ホットケーキという食べ物を知らない人は、おそらくこのメルマガの読者には1人もおられないと思います。それほどポピュラーな食べ物ですが、ではみなさんは「ホットケーキの名店」をいくつご存じでしょうか。
ホットケーキをメニューに載せているファミリーレストランならともかく、個人店でホットケーキを名物にしているところは、じつは多くありません。なぜなら、商品として効率が悪いからです。
名前のとおり、ホットケーキは焼きたてを提供するスイーツです。しかしスーパーで安価なホットケーキミックスが売られているため、価格を高くすることがむずかしい商品でもあります。
作り置きのできないオーダーメイド商品で、しかも単価が安いとなれば、メニューに載せたくないお店が出てくることは理解できます。そして、ホットケーキは差別化がむずかしい商品でもあります。
本書は、グルメガイドとビジネス書という2つの性格を持つ本です。著者ははじめ、ホットケーキの名店を純粋にガイドする本を作ろうと考えていました。しかし取材を進めるうちに書きたいことがどんどん増えてしまい、下手をすると「二兎を追う者は一兎をも得ず」のことわざ通りになりそうな奇妙な本ができあがってしまいました。
なぜ東洋経済新報社の編集部がこの本を世に出したかというと、その奇妙な内容にビジネスの大切な教訓が含まれていることを感じ取ったからです。ありふれた商品でも磨き方次第で差別化することができ、うまくやれば海外からのお客様も獲得できる。そんなヒントが本書にはあります。
著者は国際的なコンサルタント会社の日本法人社長。有能なコンサルタントとして、数多くの企業で社外取締役を務めています。ベストセラーになった『新幹線お掃除の天使たち』(あさ出版)の著者といえば「ああ、あの本の!」と膝を打つ人もいるでしょう。
そのほかにも、『現場力を鍛える』『見える化』『現場論』『生きている会社、死んでいる会社』(東洋経済新報社)といったベストセラーがあります。
ここまで読んでも「たかがホットケーキの本だろう」と上から目線の人には、カバー裏表紙側に載っているエピソードをご紹介しましょう。
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ある朝、フロリダから来たという米国人の4人家族が、なんと黒塗りのハイヤーで板橋の大山にあるピノキオに乗りつけ、朝食代わりにホットケーキを食べていったというのです。彼らは楽しそうに談笑しながら、美味しそうにホットケーキを頬張り、待たせていたハイヤーで銀座の高級ホテルに戻っていったそうです。
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このエピソードが物語るのは、アメリカ人が日本に来る前にこの店の評判を知っていたこと、日本に来たら何を置いてもこの店でホットケーキを食べようと家族で決意していたこと、そしてこの店が彼らの期待を裏切らなかったことです。
おそらく彼らはSNSでこの体験を発信し、それを見た人たちがまたこの店を訪れるでしょう。そのことが日本国内で広まれば、この店の人気が衰えることはないでしょう。それだけの魅力が、ホットケーキにはあるということを著者は強調しています。
本書が2部構成であることはすでに書きました。Part1は「ホットケーキの名店探訪記」で、31店のホットケーキの名店が紹介されています。しかし、今回の書評ではこの部分には触れず、Part2の「ホットケーキの繁盛店から学ぶビジネスで成功するための10のヒント」のみを紹介したいと思います。Part1が読みたい人は、本書を買ってください。ちなみに、本書はオールカラー印刷で、お店の紹介記事には美味しそうなホットケーキの写真が載せられています。しかも、素人写真ではなくプロの撮影によるものです。空腹時に見てしまったら、絶対に後悔します。
本来、Part1で終わっていたはずの本書にPart2がある理由を、著者は次のように語っています。
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ホットケーキとビジネス――一見何の関係もないように見えます。私も最初はそう思っていました。しかし、ホットケーキの繁盛店を訪ね歩くうちに、それぞれのお店がさまざまな工夫を凝らし、数多くのお客さまに来店してもらい、喜んでもらっている様子を知るにつれ、「ホットケーキという食べ物にはビジネスで成功するためのとても大切なヒントが隠されている」ような気がしてきたのです。
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著者はビジネスで成功する上で最も大切なことを「差別化」と言っています。そして、自分たちの差別化がお客さまから支持され、すぐには真似されないものであることが重要であると指摘しています。
しかし多くの飲食店経営者は、ホットケーキが差別化できる商品とは考えません。そのために、ホットケーキは「ブルーオーシャン」となり、有名店の近くに競争相手がいない状態が保たれているわけです。著者の調査では首都圏に手作りホットケーキを出す個人店は40店舗ほどしかありません。人口4,000万人の市場にわずか40店。そしてみな繁盛店になっています。
著者は「ホットケーキの繁盛店から学ぶべき10のヒント」をまとめています。
(1)一見ありふれたものにこそチャンスはある
(2)真の差別化は「価値の複合化」から生まれる
(3)シンプルなものでもイノベーションは生み出せる
(4)真の差別化を生み出すには、試行錯誤が不可欠である
(5)お客さまの声は神の声
(6)損して得取れ
(7)口コミは最高のマーケティング
(8)立地の価値は「変数」である
(9)お客さま目線を忘れずに、進化を止めない
(10)本気で向き合い、心血を注ぐ
(1)の「一見ありふれたもの」の代表格がホットケーキでしょう。材料は小麦粉、ベーキングパウダー、卵、牛乳、砂糖くらいで、これらを混ぜ合わせて焼き、バターを塗ってシロップをかけるだけ。なかなか差別化の要素はなさそうに思えます。しかし、著者の紹介する繁盛店は「どこにもない味」で成功しています。
あるお店の店主はこう言っています。
「どこにでもある定番がめちゃめちゃ美味しかったら、必ず売れます」
これについて、著者はこう解説しています。
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私たちは「商品」と「味」を混同して考えがちです。商品がありふれているから、売れないのだと短絡的に思ってしまいます。しかし、本当にそうでしょうか。たとえ商品がありふれたものでも、味がありふれていなければ、売れるはずです。逆にいえば、売れないのは商品がありふれているからではなく、味がありふれているからなのかもしれません。
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(2)の「価値の複合化」は、組み合わせによって商品の価値を高めることを言っています。ホットケーキの繁盛店は、「わざわざ食べに行きたい」と思わせるだけの価値を生み出しています。その価値は「美味しい」だけでなく、「美しい」「値ごろ感」「レトロ感」などを組み合わせることによって、大きな個性になっています。
そして、それらの個性はお客さまの「コト消費」としての経験価値となり、SNSなどで拡散していきます。
最後に、本書の目次を紹介しましょう。
・はじめに
・プロローグ
・Part1 ホットケーキの名店探訪記
(1)昔ながらのクラシックにこだわる【下町エリア】の名店
(2)洗練された進化形モダンに挑戦する【都心エリア】の名店
(3)地元に根づきながら個性を追求する【住宅地エリア】の名店
(4)歴史ある街で独自性を磨く【神奈川エリア】の名店
(5)正統派を貫き、庶民に愛されつづける【関西】の名店
・Part2 ホットケーキの繁盛店から学ぶビジネスで成功するための10のヒント
1 ホットケーキにはビジネスのヒントが詰まっている
2 ホットケーキの繁盛店から学ぶべき10のヒント
競争戦略の視点【ヒント1】
競争戦略の視点【ヒント2】
競争戦略の視点【ヒント3】
現場力の視点【ヒント4】
マーケティングの視点【ヒント5】
マーケティングの視点【ヒント6】
マーケティングの視点【ヒント7】
マーケティングの視点【ヒント8】
経営理念の視点【ヒント9】
経営理念の視点【ヒント10】
ビジネスの勉強をしながら、食欲も刺激されるという「1冊で二度おいしい」本です。読み終わったら、ホットケーキが食べたくなりますよ。