帯の写真を見ると、「え? この人が元トラックドライバー?」と思ってしまいます。著者の橋本愛喜さんは現在はフリーライターで講演活動も盛んに行っていますが、経歴は「元工場経営者」「元日本語教師」そして「元トラックドライバー」。
金型加工工場経営者の娘として生まれ、「工場なんか継がない」と思っていたのに父親の急病で母親と2人で工場を切り盛りすることに。そして真っ先に選んだ仕事が、全国の得意先を回って金型の引き取りと納品をするトラックドライバーになることでした。
工場には4トンと10トンのトラックがありました。4トンは普通免許で乗れますが、著者が経験したことがないマニュアル車。運転台も高く、いきなり乗りこなすことができません。そこで「いつか10トンも乗ることがあるはず」と大型免許を取りに教習所に通い始めます。
しかし当時はガテン系女子などとても珍しい存在で、教習の時間はいつも教官に「なぜ私が大型免許を取ろうと思ったのか」と説明する時間となりました。待っている間も、運転している最中も、周囲から好奇の目が遠慮なく注がれます。
教習所で初めて乗った大型トラックは、不便のかたまりでした。小柄な著者は男性用に作られた運転席でのシート合わせやミラーの調整にまず苦労します。そして初めてのクラッチペダルとシフトレバーの操作。最初の運転ではエンストの嵐で10メートルしか動かすことができませんでした。
それでも努力の甲斐あって少しずつ動かせる距離は伸びていきましたが、最後まで著者を悩ませたのはブレーキでした。トラックに装備されているエアブレーキは、荷物満載のときに効くように作られているため、空荷で低速のときに乗用車の感覚で踏むと、激しくつんのめるように止まります。
教官からは「2ミリずつ踏んで」という信じられない注文が。この時期の著者はブレーキがトラウマで、会社にいる営業ドライバーたちが輝いて見えたそうです。
教習所では他の教習生にどんどん追い越されます。大型免許を取りにくる人たちはたいていすでに仕事で4トントラックを乗り回しているので、技術の習得が早いのです。でも仲良くなった教官たちに励まされ、ついに著者も大型免許を手にすることができました。
最初のうちは近場の得意先を中心に回ったため、歩行者や信号、細い道などに慣れなければならず、著者の運転技術は急速に向上していきます。高速道路を使って関西や上越地方の得意先に1日かけて往復できるようになるまで、さほど時間はかかりませんでした。
徐々に「一人前のトラックドライバー」になっていった著者ですが、同時にいろいろな顔見知りが増えていきます。ガソリンスタンドの店員、得意先で荷物の積み下ろしを手伝ってくれる作業員、トイレを借りるときに話しかけてくるコンビニのオーナー、さらにはサービスエリアでよく顔を合わせるトラックドライバーのおじさんたち。
そういうふれあいから、著者はトラックドライバーたちの心情を深く理解するようになります。彼らは仕事時間のほとんどを孤独で過ごすため、一匹狼型の人が多いのですが、その半面、人恋しさや寂しいという感情も秘めています。そのため仲間意識が強く、運転中に「グルチャ」と呼ばれる音声でのSNSグループトークで孤独を癒やしているのです。
トラックドライバーの仲間意識の強さは、一瞬すれちがっただけで知っているドライバーを認識できることにも表れています。「さっき○○あたりでスライドしましたね」とどこかで会ったときに声をかけ合うこともよくあります。ちなみに「スライド」とは無線用語ですが、トラックドライバーは「すれちがう」ことを指してそう言います。
同様に、交差点でもトラックドライバーの仲間意識を感じることができます。赤信号の交差点で乗用車が右折待ちをしていると、対向のトラックがパッシングをして行かせてくれることがあります。ほとんどの場合、右折の乗用車の後ろには大型トラックが並んでいます。待ってくれたトラックは、乗用車のためではなく、後続のトラックに親切にしているのです。
ここまでが第1章で、なぜ著者がトラックのことについて詳しいのかが説明されました。次の第2章では、元トラックドライバーだからわかる「トラックドライバーが理解してほしいと思っている点」について語られます。
まずトラックの分類です。トラックは大きく分けて「箱車」と「平ボディ」の2種類があります。箱車は宅配業者のトラックのような荷物を入れるアルミ製の荷室のあるトラックで、荷物の積み下ろしや荷物の保全に有利ですが、重心が高くなるのと横風に弱いため、横転のリスクがあります。
平ボディはクレーンで積み下ろしをする荷物を積む屋根のないトラックで、横風には比較的強いですが、荷崩れの危険があります。また、太いゴムで雨除けのシートをかけることがありますが、このゴムがとても劣化しやすく、切れて落下物になったり、荷崩れを誘発したりすることもあります。
そしてトラックの仲間に「トレーラー」があります。荷物部分が別の車両になっていて、「ヘッド」と呼ばれるエンジンと運転席のある部分で牽引するタイプの貨物車です。これはトラックよりも格段に運転が難しく、急ブレーキをかければ「ブラックアウト現象」を起こして曲がれなくなり、急ハンドルを切れば「ジャックナイフ現象」を起こしてヘッドと荷台が「くの字」になってしまったりします。
このようなトラックには「死角」がたくさんあります。運転台が高いため前方は見通せますが、すぐ目の前や斜め後ろは見えません。とくに斜め後ろにいるバイクや、止まっているときに車体のすぐ前で遊んでいる子どもには気づきにくくなります。最悪なのは左後方ですが、ここにすり抜けようとバイクがやってきます。もしトラックが対向車をよけようと少しでも左にハンドルを切ったら、すぐ巻き込み事故です。
多くのトラックドライバーの希望は、「普通自動車やバイクの運転者に、一度トラックの運転台に座ってもらい、どれだけ死角があるのかを経験してほしい」ということです。まったく見えてないと認識したら、トラックの左側をすり抜けるバイクはなくなるはずだということです。
死角のほかにも、トラックの罠はたくさんあります。「深視力」「内輪差」「リアオーバーハング」がその代表例です。深視力とは、対象物と障害物の距離を見て測る能力で、準中型以上の免許には深視力の検査があります。これがないと、トラックの後部から駐車場の壁までどのくらいの余裕があるのかがわかりません。しかし、天候や対象物の色や形によっては、この深視力がほとんどゼロになってしまうことがあります。
内輪差とは自動車が曲がるときに前輪と後輪の描く軌跡の差を指す言葉です。乗用車にも内輪差はありますが、全長の長いトラックはとくにこれが大きく、左折時などは対向車線に大きく頭を入れないと曲がれません。この操作が不足だと、真横にいるバイクを巻き込んだり、後輪が歩道に乗り上げてしまったりします。
リアオーバーハングとは、後輪から車体後部までのことを指す言葉で、乗用車では大した長さではありませんが、トラックはこれが大きいため、気をつけないと曲がるときに隣車線の自動車に車体後部をぶつけることがあります。トラックドライバーはこれを「ケツ振り」と呼びますが、隣車線にいる乗用車のサイドミラーを壊した経験のある人は多いといいます。
道路を移動しているものは自動車だけではありません。バイクや自転車、そして歩行者もいますが、トラックドライバーが「天敵」と思っているのが自転車です。自転車はトラックの死角に入りやすく、見えないことが多いものです。そして彼らのクラクションは「鈴」。トラックドライバーにはまったく聞こえません。
そして自転車は動きの予測がつきません。トラックの死角にみずから入り込んできて、ふらついたりよろけたりします。歩道を走っていた自転車が歩行者を避けようと、後ろを見ずに車道に飛び出してくることがあります。これは避けようがありません。
そして決定的なのが、彼らが交通法規を知らないことです。自転車は法規上では軽車両ですから、道路標識に従わなければなりませんが、自分が守らなければならないと思っていないため、何をするかわからないのです。著者は小学生が集団で自転車通学をするのに遭遇すると、すぐに人数を数えたそうです。交差点で発進するときは、人数を確認してからでないとトラックを動かせなかったといいます。
著者はよく「トラックが高速道路でノロノロ運転をしているのはなぜか」と聞かれるそうです。その答えのひとつは、「トラックは加速や減速をしないで一定の速度で走るほうが楽」だからです。トラックは重いため、発進加速に時間がかかりますし、燃料を大量に消費します。マニュアル車なので止まったり発進したりするたびにクラッチを踏み、シフトチェンジをしなければなりません。だから先の状況を見て一定速度で走ろうとするのです。
また大型トラックはエアブレーキですが、頻繁にブレーキを踏むとエアタンクが空になり、ブレーキがまったく効かなくなることがあります。そのためにはるか前方が赤信号だと、そこまで行って止まるよりノロノロ運転でブレーキを使わずに進もうと考えるのです。
乗用車の運転者は「高速道路で追い越し車線を低速で走り続けるトラックが邪魔」とよく言いますが、著者はそれにも理由があると説明しています。長距離を走るトラックにとって、わずかの速度の差でも大きな違いになるため、自分が走りたい速度より遅いトラックの後につくと、何とかしてそれを抜こうとします。しかし大型トラックには時速90kmのスピードリミッターがついているため、さっさと抜くことができません。「ノロノロ走りたいのではなく、ノロノロでしか走れないことを理解して」と著者は言います。
また、トラックの中には車間距離を大きく取って走っているものがあります。そこに割り込む乗用車が多いのですが、車間距離を大きく取っているのは、ブレーキ時の荷崩れを防ぐためです。荷崩れを起こして荷物が破損した場合、多くは運転者の責任になります。場合によっては億単位にもなる賠償金のことも考えながら、トラックは走っているというわけです。
ところで、トラックが路肩に駐車して、ドライバーが足をハンドルに上げて休んでいる姿を見たことがある人は多いと思いますが、あれはサボっているのではなく、時間調整をしているのだと著者は言います。トラックドライバーにとって荷物の破損の次に不名誉なのは定時配送を守れないことです。早着も延着も許されないため、指定時刻に荷物を届けるべく、あのようにして時間を潰しているわけです。ハンドルに足を乗せているのは、足の鬱血を解消してエコノミー症候群を防ぐためと、熟睡して寝坊しないための彼らの知恵です。
また、休憩中にエンジンをかけっぱなしにしているトラックが少なくありませんが、それにも理由があります。暑すぎる、寒すぎるなどの環境問題もありますが、冷蔵冷凍車などはエンジンを切ると荷物が腐ってしまいます。そしてトラックには排出ガス浄化装置がついていますが、定期的にスス焼きをしないとフィルターが詰まってしまいます。このスス焼きの最中はエンジンを切ることができません。
著者は「トラックステーションの少なさが、こうした苦情の原因だ」と言います。日本の物流の90%以上をトラックが占めているというのに、そして荷主は定時配送を厳格に要求してくるのに、日本全国にトラックが安心して休憩することができるトラックステーションは、たったの30か所ほどしかないのです。さらに、宿泊設備が併設されているところは、数えるほどしかありません。
本書にはこのメルマガの読者にとって耳の痛い話もあります。「トラックドライバーは送料無料という言葉が大嫌い」という項目です。「送料弊社負担」とか「送料込み」としてくれれば問題ないのに、送料無料と言われると自分たちの存在を消されたような気になるからです。
まだまだ興味深い記述がたくさんあるのですが、以下に目次を載せますので、気になったらぜひ読んでみてください。
・まえがき
・第1章 トラックに乗ると分かること
・第2章 態度が悪いのには理由がある
・第3章 トラックドライバーの人権問題
・第4章 高い運転席だから見えるあれこれ
・第5章 物流よ、変われ
・あとがき