値段を見て「高い本だな」と思った人には、まず本書が800ページ近い大著であることをお知らせしなければなりません。通常の240ページくらいの本が1,400円くらいであることを考えると、1ページ単価は本書のほうがはるかに安いといえます。
本のコストパフォーマンスを論じる場合は、ページ数よりも「中身」が重要ですが、本書はその点でも群を抜いています。英題が「セルフ・スタディー エンサイクロペディア」とあることでもわかるように、本書は独学に関する百科事典として成立していますから、「事典」にふさわしく、どのページも濃密です。
そしてこの枕になりそうな分厚い本を本日紹介しようと思ったのは、今回が年内最後の配信であり、みなさんにお正月休みを利用して厚い本に挑戦してもらいたいと思ったのと、9月28日に初版が発行されてからわずか2か月で、この大部な本が第7刷と増刷を繰り返しているからです。
一度に何部の増刷をしているかは、通常は出版社に聞かないとわかりません。そしてたいていは教えてくれません。が、本書の場合は著者がブログに書いているのでわかります。最初に初版6,000部で計画し、のちに9,000部に変更になったということです。
驚いたことに、発売日にネット書店と全国の大型書店で売り切れてしまい、発売当日に1万1,000部の増刷が決定、追って2刷1万部も決まりました。3刷以降も同様の部数で増刷され、本書はすでに10万部を記録しました。電子書籍版も1万部を超えているので、まちがいなくベストセラーと言えるでしょう。
著者の以前の本(『アイデア大全』『問題解決大全』ともにフォレスト出版)がロングセラーを記録していることを考えると、本書もこれから順調に増刷を繰り返すことが予想されます。それにしても、これほど内容の詰まった本を次々と上梓する著者の力量には驚かされます。
「読書猿」というペンネームでもわかるように、著者の具体的な姿は不明です。知られているのは「博覧強記のブロガー」であることだけ。昼間は組織人として働いているとプロフィールにあります。
プロフィールを読んで驚くのが、著者が以前は読書を大の苦手としていたということです。「本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた」というのは、普通の人よりもかなり「本が苦手」なレベルでしょう。
そんな著者が変わったのは、1997年にメルマガを始めたこと。苦手の克服と学びの共有を兼ねて始めたとのことです。それが発展して2008年にブログ「読書猿Classic」がスタート。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知をカテゴリーごとにまとめ、独自の視点で紹介しました。
現在も朝夕の通勤時間と週末を利用して独学に励んでいるそうです。
https://readingmonkey.blog.fc2.com
https://twitter.com/kurubushi_rm
さて、800ページ近い本をどう紹介するか悩みますが、本書は「事典」なので、まずは何が載っているかを説明し、次に使い方を解説するのが良さそうです。
まずは本書の要約ですが、それは著者自身がカバー袖でやってくれています。
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この本はあまり賢くなく、すぐに飽きるしあきらめてしまう人たちのために書かれた。独学の凡人である私には、これが精一杯である。しかし独学の達人が書いた本よりもきっと、繰り返し挫折し、しかしあきらめきれず、また学ぶことを再開したような、独学の凡人であるあなたの役に立つだろう。
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サブタイトルにある「55の技法」は、次のようなものです。
技法1 学びの動機付けマップ
技法2 可能の階梯
技法3 学習ルートマップ
技法4 1/100プランニング
技法5 2ミニッツ・スターター
技法6 行動記録表
技法7 グレー時間クレンジング
技法8 ポモドーロ・テクニック
技法9 逆説プランニング
技法10 習慣レバレッジ
技法11 行動デザインシート
技法12 ラーニングログ
技法13 ゲートキーパー
技法14 私淑
技法15 会読
技法16 カルテ・クセジュ
技法17 ラミのトポス
技法18 NDCトラバース
技法19 検索語みがき
技法20 シネクドキ探索
技法21 文献たぐりよせ
技法22 リサーチログ
技法23 事典
技法24 書誌
技法25 教科書
技法26 書籍探索
技法27 雑誌記事(論文)調査
技法28 目次マトリクス
技法29 引用マトリクス
技法30 要素マトリクス
技法31 タイム・スケール・マトリクス
技法32 四分割表
技法33 トゥールミン・モデル
技法34 転読
技法35 掬読
技法36 問読
技法37 限読
技法38 黙読
技法39 音読
技法40 指読
技法41 刻読
技法42 段落要約
技法43 筆写
技法44 注釈
技法45 鈴木式6分割ノート
技法46 レーニンノート
技法47 記憶法マッチング
技法48 PQRST法
技法49 プレマップ&ポストマップ
技法50 記憶術(ニーモニクス)
技法51 35ミニッツ・モジュール
技法52 シンクアラウド
技法53 わからないルートマップ
技法54 違う解き方
技法55 メタノート
上記のうちで、何が書いてあるのかが予想できた項目はいくつくらいあるでしょうか。それが少なければ少ないほど、本書を手許に置く必要度が高いと言えるでしょう。
ちなみに、本書は電子版よりも紙の本をおすすめします。一般的な百科事典は検索が容易な電子版やオンライン版が便利ですが、本書のテーマである「独学」に関しては、読者が適切な検索語を見つけられないケースが多いため、著者が用意した検索方法に頼るほうがいいからです。
その検索方法とは、巻末に貼り込まれた折り込みの「独学困りごと索引」です。
少し紹介します。
・この本の使い方がわからなかったら
・この本が分厚すぎて心が折れそうと思ったら
・なぜ学ぶのかと悩んだら
・怠け心が生まれたら
・自分の頭の悪さを嘆きたくなったら
・意志が弱くて挫折しそうになったら
・やる気が出なかったら
・ついつい先延ばししてしまうなら
・知りたいことをどうやって探せばいいかわからなかったら
・読むのが苦手なら
・情報の海に溺れたら
・事実かデマか迷ったら
・わからないことだらけで辛かったら
・わからなくて勉強をやめたくなったら
実際はこの倍以上の索引項目があります。それぞれに該当する技法の番号と掲載ページ数が付記されています。
ではまず、「この本の使い方がわからなかったら」で参照されている「本書の構成と取説」を見てみましょう。ここにはタテ軸とヨコ軸で「独学」の世界が表現されています。
タテ軸は時間の流れで、「発心」「資料収集」「読解」「記憶」「理解」という言葉が並んでいます。
ヨコ軸には図書館の分野別表記のように「総記」「哲学」「歴史」「社会」「自然」「工学」「産業」「芸術」「言語」「文学」という言葉が並んでいます。
このタテヨコが独学の世界のすべてです。分野が「独学の広がり」であり、時間が「独学の流れ」です。
そしてこの図の次のページにはこう書かれています。
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独学者は何を学ぶかを自分で決める者でもある。『大全』を名乗る以上、何を目指す独学者にも役立つことを目的としている。このため、本書では汎用性に重きを置き、どの分野・トピックを学ぶ場合にも共通して役立つ技法を中心に編成し、前のページの図の横軸(独学の〈広がり〉)に合わせた学習分野ごとの編成を取らなかった。
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本書は全体で4部構成となっています。
・第1部 これから独学に取り組む人のための技術
・第2部 独学者の外にある知識と出会うための技術
・第3部 知識を学び理解するための技術
・第4部 各技法を実際の独学の場面でどう使うかのケーススタディ
それぞれの部にはいくつかの章があり、各章の始めには「対話」が載せてあります。文章を読むのが苦手な人は、まず対話から読むことを著者は勧めています。ひとつの例を引用してみましょう。第1章の「志を立てる」の部分です。
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(前略)
無知くん もう独学を続けられそうにありません。心が折れました。
(中略)
親父さん やめようにもやめられないなら、挫折してもまた性懲りもなく始めてしまうなら、そこにお前さんの独学を動機付ける核があるんだろう。(中略)「にもかかわらず」なところを掘ってみろ。ネガティブな経験にもかかわらず、お前はなぜ学ぶことをあきらめなかったのか? 挫折しても中断しても再開してしまったのはなぜなのか?
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各章はこのような対話に続いて、1つまたは複数の技法が紹介、解説されています。したがって、本書は事典であるにもかかわらず、通読することも可能なようになっています。
それでは目次を紹介します。
・無知くんと親父さんの対話0 無知をどうにかしたいんです
・序文 まなぶことをあきらめられなかったすべての人々へ
・本書の構成と取説
・第1部 なぜ学ぶのかに立ち返ろう
・第1章 志を立てる
・第2章 目標を描く
・第3章 動機付けを高める
・第4章 時間を確保する
・第5章 継続する
・第6章 環境を作る
・第2部 何を学べばよいかを見つけよう
・第7章 知りたいことを発見する
・第8章 資料を探し出す
・第9章 知識への扉を使う
・第10章 集めた資料を整理する
・第11章 情報を吟味する
・第3部 どのように学べばよいかを知ろう
・第12章 読む
・第13章 覚える
・第14章 わからないを克服する
・第15章 自分の独学法を生み出す
・第4部 独学の「土台」を作ろう
・国語独学の骨法
・英語(外国語)独学の骨法
・数学独学の骨法
・あとがき
・索引
・写真提供、引用元一覧
・独学困りごと索引
第4部には「章」がなく、「無知くんと親父さんの対話」も「技法」の紹介もありませんが、外国語や数学は独学でマスターしようとした人にとっては大きな壁でしょう。著者は「英語(外国語)独学の骨法」を次のように構成しています。
1 ロンブ・カトーの分数式
2 挫折なき塗り壁式学習法
3 子ども辞典と事典はツールであり教材である
4 会話、スモールトークを超えて
ある独学者の記録 英語
ロンブ・カトーは大学で物理学と化学を学んだ後、生活のために11もの外国語を独学で学んで通訳になったハンガリーの女性です。この人が提唱している「分数式」が外国語を学ぶ時の法則であると著者は言います。
分母に抑制・阻害、分子に費やした時間+モチベーション。この分数が成果とイコールであるというのです。そこから導かれるのは、外国語の学習に必要なのは最善の方法ではなく、学習者のモチベーションを維持することです。
「塗り壁式学習法」とは、急な崖を登ろうとするのではなく、ゆるやかなスロープを上るように学習していく方法です。本人が焦れてしまうくらいゆっくりと、1冊のテキストを繰り返し学習します。
そして次に、子ども向けのやさしい辞書を通読します。だんだんと対象年齢を上げていけば、最後には大人向けの辞書が読めるようになるでしょう。
会話をマスターしたいなら、よく使われるフレーズが載っている教科書を学んで定石を記憶し、レトリックやパブリック・スピーチを扱った本を読んで自分の言いたいことが言えるレベルに引き上げます。
本書にはそれぞれに理想的な教科書が紹介されているので、著者の言う通りにトレースするだけで、かなりの効果が上げられるでしょう。
「ある独学者の記録」では、小説仕立ての英語に挑戦した人の記録が描かれています。著者自身のことなのかどうかはわかりませんが、プロフィールとショートストーリーに紹介された本書の技法、参考文献なども載っていて、実用的です。
本書は読む人を選ぶ本ですが、「もっと学びたい!」という欲求が強いという自覚があれば、ぜひ手許に置いておくべきでしょう。現在の装幀だと、ハードに使いこなせばボロボロになりそうなので、そのうちに百科事典と同じような頑丈な装幀となった「豪華保存版」が出るかもしれません。