出版元のCCCメディアハウスはその名の通り、TSUTAYAや徳間書店、主婦の友社、ネコ・パブリッシング、カメラのキタムラ、Tポイントなどを擁するカルチュア・コンビニエンス・クラブの子会社です。
出版社としての歴史は、1968年に設立された百科事典の出版社TBSブリタニカが発祥で、経営はTBS、サントリー、阪急と巡り、現在のCCCグループとなりました。
出版社として著名なのは雑誌で、「Pen」「FIGARO japon」「ニューズウィーク日本版」などが看板雑誌として知られています。
そして本書ですが、著者のピアーズ・スティールはカナダ・カルガリー大学ビジネススクール教授で先延ばしとモチベーション研究の第一人者と著者プロフィールにあります。先延ばしが研究対象になるのかと驚きますが、著者はミネソタ大学大学院でビジネスと心理学を研究し、博士号のテーマはずばり「先延ばし」だったそうです。
訳者の池村千秋は日経BP社やダイヤモンド社、CCCメディアハウスから多数の翻訳書を出している翻訳家です。
では本書の内容を帯まわりから見ていきましょう。
表1(業界用語で表紙のこと)帯にはこうあります。
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「ぐうたら癖」はDNAに書き込まれていた!? 原因がわかれば克服法もみえてくる
DNA解析、脳科学、進化生物学、心理学……膨大な研究をメタ分析、「先延ばし」を徹底的に解き明かす
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カバー袖の表2(表紙をめくった裏)側にはこうあります。
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先延ばし研究10年超の世界的権威が、人類永遠の課題をユーモアたっぷりに解き明かす!
先延ばしするかしないかを決める「心の方程式」を初公開!
方程式から導いた克服のための13の行動プラン
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そして著者は「はじめに」でこう語っています。
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研究社にとってリサーチとは、「ミー・サーチ」である場合が多い。科学者はたいてい、ミー(自分)に関する問題をサーチ(調査)するために研究に取り組む。私が先延ばし癖の持ち主の気持ちを理解できるのは、それが自分も身に覚えのある悩みだからだ。
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著者は、人生の長きに渡って、自分の先延ばし癖に苛立ち、歯がゆい思いをして生きてきました。涼しい顔でものごとをやり遂げる人を見るたびに、自分の駄目さ加減を思い知らされて、ふてくされ、筋違いの怒りを感じたといいます。
それが変わり始めたのは、心理学を勉強するようになってからでした。産業心理学、組織心理学という、職場における人間の行動と心理を科学的に研究する学問を専攻したことで、仕事の成果を向上させ、幸福感とやる気を増進させる方法を見つけたからです。
しかし、その道は平坦ではありませんでした。すでに先延ばし癖を研究した学術論文は、いろいろな言語で800本以上も発表されていて、そこには種々雑多な科学的手法とテクニックが用いられていました。それらをすべて読み解き、集約して仮説を導くのは至難の業です。
著者は「メタ分析」という手法を導入することで、その難関を突破しました。メタ分析とは、分析の分析とでもいうべきアプローチで、数学的な方法を用いて膨大な量の研究成果から共通の中核的要素を抽出するものです。著者はそのために専用のソフトウェアを開発して取り組みました。
それによって著者は次のような結論を得ました。
(1)先延ばしを生む原因の一端は、遺伝的要因、すなわち脳の構造にある
(2)現代社会の生活環境が原因で、先延ばし癖が深刻な流行病になっている
著者はこの2つの結論を簡単な数式にまとめ、「先延ばし方程式」と名付けます。そしてその方程式から、先延ばし癖を克服する方法を導き出しました。本書にはそれが紹介されています。
著者は「はじめに」の最後に、こう記しています。
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数時間かけて本書を読み終わったとき、時間の使い方(時間の無駄遣いの仕方、と言うべきかもしれないが)に関して、あなたが新しい視点を獲得していれば幸いだ。
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それでは目次を紹介しましょう。
・はじめに
・第1章 先延ばし人間の実像 逃避行動と衝動の関係は
・第2章 先延ばしの方程式 行動主義心理学が解き明かすタイプ別症状
・第3章 サボる脳のメカニズム 先延ばしの起源は9000年前だった
・第4章 現代社会は誘惑の巣窟 フェイスブック断ちが長続きしないわけ
・第5章 私たちが失うもの、悔やむもの キャリアも財産も健康も危ない
・第6章 企業と国家が払う代償 アメリカで1年間に生じる損失は10兆ドル
・第7章 自信喪失と自信過剰の最適バランス 「どうせ失敗する」を克服する
・第8章 やるべきことに価値を吹き込む 「課題が退屈」を克服する
・第9章 現在の衝動と未来のゴールを管理する 「誘惑に勝てない」を克服する
・第10章 さあ、先延ばしを克服しよう 必要なのは信じること
第1章に入ってすぐに「自己診断テスト」があります。9つの問いに1から5の段階で回答するようになっていて、1はほとんど、まったく該当しない、2はあまり該当しない、3は少し該当する、4は大いに該当する、5は非常に大いに該当する、です。
(1)合理的なレベルを超えて、ものごとを遅らせる
(2)やるべきことは、即座にやる
(3)もっと早く課題に手をつければよかったと、よく後悔する
(4)本当はよくないとわかっているのに、人生で先延ばしにしていることがある
(5)やるべきことがあれば、簡単な課題より先に、まずその課題に取り組む
(6)ものごとを先延ばししすぎた結果、不必要な不都合が生じたり、効率が悪化したりする
(7)もっと有効に時間を使えるはずなのに、と後悔する
(8)時間を賢く使っている
(9)いまやらなければならないことと別のことをしてしまう
合計点数を集計して、19点以下なら「最軽度」、23点以下なら「軽度」、31点以下なら「中程度」、36点以下なら「重度」、37点以上なら「最重度」です。
この章には「先延ばしの定義」が示されています。
「自分にとって好ましくない結果を招くと知りながら、自発的にものごとを延期すること」です。
第2章にも「自己診断テスト」があります。今度は問いの数が増えていますが、回答の5段階は同じです。
(1)時間をかけたほうがいい結果を残せる
(2)つまらない仕事には、やる気がわかない
(3)目先の楽しいことにうつつを抜かして、自分の首を絞める
(4)集中すれば、やるべきことはやり終えられる
(5)もっと仕事が楽しければいいのに、と思う
(6)先のことを考えずに、とりあえず楽しそうな課題をやる
(7)本気を出せば、結果はついてくる
(8)効率よく仕事を進められない
(9)目の前に誘惑があると、いても立ってもいられなくなる
(10)頑張ればうまくいくという自信がある
(11)仕事が退屈だ
(12)長期的な目標より、目先の快楽を追求してしまう
(13)自分は粘り強くて、ピンチに強いほうだ
(14)押しつけられた義務を果たそうとすると、気持ちが萎える
(15)楽しそうなものごとが目に入ると、やるべき課題を放り出して、そっちに引き寄せられてしまう
(16)どんな障害にぶつかっても、最後は乗り越えてみせる
(17)課題が退屈だと、集中力が切れやすく、つい楽しい妄想にふけってしまう
(18)楽しいことは、すぐにやりたい
(19)努力すれば、困難を克服できると思っている
(20)仕事が楽しくない
(21)将来の大きな快楽より、目先の小さな快楽を優先させる
(22)その気になれば、成功できると思っている
(23)退屈を感じると、目の前の課題と無関係なことを考えてしまう
(24)楽しいことを後回しにするのは、とてもつらい
今回はこの24の問いの答えを次のように集計します。
エディー指数=(1)+(4)+(7)+(10)+(13)+(16)+(19)+(22)
バレリー指数=(2)+(5)+(8)+(11)+(14)+(17)+(20)+(23)
トム指数=(3)+(6)+(9)+(12)+(15)+(18)+(21)+(24)
エディー指数が24点以上の人は、「どうせ失敗するときめつけるタイプ」です。自分の可能性を狭めて考えるため、実際に失敗する確率が高まり、先延ばしを繰り返します。
バレリー指数が24点以上の人は、「課題が退屈でたまらないタイプ」です。課題に価値を感じられないために、苦手なことに集中力が続かず、先延ばしを繰り返してしまいます。著者もこのタイプだったそうです。
トム指数が24点以上の人は、「目の前の誘惑に勝てないタイプ」です。衝動性の強さ、根気のなさ、自己コントロール能力の弱さ、集中力の乏しさが原因で先延ばしを繰り返してしまいます。
これらの要素から、著者は先延ばし癖の方程式を導き出しました。
(期待×価値)/(衝動性×遅れ)
第3章では、先延ばし癖が人間特有のものでないことが書かれています。衝動性は多くの動物に見られますが、計画性のある一部の動物は、衝動性と計画性のせめぎ合いの中で先延ばしをするそうです。
心理学者のジェームズ・マズールが鳩を対象に行った実験では、先に楽な選択をすると後が大変になると学習した鳩は、楽な選択をしないようになったそうです。
ではなぜ人間は、自分にとって損な先延ばしをしてしまうのか。著者はそれが人類の進化の過程で学び取られてきたものだと説明しています。
そして、人類は誘惑の多い現代社会に、まだ完全には適合していないと著者は言います。スーパーマーケットや冷蔵庫のない時代には十分だった忍耐力が、パソコンやゲーム機のある、達成までに長期間を要する課題がつきつけられる現代では不足だというわけです。
そのことについて詳細に述べているのが第4章です。そして第7章からは先延ばし癖克服のための行動プランが13種類、示されます。
「先延ばし」を切り口に、自分の行動パターンや性格を分析できる、興味深い読み物です。350ページを超える内容ですが、最後の57ページは参考文献などを示した「注」です。そちらも充分に読み応えがあります。