みなさんはインドという国のことについて、どのくらいの知識をお持ちでしょうか? 「カレー」「ヨガ」「ヒンドゥー教」「12億の人口」「数学が得意」「カースト制度」「英語圏」「仏教のルーツ」「牛」…。
本書は、1996年の来日以来ずっと日本とインドの架け橋として働いてきたインド人コンサルタントが書いた、「インド人の目から見た日本評」です。そして単なる日本論に終わらせず、「日本とインドが相互補完しあって協調していけば、アジアで最強のタッグになれる」という結論に導いています。
現在の日本とインドの関係は、お世辞にも「関係が深い」とは言えません。インドで大成功を収めた日本企業はスズキ自動車だけですし、日本で働くインド人の数は2万5000人で、アメリカにいるインド人の100分の1、シンガポールの20分の1でしかありません。
なぜ著者は本書を世に出したのでしょうか。「まえがき」で著者はこう語っています。「日本で暮らすなかで、その素晴らしさをあらゆるところで感じてきたからです。日本人の人間性、文化、それにビジネス……そこには日本ならではの優れたところがたくさんあります。それをインドの人たちにももっと知ってもらいたいですし、日本人にも気づいてもらいたいのです」
では目次を紹介して、次に内容の抜粋に入っていくことにしましょう。
まえがき--インド人の目から見た日本の強み
第1章 日本で暮らすインド人の感想
第2章 インド進化の裏側
第3章 「瞑想の国」ニッポン
第4章 豊饒な日本流ビジネス
第5章 インドと日本は最強コンビ
あとがき--世界で求められている日本的なもの
第1章で著者は、自分の生い立ちや日本での暮らしを紹介しながら、自分のものの見方を読者に解説しています。日本で働くようになって20年の著者は、ママチャリで通勤しています。その理由は電車や自動車を使うより便利だから。そして世界であまり見かけない「ママチャリ」という自転車は、前に大きなカゴが付いているのでカバンを入れるのに便利。そのため著者は3台のママチャリを通勤に使っています。1台でない理由は、会社に自転車を置いて帰っても、翌日自転車通勤ができるように。そのあたりが日本人の考え方と少し違います。
著者が卒業したインド工科大学は、インドでトップの名門校。インド工科大学を卒業してアメリカに留学し、アメリカで就職して出世を目指すというのが、一般的なインド人のエリートコースだそうです。しかし著者はその道を選びませんでした。科学者ではなく、もっと人に関わる仕事がしたい。ほかの同級生たちとは違う道、自分ならではの生き方を選びたい。そう考えてインドで1年働いてから、日本のベンチャー企業に就職しました。
著者にとって、日本は初めての海外旅行先でもありました。日本に来て、日本に住んでからは何もかもが驚きの連続。建物のドアだけでなく、電車のドアも、タクシーのドアも自動で開く。空気はホコリっぽくなく、インドでは当たり前のスパイスの匂いがしない。広くはないけれどすべてが揃っているワンルームマンション。どこもかしこもピカピカということも、驚きのひとつでした。
日本人なら当たり前として気もつかないところに著者は注目します。「窓の大きさにカーテンがぴたりと合っている」。「おそらく日本人は、『カーテンがちょっとくらい窓より長くても構わない』とは考えないのでしょう。何事もきちんと揃えるのが普通なのでしょう」と著者は語っています。
そこで著者は、日本の良さのひとつに気づきます。それは「標準化」であり、「計画性」です。「インドでは標準化されていないものばかりです。私の実家は、私が大学1年生のときに建てたものですが、間取りは自分たちで考え、図面も家族と相談しながら作りました。でも、作業をする大工さんたちは、その図面をろくに見ることがありません。すべて目分量、自分の感覚で行うのです。(中略)あらゆるところでミス、やり直しが出てきてしまいます。日本には、そういう無駄がないから効率がよく、生産性が高いのです」。
次に著者が感じたのは、日本が清潔で安全な国であることです。著者は出張でイギリスに行きますが、イギリスの風景は著者の目にはユートピアとは映りませんでした。「日本と比べると、イギリスの道は汚く感じました。エレベーターが止まっていることもありましたし、地下鉄も殺風景で怖い感じがします。ニューヨークも同じで、『ポケットに20ドル以上入れて歩いてはいけない』といわれたことがあります。私は『日本だったら10万円持っていても大丈夫なのに』と思ったものです」
著者が就職したベンチャー企業のクライアントに、トヨタ自動車がありました。人工知能の技術を使って、組み立てられた自動車の品質をチェックするという仕事です。ここで著者は大きな感銘を受けました。「インドでは、『少しくらいズレていてもいいじゃないか』と思ってしまいます。『それで事故が起きるわけじゃないし、気づく人も少ないよ』と……。しかし、日本はそういうところもしっかりこだわるのです。これはトヨタだけでなく、日本のあらゆるところで見られる仕事ぶりといえるでしょう。(中略)そのこだわりに、若かった私はとても感銘し、影響を受けました」
著者は「日本とインドは宗教観が似ている」といいます。インドはヒンドゥー教と仏教が混在していますが、その状況が神道と仏教が混在している日本とよく似ているというのです。日本の神道と同様に、ヒンドゥー教も宗教というより自然や生活に根ざした教え、哲学のような面があるからです。
日本人は、「日本は英語力が弱い」と嘆きますが、著者によればそれは「あらゆる情報が日本語で得られる」という日本の強みの裏返しです。インドでは英語を使う人が非常にたくさんいますが、それは第1の公用語であるヒンディー語に翻訳された映画や本が非常に少ないためでもあります。「日本のテレビでアメリカ映画を見たときに、『どうして日本語でしゃべっているんだろう』と驚きました。(中略)日本では、それだけ親切なかたちで外国の文化に触れることができる、そういうことです。だから、英語がわからなくても不自由なく暮らしていけます」
また、日本人が「個性の喪失」と嘆いているチェーン店文化も、外国人から見れば優れた点です。日本に住む外国人には、チェーン店で食事をすることが好きな人が多いのだそうです。ちなみに、著者が一番好きなチェーン店は、「CoCO壱番屋」。カレーの本場から来た著者が日本のカレーチェーンを好きだなんてジョークかと思いますが、本当です。「インド人にとっても日本のカレーはおいしいですし、特にCoCo壱番屋は世界でも最大のカレーチェーン。味もサービスもレベルが高いのです」
日本人が「画一的」と批判するチェーン店ですが、著者は違う見方をしています。「いつでも、どんな場所でも同じ味が楽しめ、同じサービスを受けられるという均一性は、先進国ならではのもの。貧しい国では、値段も味もサービスも、バラバラです。(中略)私なら、たとえば出張で地元の珍しい名産品をたくさん食べたあとなどは、吉野家やCoCo壱番屋で『リセット』したくなる感覚があります」
東急ハンズも、著者の驚きの対象です。「店で驚いたのは、針金だけでも、硬いものから柔らかいものまで、太いものから細いものまで、数多くの種類があるということでした。個人用だからそれほどたくさんは必要ないのですが、それでも売ってくれるのにも驚きます。こうした小売のあり方は、インドでは考えられないものです」
日本人は「日本の福祉は遅れている」と考えていますが、著者の感想は違います。著者は仲間とサッカーをしていて足をケガしてしまいましたが、救急車であっという間に病院に運ばれ、保険証を持っているかどうか聞かれる前に、適切な診察を受けることができました。そして車いすを貸してもらって帰宅したのですが、用事があって外出すると車いすに便利な環境が整っていて、感激します。「マンションのエレベーターに乗ると、車いすのマークが付いたボタンが低い位置に付いていました。(中略)もう一つ驚いたのは、タクシーでの対応です。車いすに乗ったままマンションの前に出て手を挙げ、タクシーを止めたのですが、運転手さんが車から降りて、車いすを折りたたんでトランクに入れてくれました。それまで私は車いすが折りたたみ式になっていることに気づきませんでした」
著者は日本で暮らしていると、いろいろなところで「日本人の優しさ」を感じるといいます。「私が日本語を使えるからということもあるのでしょうが、日本には、この優しさがあるからこそ、『ケガをした外国人』でも安心して生活することができる。そして、こうした『優しさ』や『安心感』は、数字には表れないものなのです。しかし、たくさんの人たちが優しさというベースを共有し、安心して暮らせていることは、とても大切なことではないでしょうか。それはチームワークにもつながりますし、経済的な生産性をももたらしているのだと思います」
日本人の中には、インドが大好きな人がいます。インドに駐在しているうちに、「日本に帰りたくない」といい出す人もいます。しかし著者はこういいます。「日本ほどいい国はないのに、どうしてわざわざインドに住みたがるのだろうと思うのですが、インドにはインドの、日本にはない魅力があるということでしょう。もしかすると、細かいことを気にしなくていいところが好きになったのかもしれません。逆にいうと、日本はなんでもちゃんとやる国だということです。自分の仕事に手を抜かないし、それがお客さんのためになるということをよくわかっているのです」
と、いろいろ紹介しましたが、これはまだ第1章のごく一部でしかありません。著者はこれから第2章でインドが躍進した理由を語り、第3章では日本で今問題とされていることをひっくり返してみせます。第4章では日本流ビジネスの利点を「これでもか」と取り上げています。そして最後の第5章は本書のタイトルと同じ題。
じつは著者は現在、CoCo壱番屋のインド進出をコンサルティングしているそうです。カレーの本場に日本式のカレーハウスが出ていって成功するのかと危ぶむ人は多いようですが、著者には自信があるそうです。日本のシステムとインド人の柔軟さが加われば、鬼に金棒だと考えているからです。インドは何かと中国に目を向けることが多いのですが、著者は「そろそろ勢いだけではなく、完璧を目指す日本流をインドに根づかせたい」と考えているのです。
ビジネス書としても傑作ですが、肩の凝らない読み物としても充分に面白い1冊です。