B5判カバー付き112ページのオールカラー・ムックです。印刷代に価格破壊が起きているためか、DTPの普及でプリプレスのコストが劇的に下がったためなのか、昔では考えられなかったスペックの本が安い価格で売られています。読者とすればありがたいことなのですが、業界人としては手放しで喜べません。
昔も今も本を作る作業は人海戦術で、原稿書きも、編集作業も、レイアウトデザインも、校閲も、プロフェッショナルがそれなりの対価をもらってやる仕事です。したがって、画期的なエコシステムでも登場しない限りは、ギリギリのコストが存在し、損益分岐点がある地点に設定されているはずです。
しかし昨今は取次店が受け入れる委託部数が下がっていて、損益分岐点を余裕で上回る初版部数は村上春樹か「こち亀」でなければ実現できません。すると、初版だけでは全部売れてもペイしない本が続出することになります。初版が半分しか売れなかったとしたら、大赤字です。
では出版社はどういうつもりでいるかというと、10冊出したうちの1冊、あるいは20冊出したうちの1冊が5万部とか10万部の小ヒットになることを期待しているのです。10万部売れれば、千万単位の利益が出ますから、それで赤字をカバーするわけです。
なんだかしんどい商売だと思いませんか?
さて、話題は変わってB5判ムックです。このスタイルの本は、コンビニの店頭に置いてもらうために誕生しました。A4判のムックがグラフィック中心のものであるのに対して、B5判ムックは図解とかイラストルポみたいなものを載せています。
本書は同じ出版社から出た『ラクガキノート術』の続編です。著者はデザイナーとして働くかたわら、ブログを書いたり「ラクガキコーチ」の仕事をしたりしています。
ではまず、著者のいう「ラクガキ」について見てみましょう。
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ラクガキは文字とビジュアルを同時に扱い、それらを「描く」という行動によって表現するため、頭の中だけで考えたり文章で表現する以上の成果が出る万能ツールなのです。
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と、著者は「はじめに」で書いています。全ページに著者オリジナルのイラストともマンガともつかない「絵」が入っていて、本文の理解を助けてくれます。たしかに文字だけを追っていくより、このお気楽な絵と一緒に文章を読んだほうが理解がしやすくなります。
第1章の前には「本書の使い方」というページがあります。この本は3つのステップに分かれていて、「ラクガキでアイデアを生み出す方法を知る」「ラクガキの描き方をマスターする」「ラクガキノートでアイデアを生み出す」の順で理解が進むようになっています。
では目次を紹介しましょう。
第1章 ラクガキがあなたの創造性を引き出す
第2章 仕事に使えるラクガキテクニック
第3章 ラクガキで「よく見る」
第4章 本質がわかる「たくさん考える」
第5章 「とにかくやってみる」と新しい価値が生まれる
第6章 ラクガキ力をチームに生かす
付録 ラクガキフォーマット
第1章では誰もが秘めているクリエイティブな一面をどう見つけるかという話です。それにラクガキを使うわけですが、「ちょっと待って、オレには絵心がないから」という声が上がるのを予期したように、「絵心は、誰にでもある」と著者は書いています。
「自分には絵心がないので」という人は、「自分はクリエイティブな人間ではないので」という人と重なります。世の中にクリエイティブでない人などなく、絵心のない人などいない、というのが著者の主張です。問題は、その方向に心が動くかどうかだけなのです。
著者は「創造力とは誰かを楽しませること」だと定義しています。楽しみには3つの段階があり、与えられる楽しみ、楽しみを見つける、誰かを楽しませるという順で高次元になっていきます。ということは、何かを楽しむことができる人は、そのうち誰かを楽しませる人になる、すなわち創造力を持つ可能性があるわけです。
第2章ではさまざまな演習でラクガキを仕事に使うためのテクニックをマスターします。いろいろな表情を描く、5つの基本形でアイコンを描く、矢印を使った基本の表現、きれいに見せる4つの原則、色ペンを効果的に使う…。いろいろなテクニックが学べます。
第3章は意識や視点を変えてものを見るトレーニングです。著者の作例であるラクガキの議事録が笑えます。
第4章はアイデア出しの方法です。Q&A、組み合わせ、分割、因数分解、アイデアスケッチなどが紹介されています。
第5章は「とにかくやってみる」。スパイラルマップの使い方やラクガキを使ったプレゼンテーションが出てきます。
そして最終の第6章。チームでの活動でいかにラクガキを使うかが紹介されます。ラクガキ自己紹介やラクガキアイスブレイクなど。ラクガキディスカッションというのもあります。
付録はコピーして使えるラクガキフォーマット集。著者の言う通りにやってみようという人には役に立ちます。
「もしかしたら今の自分よりちょっと表現力が増すかも」と思わせてくれる1冊です。