オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

“トークの帝王”ラリー・キングの 伝え方の極意

ラリー・キング・著 ディスカヴァー・トゥエンティワン・刊

1,500円 (税別)

みなさんは「ラリー・キング・ライブ」という、かつてCNNの看板番組だったトーク番組をご存じでしょうか。すでに2010年に放送を終えているので、若い方はもしかするとご存じないかもしれません。

1985年の放送開始から2010年までの25年間、平日の夜に毎日1時間放送され、「アメリカ版『徹子の部屋』」と表現されたこともありますが、それはこの番組のすごさを充分に表現しているとは言えません。

なにしろ、アメリカの歴代大統領や世界の指導者、超有名人物などが毎晩登場し、司会者であるラリー・キングの厳しくも当を得た質問のシャワーを浴びせられるのですから。そのことから視聴者とゲストの両方から信頼され、「他の番組なら出ないが、『ラリー・キング・ライブ』だから出た」というゲストも多数いました。

ちなみに、少し前のニュースを独占していたヒラリー・クリントンとドナルド・トランプも過去に出演しています。日本人では、大前研一、小錦、デーモン小暮、渡辺謙、豊田章男といった人たちの名前が残っています。

本書はそんなお化けトーク番組の「顔」を25年間続けてきたラリー・キング自身による、「伝え方」の本です。どんな内容であるかをご紹介する前に、本書に寄せられた「推薦の声」を引用してみましょう。

「これほど的確で実用的なアドバイスが詰まった本を手にしたのは初めてだ。コミュニケーションは必要不可欠なスキル。ラリーがもう少し早くこの本を書いてくれたら、私のキャリアは違ったものになったかもしれない」ダン・ラザー(ニュースキャスター、ジャーナリスト)

「ラリー・キングはコミュニケーションの達人だ。彼が教える方法は、誰もが学ぶべき大原則である」ヘンリー・キッシンジャー(元国務長官、国際政治学者)

「核心を突いている。役に立つ情報が満載の素晴らしい本だ」トミー・ラソーダ(元ドジャース監督)

著者ラリー・キングは、1933年ニューヨーク州ブルックリン生まれ。1950年代にフロリダ州のラジオ局WAHRに雑用係として雇われましたが、アナウンサーに欠員が出たため、DJとしてデビュー。その番組が評判となり、1960年にABCネットワーク傘下のテレビ局で討論番組のホストを務めます。そして、1985年から「ラリー・キング・ライブ」が始まるわけです。

「ラリー・キング・ライブ」は毎日1時間放送する番組です。ということは、ラリー・キングは毎日、もしかすると初対面の人と1時間、自分が主導で会話をもたせる必要があり、しかもその会話の内容は、視聴者が知りたがっていること、興味を持ってもらえることでなければならないわけです。

これは、なかなか厳しいことではないでしょうか。同じくもう終わってしまいましたが、「笑っていいとも」の「テレホンショッキング」が毎日1時間だったとしたら、タモリはどのくらい大変だったかを想像すればわかるでしょう。

それでは、目次を紹介します。
・はじめに−−「伝え方」は誰でも身につけられる
・第1章 いつ、誰にでも通用する「たった1つの大原則」
・第2章 会話の達人に学ぶ「8つの習慣」
・第3章 初対面でも緊張しない「会話の続け方」
・第4章 パーティで気後れしない「社交の会話術」
・第5章 仕事で結果を出す「ビジネス会話術」
・第6章 聞き手を魅了する「達人のスピーチ術」
・第7章 達人の一歩先へ!「スピーチ術・上級編」
・第8章 番組史上「最高のゲスト」「最悪のゲスト」は?
・第9章 テレビ・ラジオで生き残る「メディアでの話し方」
・最後に−−「伝えること」の未来について

本書に対して、まだ読んでいない人はこう思うかもしれません。
「どうせ“トークの帝王”だの“マイクの名匠”だのと祭り上げられている達人が、上から目線でああしろ、こうしろと書いているんだろう」と。
そう思っている人のために、第1章に書かれているエピソードを紹介します。ラリーのラジオデビューの日の失敗談です。

1957年4月。ラリーはマイアミ・ビーチのWAHRという小さなラジオ局でうろうろしていました。ラジオの世界に入り込みたくて、雑用を引き受けながらチャンスが来るのを待っていたからです。マーシャル・シモンズという局長はラリーの声を気に入ってくれていましたが、仕事の空きはありませんでした。

そんなある日、午前を担当していたDJが突然仕事を辞めることになりました。シモンズ局長はラリーを部屋に呼んで「月曜の朝から、午前中のDJを担当しろ。ついでに午後はニュースとスポーツをやれ。週給55ドルだ」と言い渡しました。

そして5月1日月曜日。ラリーは緊張で喉と口がからからになりながら、番組の始まりを待っていました。その直前、シモンズ局長は「ラリー・キング」という芸名をつけてくれました。机にあった新聞に「キング・リカー」の広告があったからです。

定刻9時。ラリーはレコードに針を落とし、しばらくするとボリュームを下げ、トークを始めようとします。しかし、何の言葉も浮かんできませんでした。仕方がないのでまたボリュームを上げて音楽を流します。もう一度、ボリュームを下げてトークのやり直し。しかし、まだ言葉が出ません。それが3回繰り返されました。

ドアを蹴り開けてシモンズ局長が入ってくると、ラリーを怒鳴りつけます。
「お前の仕事はしゃべることだぞ!」
そしてドアを叩き付けてスタジオを出て行きました。
その瞬間、ラリーの心にスイッチが入りました。

「グッドモーニング。今日が私のラジオデビューです。ラジオ出演が私の夢でした。この週末はずっと練習していたんですよ。15分前には新しい名前をもらいました。テーマソングも準備しました。でも私の口はカラカラなんです。緊張してしまって……。たった今、局長がドアを蹴り開けて『お前の仕事はしゃべることだぞ』と怒鳴って出ていきました」

なんとかそれだけのことを口にすると、トークを続ける度胸が湧いてきたそうです。そして、その日以来、ラリーがラジオで緊張したことはありませんでした。
このことが第1章でラリーが伝えたかった「たった1つの大原則」。すなわち、「自分らしく、正直に」ということです。

自分を飾ろう、良く見えるように工夫しようという考えは、うまくいきません。「自分らしく、正直に、自分が体験していることや自分が感じていることを正直に話し、相手と共有する」。それが伝え方の極意の大原則です。

以下、「なるほど」と思わせる内容がいっぱいですが、それは手に取って確かめてみてください。


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