「キングジム」という社名をご存じない人は、このメルマガ読者の中にはいらっしゃらないのではないでしょうか。「テプラ」や「ポメラ」、ファイル類などの事務機、事務用品を製造販売している大手文具メーカーです。
創業は1927年。名簿台帳「人名簿」を商品化してスタートしています。当時の社名は「名鑑堂」。現在の社名に変わったのは1961年のことで、事務(JIM)の王様(KING)になろうという創業者の意思を込めての社名でした。
ロゴマークは黒い縁の正方形の中が青く塗られたもの。棚に並んだファイルの背表紙でおなじみです。このブルーはキングジムのコーポレートカラーで、本書にも本表紙、章扉、刷り色(黒と青)に使われています。
表紙カバーの著者名や帯のマーキングには「テプラ」を連想させるデザインがなされています。また、本書に使われている写真は2色刷りの本によくあるモノクロ写真ではなく、黒と青の2色分解によるセミカラー印刷。これがすごくおしゃれです。思わず業界人必携の「網点ルーペ」で写真製版の様子を覗いてしまいました。
さて、本書の内容に入っていきましょう。著者はキングジム公式ツイッターの「中の人」、通称「キングジム姉さん」です。もともと広報部の社員だった著者は、2010年2月、上司の広報部長とともに社長室に呼び出されます。
「何か怒られるようなことをしたのか?」と戦々恐々でエレベーターに乗った2人。しかし、待っていたのは社長からの「ツイッターって、知ってる?」という謎の言葉でした。
続けて社長は、「1週間後に『ポメラ』の新商品発表会があるから、それまでに公式アカウントを立ち上げて」と業務命令を発します。著者が担当者に選ばれた理由は、「5人の広報部員の中で、ほかに適当な人物が見当たらなかったから」という点と、「社内ブログ」に社長に次いで書き込んでいた人間だったからという点。
著者はその日の会社帰りに大型書店に行き、参考書を買い込んで、徹夜で知識を詰め込みます。「#って何?」「RTの意味は?」など疑問は尽きません。そして、ツイッター素人の身で会社を代表して発信する立場になる緊張感。
2010年2月10日13時41分。記念すべき初ツイートが発信されました。
「こんにちは! キングジム公式twitter@kingjimです。#kingjim」
「本日より、キングジムに関する情報をマイペースにつぶやいていきますので、お気軽にフォローしてくださいね♪ #kingjim」
すると、すぐにリプライがつきました。
「#が全角になっている」
「それ、ハッシュタグになっていない」
そしてデビュー当日のうちに、フォロワー数は100に迫りました。2日で150、2か月目には1225人。
しかし、そこでフォロワーの伸びが止まってしまいました。著者は弱気になり、「もうすでに飽きられているのでは」「はたして、これは3年もつかどうか…」という思いを抱くようになります。
その時の著者による発信内容は、「新商品のお知らせ」を中心とする無難なものばかりでした。発信者の「無難」は、受信者の「退屈」だと、ここで著者は指摘しています。
どうすればよいかと迷った著者が参考にしたのは、キングジム社長のツイートでした。社長は趣味の「亀」に関する話題を毎日つぶやいていて、同好の人たちとの温かく居心地の良い関係を築いていました。
「そうか、コミュニケーションの入口は『共感』なのか」と気づいた著者は、「硬いイメージをもたれている企業であっても、ツイッターというカジュアルなツールを通せば、親しみやすさを出せる。そしてファンになってもらうことができる」という、与えられたミッションの核心を体得するに至ります。
しかし、どうすれば「共感」を得られるようなツイートができるのか、著者は悩みました。しかも、公式アカウント担当者はひとりぼっち。発信する内容のチェックもなく、自分の裁量ですべてやらなければなりません。上司のチェックを不要としたのは、「スピーディーでライブ感あふれるやり取りこそ、ツイッターの生命線だから」という社長の考えからです。
もちろん、最低限のルールはありました。宗教や政治など、人によって大きく価値観の違うトピックに関しては話題にしないこと、プロ野球やサッカーなど特定の団体を応援しないこと、1日に10ツイート程度は発信すること。そして「失敗してもいいからね」という社長のひと言が添えられていました。
こうして、著者は考えながら自分流のルール、ポリシーを構築していきます。
・目的は「キングジムを好きになってもらうこと」
・一度発言した内容は削除しない
・問題を指摘された場合は、ツイッター上で対応する
・目先の利益よりも「楽しんでもらうこと」「楽しむこと」
・生活者の気持ちになって役に立つ情報発信をする
・迷ったらストップ
・「ぱっと見10秒」でわかる工夫を
・専門用語は使わない
・ツイッターの上限140字でなく100字を上限に
・小学生でもわかる表現で
・メインの投稿は8~9時、12~13時、18~19時に
ある日、こんなツイートが購買者から投稿されました。
「今日、文房具屋で厚型ファイルを選ぶとき、キングジムとほかの会社で迷ったけど、キングジムのツイッターが面白いから、キングジムにした」
この当時のフォロワー数は約3200人。自分の仕事が成果につながることを知った著者にとって、このツイートは背中をぐいと押してくれるものでした。
そして開設1年後の2011年2月には5,000人を突破。翌年3月には1万人の大台を超します。そのタイミングで会社からツイッター運営のための予算がつき、プレゼントキャンペーンなどを実施することができるようになりました。
現在、著者の頭の中には、ひんぱんにリプライが届く約3,000名のフォロワーのアカウントが記憶されています。性別、趣味、語り口調などのプロファイルを知ることで、本当の知人のような存在になっています。
そのために、「毎日、違う人と会話しよう」と意識し、会話のキャッチボールは1回につき2、3往復まで。特定の人とだけ親しくして「内輪感」ができることを避けるためです。
「オープンで親しみやすい『近所の人』」を目指す著者にとって、理想のキャラクターは「サザエさん」に出てくる「伊佐坂ウキエ」です。礼儀正しくて、家族や隣人からも信頼されているしっかり者。流行に敏感でおしゃれさん。ふるまいは女性的だけれど、意外に男前でサバサバした人となり。距離感のとりかたが上手で、基本的に付かず離れず。しかし大変なときがあったら助け合う。そんなイメージが目標なのだそうです。
ではここで本書の目次を紹介しましょう。
・はじめに
・キングジム公式アカウント年表
・序章 キングジム公式アカウント、いざ出航
社長が放った「鶴の一声」と「亀の一言」
・第1章 キングジムを好きになってほしい
「中の人」として最初に考えたこと
・第2章 フォロワーと深くつながりたい
こんにちは、「近所のキングジムさん」です
・第3章 アカウントに「人格」が生まれた
「キングジムさん」が「姉さん」になったワケ
・第4章 PR担当者としての矜持
「広報×ツイッター」、二足のわらじの相乗効果
・第5章 想像もできない世界が待っていた
企業の垣根を超えた「つながり」
・おわりに
「はじめに」の後にある「年表」には、キングジム公式ツイッターの10年がまとめられています。
・2010年2月 運営開始
・2011年2月 フォロワー5,000人突破
・2012年3月 フォロワー1万人突破
・2013年6月 フォロワー3万人突破
・2014年1月 フォロワー5万人突破
・2015年10月 フォロワー10万人突破
・2016年5月 フォロワー15万人突破
・2017年3月 フォロワー20万人突破
・2017年11月 フォロワー25万人突破
・2018年10月 フォロワー30万人突破
・2019年10月 フォロワー35万人突破
・2020年2月 アカウント開設10周年
この間、他社の公式アカウントとの交流が増えていきます。テイストの似た運営をしているところとのお付き合いで、タニタやシャープ、セガとの交流がとくに濃厚になりました。それによってお互いのフォロワーが流れ込み、顧客層の拡大につながっています。
そのおかげで、単行本にもなったWeb漫画『シャープさんとタニタくん@』にもキャラクターとして登場することになりました。
そして「有名ツイート」が誕生します。「体育館の裏にお越しください」です。
発端はタカラトミーの中の人から送られてきた封書の宛名が「@kingjim姉様」となっていたことです。これを著者が写真に撮ってアップしたところ、井村屋の中の人が「正しい漢字はこう『姐』ですよ。」と。それに対する著者のリプライが「井村屋さん、放課後に体育館の裏にお越しください。」でした。
これ以降、「体育館裏」は「姉さん」を象徴するワードになり、フォロワーからは「体育館裏に呼ばれたらどうすればいいですか」「体育館の場所をおしえてください」といった質問が相次ぎました。
そのほかには、「押忍」ツイートが有名です。ある日、「30(金)発売っす→キングジム、机の上で場所をとらない機能性ペンケース「PACALI(パカリ)」タテオキ&ヨコオキ発売」とツイートして、すぐ間違いに気づき、2分後に「っす→です」と訂正したら…
「欲しいっす」「了解っす」「タテの方、購入するっす」とフォロワーからの怒濤の突っ込みが。さらにタニタの中の人まで「急に体育会系」と拍車をかけ、大喜利リプライになってしまいました。
他企業との交流はツイッター上にとどまらず、コラボ商品にも発展しました。最初は2013年にシャープの中の人「シャープさん」との間で実施した「プレゼント交換」でした。商品をお互いに送り合って、写真を投稿するというものでしたが、キングジムからは「ポメラ」、シャープからは「電子ノート」と「色が変えられるLED電球」をプレゼント。これにより、企業アカウントが他社の商品を紹介するというPR手法が生まれました。
そして東急ハンズとのコラボ商品「トラベル・オレッタ」は、ネットではわずか10分で完売、店頭でも2週間で売り切れるという好評ぶりでした。
さらに井村屋とのコラボで生まれたのが「あずきバーキングファイル」。両社のロングセラー商品である「あずきバー」と「キングファイル」を合体させたキャンペーン限定コラボ賞品で、あずきバーのバッケージデザインがファイルに印刷されています。限定100個のところになんと3万人もの応募者があったそうです。
2014年、著者はツイッターでの成果が会社に認められ、社長賞を授与されました。それまでの受賞者は開発や営業の部署から出ることが多く、間接部門である広報部の受賞は初めてのことだったといいます。
本書のタイトル「寄り添うツイッター」は、本書を読了して「これ以外にない」と感じる良いタイトルです。サブタイトルの「わたしがキングジムで10年運営してわかった『つながる作法』」も、本書の内容を的確に、簡潔に言い表しています。
本書を読んで、「専任担当が置ける規模の会社だから」とやっかみ半分で批判する人もいるかもしれませんが、お客さまに寄り添う姿勢は社長一人の会社でも重要なことです。この本にはビジネスにまつわる数多くのヒントが埋め込まれていると感じます。