本書は、NTT東日本のホームページ「経営力向上ラボ」で連載されていたコンテンツに大幅に加筆修正し、さらに新項目を加えてまとめたものです。もともとの連載は13回でしたから、倍増したことになります。
そのときの装画を担当した日本画家・中村麻美さんが、本書の表紙と章扉を飾っていますが、驚いたのは全8章の扉がすべてカラーであること。本文は1色印刷なので、そこだけ目立ちます。
じつは本の印刷は16ページ(8ページ、32ページの場合もあります)を一度に両面印刷し、それを折って「折丁」を作り、折丁を重ねて製本するという工程で作られているため、任意のページだけをカラーにするということができません。
このため基本1色の本にカラーページを追加する場合は、巻頭か巻末にカラー印刷した折丁を加えるか、本文の折丁の間に表裏2ページのカラーページを加えるしか方法がないのです。あえていえばオールカラーで印刷するが、色のついた部分以外は1色で表現するというぜいたくな手法でしょうか。
本書のカラーページは、P13、P55、P85、P125、P151、P177、P201、P225と、折の継ぎ目ではありません。総ページ数が256なので、16ページ折が16と、途中に別紙を挿入した様子もありません。つまりは本書はオールカラーで印刷された本ということになります。オールカラーになると原価が高騰しますが、それで定価が1,600円なのですから、なかなか大胆な価格設定です。
日経BPという会社はそういうことをやるところで、昔「日経パソコン」誌を眺めていて、カラーページなのに色がついているのが小さな顔写真だけということに気がつき、編集部で回覧して話題にしたことがあります。
さて、そんな専門的な業界話はさておき、著者を紹介しなければなりません。
著者の加来耕三氏は1958年大阪市生まれの歴史家・作家です。奈良大学文学部史学科を卒業後、研究員として大学に2年間残り、執筆活動に入りました。執筆のほか、講演やテレビ出演も行っており、知名度の高い人です。
「加来耕三」というのはペンネームですが、別のペンネームでテレビアニメの原作者やマンガ評論家としても活動しており、さらに古流剣術の免許皆伝、合気道四段であるだけでなく、江戸時代に全国に広まっていた東軍流剣術の宗家を継いでいます。
著者の執筆テーマは、「歴史的に正しく評価されていない人物や組織の復権」です。本書はビジネスマンを対象に企業経営に役立つように書かれていますが、読み進めていくと随所にそのテーマを感じさせられます。
それでは、いつものように目次を紹介しましょう。
本当は1項目の文章がもっと長いのですが、コンパクトにするために一部省略しています。
◇第一章 天下取りを逃した傑物
・本音を漏らしたための大失敗…黒田官兵衛
・理念先行が実利主義に敗れるとき…石田三成
・才能より信頼…真田幸村
・攻める事業も継続は簡単でない…曹操
◇第二章 部下や身内の心を読めなかった天才
・優秀ゆえの近視眼…太田道灌
・切れすぎるリーダーの悲劇…上杉謙信
・身内の敵に気付かなかったミス…織田信長
◇第三章 分をわきまえられなかった逸材
・成果への固執…源義経
・最後は身体…豊臣秀吉
・絶好のチャンスも先がなくては生かせない…明智光秀
・目的が中途半端さゆえの過ち…韓信
◇第四章 後継リーダーを育てられなかった名将
・孫かわいさに教育を怠ったその末路…尼子経久
・甲斐源氏嫡流、武田氏滅亡の主因…武田信玄
・孫では間に合わない…長宗我部元親
◇第五章 思い込みを省みない一徹者
・多勢が勝つの思い込み…今川義元
・新たな時代到来の不覚…柴田勝家
・"中立"はなかった…河井継之助
◇第六章 現状に甘んじたふがいなさ
・気働きができなかった報い…佐久間信盛
・先代が残した最強の城も無力化…豊臣秀頼
・セキュリティーを怠ることの恐怖…徳川慶喜
◇第七章 時代に翻弄された瞑想者
・選択肢はもうなかった…千利休
・時代を変えながら時代に呑まれる…西郷隆盛
◇第八章 失敗で問われる「学ぶ」姿勢
・関ヶ原を制した導因…徳川家康
・失敗後も情勢を察知しチャンスを待つ…立花宗茂
・失敗に学び時代を先取り…石川丈山
第一章は能力のある人が陥りがちな「才に溺れる」ことの失敗です。そのまま順調に階段を登っていけばもっと上に行けたはずの人たちが何でつまずいたかを教えてくれます。
最初に登場する黒田官兵衛は、竹中半兵衞と並ぶ豊臣秀吉の名軍師です。福岡藩の藩祖であり、信長、秀吉、家康の三英傑に重用されたことでもその才能がわかります。
しかし頭が切れることは時として上司を恐れさせます。本能寺の変を知り、信長の死を嘆くばかりの秀吉に対して「今なら天下を取れる」と指摘した冷酷とも言える官兵衛の頭脳は、秀吉に一抹の不安を与えます。部下は上司にそういう思いを抱かせてはいけないという教訓となる逸話です。
第二章は、周囲の人の心が読めないために起きる失敗を挙げています。江戸城を築城した太田道灌は、その気になれば関東一円を支配できるほどの才能のある人でしたが、周りから妬まれていることに鈍感でした。天才軍略家の上杉謙信は、自分と同じように物事を見通すことのできない部下に対して、説明、説得する労を惜しみました。
第三章は、自分の置かれた立場をよくわきまえることができなかった英雄たちの悲劇を語っています。豊臣秀吉がもう少し早くから自分の健康に留意して、豊臣家の安泰を考えていたら、徳川の政権はできなかったかもしれないと著者は言います。
第四章は、今の中小企業を悩ませている「後継者問題」です。強大な権力を誇った覇者も、良い後継者に恵まれなければ一代で終わってしまいます。中国地方を制圧した尼子経久も、後継者になる孫の教育を怠ったために毛利元就に滅ぼされてしまいました。武田家は信玄の後継者である信繁が川中島の合戦で戦死したことが滅亡の原因であると著者は指摘しています。
第五章は「思い込み」で時代の流れに逆らって滅亡した人々を描いています。企業経営でも成功体験などによる思い込みが致命的な判断ミスを招くことがあります。圧倒的な武力の差にあぐらをかいた今川義元は、あっけなく桶狭間で死んでしまいました。
第六章は「一歩踏み出して打って出る」ことの大事さを示しています。せっかく親が残してくれた天下の名城も、堀を埋めてしまえば難攻不落ではなくなります。それがわからなかった時点で、豊臣家の終焉は見えていました。
第七章は、時の流れに翻弄され、選択肢がなくなってしまった人物の悲哀を描いています。武士ではなかったのに切腹を選択した千利休、明治維新の立役者であったのに逆賊の汚名を着せられた西郷隆盛。読み進むと、彼らが追い詰められていく様子がよく理解できます。
最後の第八章は、失敗の中における「学び」の大切さを説いています。徳川家康は生涯最大の大敗であった三方ヶ原の戦いで命からがら逃げ帰り、その情けない姿を絵に残して戒めとしたといわれます。そのときの敗因をよく研究し、関ヶ原ではそれを応用して西軍をつり出すことに成功しました。
逆に言えば、石田三成が家康のことをよく知っていれば、大垣城からつり出されることはなく、関ヶ原が合戦場になることはなかったでしょう。東軍と西軍は睨み合いとなり、あっさりと徳川政権が生まれることもなかったかもしれません。
歴史に「たら」「れば」は禁句なのかもしれませんが、学びの材料としては縦横無尽に利用して、経営や人生に役立てたいですね。