定価表示の下には「2015年10月末日まで」という時限再販の表記があります。これは、「2015年10月末日までは小売価格を拘束するが、それ以降は自由な価格で販売してよい」というもの。新刊時のみ定価販売を行う形の出版で、古い出版社ではあまり見られない販売形態です。
さらに、サンクチュアリ出版のサイトに行ってみると、「送料無料」というネットショップのような表示が目に入ります。同社の通販サイトで購入した書籍は、2014年4月1日以降、全国送料無料になっているのです。これは出版社の直販サイトではきわめて異例のことです。
サンクチュアリ出版
このほか、年間購読メンバーになると、入会から1年間に刊行されたすべての新刊が送られてくる「クラブS」など、ユニークな仕掛けがいろいろ。「本を読まない人のための出版社」というキャッチフレーズも異色です。
http://www.sanctuarybooks.jp/clubs/
さて、前置きが長くなりました。本書は東京の中目黒で料理教室を主宰する著者の、「効率的に台所しごとをこなすための本」です。「台所しごと」には、献立、買い物、仕込み、調理、段取り、収納、片づけ、掃除、ゴミ出しなどがあります。それらすべてに「ルール」を適用することで、考える時間を少なくしようというのが本書の狙いです。
ではまず、目次を紹介しましょう。
第1章 マインド編
台所に立つ前に
第2章 準備編
献立のルール
買い物のルール
第3章 調理編
調理のルール
下ごしらえのルール
まな板のルール
味見のルール
塩のルール
砂糖のルール
既製品のルール
朝ごはんのルール
晩ごはんのルール
第4章 冷蔵庫編
冷蔵庫のルール
冷凍庫のルール
第5章 収納・片づけ編
台所収納のルール
片づけのルール
掃除のルール
ごみのルール
第6章 道具編
調味料のルール
調味道具のルール
付録 仕込み&栄養満点レシピ
かんたん仕込みレシピ
かんたん栄養満点レシピ
なぜルールを取り入れることで時間の有効活用ができるのか。それについて、著者はこのように語っています。
「専門店の厨房では、1日に何十人、多いときで何百人ものお客様をさばかなくてはいけません。1分1秒を争う料理人の作業には、まったくムダがないのです。
(中略)
料理人たちが決められた手順を次々とこなせるのは、それが習慣になっているから。考えなくても勝手に体が動くようになっているのです。家庭でも同じ。『正しいルールを習慣にすること』で体が勝手に動くようになり、時間が短縮され、かつ完成度が上がるため、前向きになっていく。そして自分で自分が認められるようになるのです」
たとえば第2章の準備編には「買い物のルール」として、こんなことが書いてあります。
「買い物メモは、店のレイアウト順に書く」
多くの人は、思いついた順番に買い物メモを書くために、スーパーに行って売場をうろうろすることになります。それは時間のムダです。買い物メモを作るときに、これから行くスーパーの売り場を思い出し、ムダなく歩ける配置順にメモを書く。これだけで、一気にレジに進める買い物ができるようになります。
同じく「買い物のルール」に、「2段組のカートを利用すると買い物時間が短くなる」というものがあります。
2段のカートの上下にかごを載せ、上には常温の食材、下には冷蔵・冷凍品を入れて買い物を終了します。そしてレジを終えて上のかごはエコバッグに、下のかごは保冷袋に詰めます。こうすることで、帰宅してから仕分けることなく冷蔵庫に買ったものが移せます。
第3章の調理編では、「下ごしらえのルール」として、「冷蔵庫の食材は全部取り出す、全部しまう」というものがあります。
どういうことかというと、何度も冷蔵庫と作業場を往復するのではなく、一度ですませて手間を減らす工夫です。「洗うもの、むくもの、切るもの」を冷蔵庫から一気に取り出し、下ごしらえをメニューごとでなく、一気にやってしまいます。これにより、冷蔵庫の開閉による電力消費も抑えられます。
同じく「下ごしらえのルール」には、「包丁を使わずに、食材を切る」というものも。キッチンはさみやフードプロセッサー、スライサー、皮むき器などを活用して、下ごしらえに要する時間を短縮するアイデアです。
「味見のルール」には、「味見用のスプーンを10本用意する」というものがあります。味見に使うティースプーンを10本用意してコップに立て、作り始め、途中、完成の各段階でこれを使って味見をします。こうすることで、味見のたびにスプーンを洗う手間が省けます。
「晩ごはんのルール」では、「食べる時間がバラバラな日は、『出すだけ・温めるだけ』にする」という提案がなされています。家族の晩ごはんがバラバラになりそうな日は、パスタや揚げ物といった作り置きに向かないメニューは避け、サラダ、豆腐、和え物のような出すだけですむもの、シチューやカレー、煮物のような温めればすぐに出せるものをメニューにします。
第4章の冷蔵庫編のトップには、「中身を全部出して、自分の目で見る」というルールが掲出されています。使いやすい冷蔵庫にするためには「見やすい、取り出しやすい、掃除しやすい」の3つを揃える必要がありますが、そのためにはまず、中身を全部取り出す必要があります。全部一気に取り出して、何が入っていたかを目で見て認識する。そこから整理整頓がスタートします。
第5章の収納・片づけ編では、「見えるところに、ものは置かない」という強力なルールが書かれています。見えるところにものがあればあるほど、掃除がしにくくなり、手間がかかります。だから調味料、鍋・フライパン、保存容器、箸・ナイフ・フォーク・スプーン、洗剤・スポンジなども、すべて見えないところに収納します。本書に書いてある通りにすると、びっくりするほど台所が片づきます。
巻末には付録として「仕込み&栄養満点レシピ」が掲載されています。内容は、塩もみ野菜、塩漬け豚、残り物肉のマリネ、肉をゆでておく、野菜をゆでておく、玉ねぎをみじん切りにして冷凍する、野菜ペースト、サーモンの白みそグラタン、シーフードチヂミ、ねぎ塩ツナサラダ、しいたけと桜えびのスープです。
本書は主婦向けのノウハウ本ですが、料理好きの男性が読んでも興味深い内容になっています。また、日常的な作業を見直すためのヒントにもなるので、多くの人が読んで損のないビジネス参考書と考えることもできるでしょう。