本書はハードカバー120ページという「薄めの本」です。通常の書籍は200~250ページくらいですから、半分くらいの厚さといえます。つまりコロナ禍における緊急出版ということなのでしょう。2020年5月10日の初版発行で、私の持っているのは6月10日付けの第3刷です。
そのことについて、著者は「はじめに」でこう語っています。
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コロナショックという破壊的危機の時代を生き残る修羅場の経営術を、喫緊に共有するべきであるとの使命感から、私は、本書を約1週間で書き上げ、緊急出版することにした。
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なにが著者を駆り立てたかというと、コロナショックはまさに日本社会が大転換をせざるを得ない状況に襲いかかってきた最大の厄災であるからです。日本の企業は小から大まで「CX」すなわち「コーポレート・トランスフォーメーション」なしには生き残れない状況に追い詰められていました。
破壊的イノベーションによって産業アーキテクチャーの転換が続く時代、企業が生き残るためには、痛みを伴う大変換、つまり会社の基本的な形を根こそぎ変えてしまう必要があります。それが「CX」です。
今は「DX」すなわち「デジタル・トランスフォーメーション」が流行語ですが、それはデジタル化による部分的な業務改革でしかありません。本当の意味で生き残るためには、多大なストレスを克服して組織能力を進化させる必要があるわけです。そうしなければ、産業や事業が消えてしまうような劇的環境変化に持続的に対応できる企業に進化することができません。
簡単に言えば構造改革ですが、企業なり組織なりがそれを行うには大きなきっかけ、存亡の危機となるような強烈な体験が必要になります。今回のコロナショックは、そのチャンスであると著者は考えているわけです。
ここで著者の略歴を紹介します。1960年生まれ、東京大学法学部卒。在学中に司法試験に合格。スタンフォード大学経営学修士(MBO)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。カネボウなどを再建。解散後の2007年、IGPI(経営共創基盤)を設立。代表取締役CEO。数多くの企業の経営改革や成長支援に携わり、パナソニック社外取締役、東京電力ホールディングス社外取締役も務める。『AI経営で会社は甦る』(文藝春秋)など著書多数。
IGPIでの実績は、名前を出せる案件だけでも三井鉱山、カネボウ、ダイエー、ミサワホーム、JAL、東京電力、商工中金など多数あります。IGPIには200人の会社再生のプロが在籍し、危機の時代におけるリアル経営の舵取りをしています。
著者はコロナショックの切り抜け方として、まず生き残りを図り、次に危機が去った後に誰よりも早く反転攻勢に転じ、CXによる持続的成長を連鎖的に敢行すべきであると述べています。危機の克服や事業再生を引き金としてCXを展開することが、持続的成長につながるからです。
その考え方を端的に表しているのがカバー袖のコピーです。
「まずは、この修羅場を戦い抜け。ただし、未来を想像しながら――」
ただやみくもに生き残りを図るのではなく、近い未来、遠い将来を見すえて準備をせよというわけです。
著者は日本の戦後を「繁栄の30年、停滞の30年、コロナショックの後の30年」と見ています。今回の危機をチャンスとしてとらえ、抜本的な改革を経て成長機会をつかむことが、本書の読者につきつけられた課題ということです。
第1章は、「L→G→F 経済は3段階で重篤化する」です。Lはローカル、Gはグローバル、Fはファイナンシャルを意味しています。どういうことかというと、今回のコロナショックではまずローカルな経済圏の中堅・中小のサービス業が打撃を受け、次にグローバルな経済圏の世界展開している大企業とその関連の中小下請け企業へ経済縮小の大波が襲いかかります。その次は金融システムが傷んで金融危機が起きるという順序になります。
実際に、現在コロナ禍で最も打撃を受けているのは、観光、宿泊、エンターテイメント、飲食、日配・生活必需品以外の小売、住宅関連などのローカルなサービス産業です。これらの産業群は日本のGDPの約7割を占め、多くが中堅・中小企業。そこでは非正規社員やフリーターが多く働いています。
自動車や電機などのグローバル大企業では、当初中国からのサプライチェーンの問題が大きくクローズアップされましたが、それは単なる危機の序章に過ぎませんでした。これからやってくる急激な消費停滞による需要消滅、売上消滅が危機の本番です。
人は将来に不安を持ったときや生活がリアルに脅かされているときは、高価な耐久消費財を買いません。耐久消費財の需要のほとんどが買い替え需要ですから、みんなが「もう少しがまんしよう」と考えれば大きな買い控えになります。
このショックは企業の設備投資に波及し、IT投資や部品・材料を供給している企業にも影響します。トヨタのような超優良企業でも、手元現預金は売上の2か月分程度ですから、売上が大幅に落ち込むと、どんな大企業でも資金の枯渇を招きます。
そこに金融危機が重なると、パンデミックが終了して前向きの資金が必要になったときに、民間の金融機関が十分な信用創造機能を果たせず、経済回復の足を大きく引っ張る事態が考えられます。
第2章は「企業が、個人が、政府が生き残る鍵はこれだ」です。その冒頭で、著者は企業が手元資金を潤沢に持つことの重要性を指摘しています。手元の現預金はいざというときの酸素ボンベの役を果たすからです。
そして次に「修羅場の経営の心得」が列挙されています。
(1)想像力
最悪の想定を置き、最善の準備をせよ
(2)透明性
りそな再建の教訓:Bad Newsをあからさまにせよ、信用毀損をおそれるな
(3)現金残高
短期的なPL目標は本気で捨てろ。日繰りのキャッシュ管理がすべてだ
(4)捨てる覚悟
何を本当に残すか、迅速果断な「あれか、これか」の「トリアージ」経営を行え
(5)独断即決
戦時独裁ができるトップ、姿が見えるトップを選び、真の「プロ」を集めて即断即決、朝令暮改
(6)タフネス
DRAM産業(エルピーダ)喪失の教訓――手段に聖域を作るな、法的整理でさえ手段に過ぎない
(7)資本の名人
JAL再建の教訓――2種類の「お金」を用意せよ
(8)ネアカ
危機は、新たなビジネスチャンス! 「国民感情」に流されず投資や買収に打って出よ
以上の心得を裏返せば、そのまま「べからず」集になります。
・見たい現実を見る経営
・精神主義に頼る経営
・人望を気にする経営
・衆議に頼る経営
・敗戦時のアリバイ作りに走る経営
・現場主義の意味を取り違える経営
・情理に流される経営
・空気を読む経営
第3章は「危機で会社の『基礎疾患』があらわに」です。著者は現代を「約10年おきに『100年に一度の危機』が起きる時代」と表現しています。デジタル化とグローバル化でその危機の大きさはますます規模を大きくしていきます。
今回のコロナショックを乗り越えることができても、すぐに次の破壊的な危機がやってくるのなら、次は破綻の憂き目を見るかもしれません。そうならないためには、生産性、競争力、財務体力、経営力をつけ、持続性、サスティナビリティを高めておかなければなりません。
コロナでは基礎疾患を持っている人が重篤化しやすいことが知られています。企業経営も同様で、基礎疾患すなわち構造的な弱点を持っている企業は、危機を勝ち残ることがむずかしくなっています。
そして著者は「大企業の基礎疾患の核心は『古い日本的経営』病である」と断言しています。日本は30年間の繁栄の後で停滞の時期を迎えましたが、その原因は1990年ころに日本的経営とそれに連動する社会システムが耐用年数を迎えたことにありました。
それなのに、そこから30年も古い経営手法を引っ張り続けたところに、今の日本の病根があるわけです。
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試験偏差値の均質な学歴競争を経て、新卒一括採用で終身年功制のサラリーマンとなり、同質的、連続的、固定的なメンバーが一つの会社で集団的な改良的イノベーション力、オペレーショナルエクセレンスで延々と戦い続ける――この「日本的経営」を軸とした会社と社会と人生のモデルは、残念ながら今の時代には多くの産業と職種で成り立たなくなっており、実際どんどん壊れている。
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著者は昭和モードの古い日本的経営を令和モードに全面改訂しないと、平成30年間の負けパターンが今後も続くと予言しています。
一方で、小回りが利くはずの中堅・中小企業には「封建的経営病」という基礎疾患があると著者は指摘します。終身世襲制のオーナー一族と終身身分制の家臣団的サラリーマン集団は、大企業と同じような基礎疾患だからです。
そのような基礎疾患を排し、ピンチに強い会社にしていくためには、真に時代が求める価値、顧客が金を払ってくれる価値を不断に探索し、それを提供するために組織能力の変容を続けられる会社に進化するしかありません。松下幸之助の「好況よし、不況なおよし」の意味がそこにあります。
最後の第4章は「ポストコロナを見すえて」です。著者はここで、コロナショックがローカルとグローバルの両方に構造改革の好機をもたらすと述べています。
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今やGDPの7割を占めるが低い生産性と低賃金にあえぐL型の産業群。グローバルな大競争と破壊的イノベーションのダイナミズムに苦しむG型のグローバル大企業。それぞれにコロナショックは、これまでの停滞モード、衰退モードを大転換するきっかけとなりうるのだ。破壊的危機の終わりは破壊的イノベーションとの戦いの再開を意味する。Lの世界も、Gの世界も、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の波に押し流されるのではなく、今度こそそのエネルギーを自らの成長力、競争力、生産性の向上のドライバーにしなくてはならない。
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個人も組織も「変わる」ためには相当なショックが必要です。だからこそ、著者は今が好機と叫ぶのです。真の淘汰は危機時に始まり、危機時に決着するものだと著者は言います。そしてその流れはベンチャーの世界でも同じ。デジタル系ベンチャーブームの勝者は、コロナショックで決まるそうです。
コロナショックはZOOMのようなリモートワークツールを一気に普及させ、テレビ画面の主役を地上波からネット番組にシフトさせました。その流れはこれから医療、介護、教育、行政サービスへと進み、後戻りすることはないでしょう。
コロナショックでグローバル化にブレーキがかかるという説がありますが、著者はますますグローバル化が加速すると言います。観光バブルに近いオーバーツーリズムが見直されても、世界がますます小さくなることは続きます。
コロナショック後の世界は、ますますモノからコトへのシフトが進み、モノはコトを実現するための手段になるでしょう。直近ではリモートな方法でソリューションサービスを定期購買型で提供するビジネスが伸びていくと著者は予想しています。
本書を読んで痛感するのは、経営に王道はないということです。痛みをものともせずに変わる勇気を持つ企業と経営者だけが、コロナショックやその後の危機を乗り切ることができるのだということがよくわかりました。