「マンガでわかる!」がついていることでわかるように、本書は同名の書籍をマンガ化したものです。エクスペリエンス・マーケティング(体験型マーケティング)の提唱者で、多くのファンを持つ著者の2011年の作品をベースに、マンガを入れて今年リリースしました。
なお、マンガ化とはいってもすべてがマンガなのではなく、全体の三分の一くらいがマンガで、あとは文字のページです。おおまかに分けると、事例や問題提起がマンガで描かれていて、そのあとに文字による解説ページが続くというパターンが繰り返されてストーリーが進行していきます。
ストーリーは、26歳で家業のホテルを継いだ新米女将の奈々が、失敗を繰り返しながらエクスペリエンス・マーケティングの重要性に気づき、一人前の経営者として成長していくという物語。著者の藤村氏も最後にキャラクターとして登場し、物語を締めくくってくれます。
ストーリーの始まりは、クリスマスイブの街角。まだ20歳だった奈々と彼氏が銀座の高級店の前で口論しています。クリスマスプレゼントに約束していた高級時計を買ってもらうことになっていたのですが、銀座の本店で購入したいという奈々と、同じものを安売り店で買えばいいという彼氏の気持ちが激突してしまいます。
そこに著者からの問いかけが。「彼女が本当に欲しかったモノ、あなたにはわかりますか?」
彼氏は奈々が欲しいのは時計というモノであると思い込んでいますが、じつは違います。2人で銀座の高級店に入り、素晴らしい雰囲気の中で定価の商品を購入する。その体験を得たいと願っていたのです。しかし奈々本人もそのことには気づかず、それは物語の最後に明かされます。
「はじめに」で著者はこう言っています。
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多くの人は、モノを売ることばかりに一所懸命になっている。
でも、大事なのは「体験を売る」という視点です。
たとえば、お菓子をつくっているメーカーは、ケーキやクッキーを売っているのではなく、お誕生日や結婚式などの記念日の価値を高めているのかもしれないし、お菓子を通して笑顔があふれる社会をつくることに貢献しているのかもしれない。
カメラ専門店は、ただ単にカメラや写真のプリントを売っているのではなく、思い出という宝物を残すためのお手伝いをしているのかもしれない。
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お客さまは「モノではなく体験を欲しがっている」
というのが、著者の主張であり、著者が提唱するエクスペリエンス・マーケティング、略称「エクスマ」の骨子です。
著者は実際に、銀座のカルティエ前でケンカしているカップルを目撃し、その会話をきっかけに体験型マーケティング「エクスマ」を提唱するようになったそうです。
さて、ストーリーに戻りましょう。主人公の中村奈々は長野県白馬村にあるリゾートホテルの4代目。お父さんが病気で倒れてしまったためにホテルを閉めるという話を前に、4年間務めたデザイン会社を辞めて、ホテルを継ぐことにしました。
といっても、ホテル経営は順風満帆ではありませんでした。スキー場が目の前という好立地で、冬はスキー、夏は登山の観光客が賑わうホテルでしたが、景気の影響やお客さまの嗜好の変化で客数はじり貧。そこで最初に奈々が打った手は、「安売り」でした。
しかし、予約客は増えたものの、クレームの嵐に。「安いんだから仕方ない」という提供側の理屈は、お客さまには通用しませんでした。そこで著者は読者に問いかけます。「本当に安くしなければ売れないの?」
解説ページで著者はこう言っています。
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安くしなければ売れない。
高いものは売れない。
お客さまは安いものを欲しがっている。
世の中は安くなる方向に向かっている。
奈々の言葉にもありましたが、現代の日本はそんな雰囲気になっています。
でも、実は適正価格でも売れるのに、そう思い込んでいるだけなんじゃないでしょうか。
価値を正確にしっかりと伝えていないことが、安売り志向の原因になっている。ボクはそう思うんです。
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「体験を売ろう!」と考えた奈々は、夏休みに向けて「ママも納得! キャンププラン」を提案します。1泊目はキャンプで食事はバーベキュー。ただし面倒なテント設営や食事の準備・後片付けはホテル側にお任せ。2泊目は温泉に入ってホテルで食事。そして最終日の早朝に森に行ってカブトムシ採集というプランです。
このプランは大好評。ホテルのサイトに寄せられたお客さまの喜びの声に、奈々は手応えを感じます。ところが…、続々と入るクレームの電話。「カブトムシが死んで子どもが泣いている! どうしてくれる!」というのです。
著者はここで「体験と体験商品はまったく別」とダメ出しをします。奈々のカブトムシ採集は、観光地がやっている乗馬体験や蕎麦打ち体験、陶芸体験と同じで、体験商品というモノを売っているだけ。体験を売るのに比べて、体験商品を売るのは浅いビジネスでしかなく、そこには何の創造性も、何の知恵も、何のセンスもないと著者は酷評します。
疲れ果てた奈々を救ったのは、「露天風呂に葉っぱが浮いていて不衛生」という苦情でした。「自然の中のお風呂なのだから、葉が浮くのは当然」と考えた奈々は、そこで都会のお客さまにはそれを伝えなければわからないという事実に思い至ります。そして露天風呂に立て札を立てました。「葉っぱや虫さんが一緒に入浴させていただくことがあります。気になる方はアミで優しくすくってあげてください」。同様にカブトムシの生態と飼い方をわかりやすく伝える紙芝居を作って、森に行く前にレクチャーするようにしました。すると、クレームは激減。お客さまからの喜びの声も増えていきました。
解説で著者が語っているのは、「あらかじめ情報を伝えることでクレームがなくなり、価値が正確に伝わる」ということです。情報を伝えると商品が体験に変わり、価値を高めてたくさんの「ありがとう」を生むからです。奈々のキャンププランは、マンガの中のフィクションではなく、実際に長野県白馬村にあるホテル五龍館の女将、中村ゆかりさんが発案し、苦難を乗り越えて大成功させた実例です。
これ以降も奈々の奮闘は続き、やがてホテルは大繁盛するようになりますが、それは本書でご確認ください。楽しみながらエクスペリエンス・マーケティングを学べる、気軽な実用書です。