原題は「INSTANT MOTIVATION」。そのまま「インスタント・モチベーション」とする手もあったのでしょうが、それでは軽すぎると判断されたのでしょうか。もちろん、「即席モチベーション」では企画会議の段階でボツでしょうね。
タイトルや本の雰囲気から、本書は自己啓発書の類であろうと推察されますが、世にゴマンとある「こうすれば、あなたの人生はうまくいく!」といったハウツー本とは一線を画した存在です。というのは、「こうしなさい」ではなく、「なぜそうなるのか」をきちんと説いているからです。
先に本書のキモの部分を紹介してしまうと、著者は「思考」「感情」「行動」の関係をシンプルに解説して、思考がさまざまな結果を支配しているメカニズムを説き明かしています。たとえば「そんなこと、できるはずがない」という思考は不安や悲観的な感情を招き、その感情が消極的な行動につながっていきます。消極的な行動が良い結果をもたらすことは少ないので、最終的には思った通りのネガティブな状況が招かれます。
多くの自己啓発書は「考え方を変えよう」と指導しますが、本書の著者は第1章の冒頭で「考え方を変える必要なんてない」と主張しています。その部分を引用してみましょう。
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自分の心理状態を理解することは、何より重要なのに、何よりも見過ごされています。だから仕事の成果に波が生まれ、同じ課題に苦労する人としない人が出てくるのです。
スポーツの世界では、しばらく前から心理状態の重要性が理解されるようになりました。世界のトップアスリートの多くは、精神面を専門的にサポートするパフォーマンスコーチをつけています。サッカーのペナルティーキックでも、テニスのゲームポイントでも、本当に重要なことはたった一つ。頭を空っぽにすることです。試合の決定的な瞬間に意識を集中できるか、それとも自信をなくしたり、ためらったりして、試合に集中できなくなるかです。
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著者は「実力を発揮するカギは思考にある」と説きます。そして、多くの人がその事実に気づいていないと言います。なぜ人々は気づかないのか。それは、思考が目に見えるものでなく、呼吸のように当たり前に存在しているからです。
「私が本書で目指すのは、思考の性質を目に見えるようにし、常に物事の根底に存在することを皆さんに気づかせることで、特別な努力をしなくても、ポジティブな効果を得られるようにすることです」と著者は書いています。
著者であるシャルタン・バーンズはイギリス人で、不動産会社を経て情報誌の広告営業マンとしてキャリアを積みました。2000年に独立してスター・コンサルタンシーを立ち上げ、企業や個人向けにコーチングやトレーニングを行うようになります。今ではBBCやタイム・ワーナーをはじめとする世界中の有名企業を指導しており、3度の来日で日本でもコーチングを行っています。
それでは、本書の目次を紹介しましょう。
第一部 結果を出す人の考え方は何が違うのか?
1章 あなたの仕事がうまくいかない理由
2章 目に見える現実にだまされるな
3章 一瞬でモチベーションを上げるたった一つの仕組み
4章 さらばストレス
第二部 結果を出す人になるための8つの方法
5章 自分のなかの「常識」を捨てる
6章 忙しい自分と決別する
7章 成果の罠から抜け出す
8章 自信なんてつけなくていい
9章 古い自分を捨てる
10章 人間関係なんて怖くない
11章 直感を信じる勇気を持つ
12章 何度でも立ち直る力を手に入れる
本書の構成は、第一部が思考の仕組みを理解するための解説、第二部がそれを元にした実践の方法という二部構成になっています。最初に仕組みを知り、次に具体的な行動に移すという王道の学習ステップです。
出版界では、自己啓発書はリピーターの市場であると見られています。同じ人が違う自己啓発書を何冊も買うからです。アレンの『原因と結果』、アランの『幸福論』、ナポレオン・ヒルの『頭を使って豊かになれ』などを書架に並べている人がよくいます。
なぜそうなるのかといえば、答えは簡単で、立派な本を読んでも実践しないため、自分を変えることができないからです。喉が渇いたのに自動販売機の前をうろうろしているだけでは、いつまでたっても問題は解決しません。それどころか、状況はもっと悪くなっていきます。
本書は、読者に変わってもらうために第二部で具体的な提案を並べています。たとえば「モチベーションなんて必要ない」の項にはこう書かれています。
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最初は躊躇したり緊張したりしたけれど、いまや朝飯前というくらい簡単にできることがあなたにもありませんか? それを自信がつくまで待っていたら、やってみることさえなかったかもしれません。
これはモチベーションでも同じです。動機づけがないと、行動を起こせないなんて嘘です。私のある友達は最近、「もしやる気になるのを待っていたら、僕は何一つやらないだろうね」と言っていました!
行動を起こすのに自信を持つ必要はありません。必要なのは勇気だけです。勇気とは、思い切ってやってみること、そして自分が本来持つ知恵に耳を傾けること。不安や恐怖に耳を貸すことではありません。
(中略)
結局のところ、恐怖や不安は、怖がる思考の集まりにすぎません。不安な思考という錯覚を見破れば、すぐに、あなたが本来持つ自信が得られます。なぜならそれは常にそこにあるからです。自信があるのが、私たちの本来の姿であり、私たちは自信からできています。自信がないのは、私たちの思考が生み出した錯覚にすぎないのです。
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自己啓発書をよく読む人が陥りがちなのが「ポジティブ病」です。あちこちで「プラス思考で生きよう」と教えられるために、必死で自分の思考をポジティブに変えようとした結果、ストレスを溜め込んでしまいます。
本書の「ポジティブにならなくても思考は変えられる」という項にはこうあります。
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自己啓発のアプローチは、たいてい「ポジティブ思考」に基づいています。もっとポジティブに考えれば、もっといい結果が現実になるというのです。でも、どんなに宝くじに当たることを考えても、私が宝くじに当たったことはありません。
(中略)
すべての経験と感情が、形のない普遍的な原理から生まれることがわかれば、自動的に意識がシフトして、人生をより客観的に見られるようになります。すると、問題はポジティブ思考か、ネガティブ思考かではなく、思考そのものだとわかるのです。
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現代人にとって「ストレス」は大きな問題ですが、本書は4章の「さらば、ストレス」で大きく取り扱っています。著者はストレスには3つの大きな誤解があるといいます。その3つとは、
1.人生はストレスだらけだ
2.嫌な気分は、何かが間違っているサインだ
3.ストレスは健全なもので、動機づけになる場合がある
著者は本書でその誤解を解くとともに、ストレスが外的要因で作られるのではなく、自己の思考が招くものであることをわかりやすく説いています。余計な思考が良くない感情を招き、それがストレスの元になっているというのです。だとすれば、余計な思考を取り除いてしまえば問題は解決します。
本書は平易に書かれていますが、内容が深いためにさらっと読んだだけでは理解できないかもしれません。しばらく手許に置いて、何度も読み返すことで次第に理解できていくタイプの本です。
しっかりと理解すれば、必ずあなたの力になってくれる1冊です。