最近のビジネス書は、どんどんシンプルな表紙になっていきます。
書店の平台(本を寝かせて陳列する書店内の一等地)に並んでいる本を見ると、白地に黒の太い文字でタイトルが印刷された本ばかりが目立ちます。
おそらく、最近のベストセラーにその手の表紙の本がいくつかあるので、編集者たちがそれにあやかろうとデザイナーに注文を出すからでしょう。さらに、売れた本のデザイナーに仕事が殺到する傾向もあります。
本書もぱっと見は同じ系統のデザインと思えます。でも、よく見ると白地ではなくグレーの紙に黒の文字が印刷されています。帯も同じグレーの紙に黒一色の印刷。
そしてカバーを外してみると、本表紙(カバーの下にある本当の表紙。たいていは地味な印刷、デザイン)もグレーの紙に黒の文字。ただしこちらは大きな太文字ではなく、小さくデザインされています。
表紙をめくった見返し(表紙と本文をつなぐ役目の紙。多くは色紙)は、その次の別丁扉(本文とは別の用紙を使った扉ページ)と同じ紺の紙。そして扉の文字は本表紙と同じデザインでタイトルが印刷されていますが、インクの色は銀。
ここまで見ていくと、派手ではないけれど、非常に凝ったブックデザインであることがわかります。そして、それを意外な角度から検証した記事があることを発見しました。
http://bit.ly/2v6JszK
これはピースオブケイクが運営するnoteという作品配信サイトで発表された論考で、著者は伊藤太一というプロダクトデザイナーです。何が書かれているのかというと、本書の表紙に使われているフォントが何であるかの探求談です。
タイトルに使われている「を」の書体のユニークさに着目していろいろなフォントを調べた結果、たどり着いたのはデジタルフォントではなく写植文字。なんとアナログの書体をアウトライン化して使っていたのでした。さらに、一部の文字は角度を変えたりしていじっています。
その探求の熱心さにも驚きましたが、すごいのは本書のブックデザイナーに連絡をとり、自分の探求が正しいかどうかを確かめたこと。なんと、すべて正解でした。本書の著者や担当編集者も、このnoteの記事を引用して褒め称えています。
脱線が続きましたが、ここらで本書の内容に話を戻しましょう。
著者の田中泰延氏は1969年大阪生まれ。電通で24年間コピーライターとして働いた後、独立。現在はフリーライターとしてインターネット上で活動しています。本書が最初の著書だそうです。
「はじめに」で、著者はこう言っています。
「自分がおもしろくもない文章を、他人が読んでおもしろいわけがない。だから自分が読みたいものを書く。それが『読者としての文章術』だ」
これは私も同感ですが、文章がなかなか上達しない人がハマる罠は、「書きたいことを書いてしまう」ことです。自分の中の圧力に従って書きまくった結果、誰も読んでくれない文章が量産されてしまいます。
人に読んでもらえる文章は、まず相手が読みたくなる文章でなければなりません。でも、読心術者でない身としては、不特定多数の読者の心を察知するわけにはいきません。だから、自分が読みたいものを書く。それが本書のテーマです。
そして本書の特徴は、上質のエッセイのような読みやすさと楽しさがあることです。意表を突いた変化球のような比喩やクスリとさせられるユーモア。文字量も少なめなので、早ければ1日で、遅くとも2日で読み終えてしまうことができます。
「序章」で著者は、世に溢れる「文章読本」をこう評しています。
「『文章力向上72のステップ』などという本を見ると、気が遠くなる。だいたい、いつまでステップしているのか。いい加減にホップをするなり、ジャンプをしてはどうか」
「『文章を書くための100の法則』などという本まである。そんなに法則を覚えられる記憶力があるなら、司法試験を受けて弁護士にでもなるほうがよっぽどいいと思うのだが、あなた、どう思いますか」
「また、世に出回る文章術の本には『おまえがまず文章を習え』と言いたくなるような読みにくい本がある。ものすごく太った人が出すダイエット本のような、有無を言わせぬ迫力がある」
同じく「序章」には、本書の編集者が著者に執筆を依頼したメールが全文掲載されています。これはとても珍しいことです。すばらしい熱量のこもったメールなので、少し引用してみましょう。
***
私は、「文章表現」をテーマにした書籍作りを
編集者としてのライフワークにすると決めているのですが、
「文章が伝わらない」と悩む人は、今、とても多いです。
その大きな原因の1つは、「書き手が嘘をついていること」
にあるのではないかと、最近感じ始めています。
私が考える「嘘」とは、あからさまに悪意のあるものだけでなく、
「本当に思っていないことを書く」
「他人から借りてきた言葉をそのまま使う」
「その対象に愛がないのに紹介する」などを含みます。
(中略)
田中さんならば、
嘘をついてしまう構造や、嘘のデメリット、
正直に語る意味と方法を明らかにしていただける、
と思い、ご依頼さし上げる次第です。
***
「第1章」で著者は「ネットで読まれている文章の9割は『随筆』」と断言しています。そして著者によれば「随筆」は「書きたい人がいて、読む人がいる文章のボリュームゾーン」なのだそうです。
著者は「随筆」の定義を「事象と心象が交わるところに生まれる文章」としています。事象とは世の中のあらゆるモノ、コト、ヒト。心象とは、それに触れて心が動いた様子です。事象を中心に書かれた文章が報道やルポルタージュで、心象がメインの記述が小説や詩です。
「事象と心象が交わるところに生まれる文章」という言い方は固いですが、映画評も、商品紹介の文章も、Facebookの日記も、みなこの範疇に属します。ファクトを芯にして書き手の感想でそれをくるみ、読者の心に何かの反応を起こさせようと期待して書かれる文章だからです。
そして著者は文章を書くときの心構えとして、次のことを挙げています。
「定義をはっきりさせよう」
「ことばを疑うことから始める」
「ターゲットなど想定しなくていい」
「だれかがもう書いているなら読み手でいよう」
「つまらない人間とは『自分の内面を語る人』」
「物書きは『調べる』が9割9分5厘6毛」
「一次資料に当たる」
「感動が中心になければ書く意味がない」
「思考の過程を披露する」
「『起承転結』でいい」
「おわりに」にで著者はこんな言葉を載せています。
***
私のこの本を読んで、事象に触れたら調べてみよう、そして生じた心象について自分も書いてみよう、と思った人がいたら、まずは自分が読んでおもしろいと思えるものを書いてみてほしい。自分が何度も読んで、過不足なく、なにかが書けたと思ったら、ぜひどこかに発表してほしい。いまは、ネット上に自分の文章を載せるスペースは無限にある。わたしはあなたの書いたものを読んで、おもしろがってみたい。感想を述べてみたい。寂しい人生を別々にだが、どこかで一緒に歩いている仲間としてつながってみたい。
***
最後に本書の目次を紹介しておきます。
・はじめに 自分のために書くということ
・序章 なんのために書いたか
書いたのに読んでもらえないあなたへ
付録1 田中泰延が書いた記事10選
・第1章 なにを書くのか
その1 文書と文章は違うことを知っておく
その2 ネットで読まれている文章の9割は「随筆」
その3 書く文章の「分野」を知っておく
その4 定義をはっきりさせよう
その5 ことばを疑うことから始める
文章術コラム1 広告の書き方
・第2章 だれに書くのか
その1 ターゲットなど想定しなくていい
その2 だれかがもう書いているなら読み手でいよう
その3 承認欲求を満たすのに「書く」は割に合わない
その4 何を書いたかよりも誰が書いたか
その5 他人の人生を生きてはいけない
文章術コラム2 履歴書の書き方
・第3章 どう書くのか
その1 つまらない人間とは「自分の内面を語る人」
その2 物書きは「調べる」が9割9分5厘6毛
その3 一次資料に当たる
その4 どこで調べるか
その5 巨人の肩に乗る
その6 感動が中心になければ書く意味がない
その7 思考の過程を披露する
その8 「起承転結」でいい
文章術コラム3 書くために読むといい本
・第4章 なぜ書くのか
その1 書くことは世界を狭くすることだ
その2 貨幣と言語は同じもの
その3 書くことはたった一人のベンチャー起業
その4 文字がそこへ連れてゆく
その5 書くことは生き方の問題である
付録2 田中泰延について書かれた記事5選+おまけ
・おわりに いつ書くのか。どこで書くのか。
自分の文章を「もう少し改善したい」と思う人すべてに読んでいただきたい1冊です。