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ドラえもんを本気でつくる

大澤正彦・著 PHP新書・刊

880円 (税別)

タイトルだけ見ると、趣味の本かオタク的内容の本と思えるかもしれませんが、本書は日本が負け続けているAIの世界で、「日本ならでは」の分野があることを教えてくれるものです。分野としては工学的な要素は少なく、心理学や認知科学が大きなかかわりをもってきます。

日本がAIの分野でアメリカの後塵を拝していることは、誰もがよく知っていることです。中国にも大きな遅れをとっている可能性があります。著者はそのことを「相手が作った土俵で戦おうとしているのだから、負けるのは当たり前」と評しています。今から先行組と同じようなことをしても、勝てる可能性はないでしょう。

ではどこに日本の勝機があるのか。著者は「HAI」の世界だといいます。HAIとは「High AI」などではなくて、「Human-Agent Interaction」の略で、人と深く関わるためのAI技術を意味しています。

たとえば、今のAIで代表的な技術であるディープラーニングは、人間と関わることが苦手です。機会が勝手にデータを集めて学習するほうが、圧倒的に効率がいいからです。ですからディープラーニングはどんどん人との接点をなくす方向に進化しています。

でもそれは、人類の幸福に貢献することができるのでしょうか。たとえば、グーグルがAIを使って写真に自動でタグ付けをしたところ、黒人の写真に「ゴリラ」とタグ付けしてしまったという逸話があります。

また、マイクロソフトのAIチャットシステムは、差別語を連発するようになったためにサービスを停止するはめになったそうです。なぜそういうことが起きるのかというと、AIには人間と同じような認知システムが実装されていないからです。

ここで本書のタイトルに目を転じてみましょう。著者は「ドラえもんを本気でつくる」と言っています。このタイトルのどこにも、「AI」という言葉は出てきません。つまり、著者が目指しているのは「ドラえもん」であり、世界最高のAIを狙っているわけではないということです。

著者は慶應義塾大学大学院博士課程に在籍中の研究者兼学生です。東京工業大学附属科学技術高校を首席で卒業し、慶應義塾大学理工学部も首席で卒業したという秀才です。日本認知科学会「認知科学若手の会」代表を務め、人工知能学会学生編集委員、日本学術振興会特別研究員でもあります。

このプロフィールを見ると、本書にはむずかしい言葉が並んでいるのではないかと身構えてしまいますが、まったくそんなことはありません。むしろ文系の本よりもずっと読みやすく、数式などは皆無。図版も最小限しかありません。

そして本書のすみずみにまであふれているのは、著者のドラえもんに対する「愛」です。それもそのはず、著者は物心がつくかつかないかの時から、ドラえもんの大ファンであり、「いつかドラえもんをつくろう」ということが、人生のテーマだったのですから。

ではAIを極めることとドラえもんをつくることは何が違うのか。そのカギが、「HAI」です。それを説明するために、著者は「ゴミを集めるロボット」の例を挙げています。

AIの技術を尽くして最先端のゴミ集めロボットをつくろうとすると、コストが際限なく跳ね上がってしまいます。ゴミをゴミと判断するのはどうするのか、ゴミをきちんとつかむアームはどうつくるのか、人の邪魔にならないようにするアルゴリズムは、悪意を持って妨害してくる人間にどう対処するのか、などなどです。

著者の答えはこうです。
「ゴミ箱に似たデザインのロボットをつくり、ゴミらしきものを発見したら、その近くに行ってモジモジする」

そのしぐさが可愛ければ、周りの人がゴミを拾ってロボットの箱に入れてくれるかもしれません。可愛いしぐさをするロボットに悪意を持っていたずらを仕掛ける人は多くないでしょう。子どもがいたずらをすれば、周りの大人が注意してくれるかもしれません。

そして、AIの粋を尽くした完璧に近いゴミ集めロボットと、ゴミの近くでモジモジするロボットでは、コストが全然違うでしょう。しかし成果に違いがないのであれば、どちらがコストパフォーマンスが良いかは考えるまでもありません。しかも、モジモジするロボットは人間から人気を集めることもできます。

じつは、人の気持ち、感情を相手にする分野のAIについては、日本が世界のトップランナーだそうです。AI分野の論文数はアメリカが断トツですが、HAI分野の論文は半分が日本発。なぜそうなるのかというと、日本人は「人目を気にする」民族だからだそうです。

著者は「人目という言葉は英語にない」と言っています。日本人が他人との関わりをいつも意識しているからこそ、HAI分野の研究が進みやすいということでしょう。それに対して、欧米人がHAIを研究しようとすると、まず母国語にない概念を身につけるところから始めなければならないわけです。

ドラえもんといえば数々の「ひみつ道具」が有名ですが、著者はそれを実現しようと考えているわけではありません。のび太くんという典型的なダメな子にしっかりと向き合い、さまざまなふれあいを通じて幸せへと導いていく、そういう存在をつくり出そうとしているのです。

「OKグーグル」とか「アレクサ!」とか、「ヘイ! Siri」などの掛け声で知られた個人向けのAIエージェントですが、現在のレベルではできることは知れています。でも、HAIを使うとすごいことができるようになると著者は言います。

たとえば「イタコシステム」という技術では、エージェントがさまざまなデバイスに乗り移っていきます。PCからスマホ、家電製品、カーナビなど、身のまわりのいろいろなものに、自分の慣れ親しんだエージェントが乗り移り、一貫した反応を見せてくれるというのです。

これはまるで、どこにでも自分専用のドラえもんがついてくる状態ではないでしょうか。歩いて飛んで会話するドラえもんはすぐにはつくれなくても、今あるデバイスを乗っ取ってついてくるようにすることなら、できそうです。

ではここで、本書の目次を紹介しましょう。
・はじめに
・序章 人を幸せにする心をもった存在
・第1章 現在のAIはどこまでできるのか?
・第2章 ドラえもんはこうしてつくる
・第3章 ミニドラのようなロボットを、みんなで育てる
・第4章 仲間とつくるドラえもん
・第5章 HAIのテクノロジーが日本から世界へ

最後に著者はこう言っています。
「HAIが実装されたドラえもんロボットができれば、のび太とドラえもんのように、人間とロボットが協力し合うことで、よりよい社会をつくっていけます。ドラえもんが困っている人にとことん向き合ってくれることで、一人ひとりが幸せになり、それがスケールして広がっていきます。そんな未来像を描きながら、みなさんと一緒にドラえもんをつくっていければと思っています」

日本にもまだまだ世界をリードできる分野があると知ることは、つい下を向きがちな私たちに勇気を与えてくれます。それは、自分たち自身の強みを掘り起こす動機にもなると思います。


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