「マーケティングとは顧客の創造である」というのは古典的な定義ですが、「売り込まなくても売れていく」方法を作るというのが、マーケティングについての現実的な解釈といえるでしょう。
マーケティングにおける最高のパフォーマンスとは、何もしなくても顧客が集まり、継続的に商品やサービスを買い続けてくれる状態で、俗に言う「左うちわ」です。しかしそれが実現しているところは多くはなく、あってもそれが長く続くことは稀です。
「ではどうするか」という部分で私たちは悪戦苦闘しているのであり、そこが悩みの種なわけです。裏返せば、その部分が商売の妙味であり、結果が出れば面白くてたまらない気分にさせてくれます。
広告宣伝はそのためのツールのひとつであり、自社の商品に合った方法論さえ確立してしまえば、後はお金をつぎ込むだけで一定の効果が期待できるところが魅力です。
しかしそれは釣りの場合の撒き餌と同じで、釣るスケールと撒き餌のコストが折り合わなければ、赤字になってしまいます。そのため商売の規模が小さな中小零細においては、大きな予算を要する広告宣伝には手が出せません。
そのために近年はSNSなどコストの安いコミュニケーションツールを活用したプロモーション活動に注目が集まっているわけですが、それとて低コストで一定の効果を挙げようと思えば、今度は時間という別のコストを膨大に消費してしまいます。
したがって、SNS時代の商売にはそれに合ったマーケティングの考え方が必要になるわけですが、本書はその候補として有力な1冊になっています。
著者は「さとなお」の愛称でもよく知られたコミュニケーション・ディレクターで、エッセイストやブロガーの顔も持っています。1961年東京生まれ、早稲田大学卒。電通でコミュニケーション・デザイナーという職種を確立し、2011年に独立。『明日の広告』という著書がベストセラーになったほか、多くの著作があります。
それでは、本書の内容を概観するために、目次を紹介しましょう。
・はじめに
・第一章 キャンペーンや単発施策を、一過性で終わらせないために
・第二章 ファンベースが必然な3つの理由
・第三章 ファンの支持を強くする3つのアプローチ~共感・愛着・信頼
・第四章 ファンの支持をより強くする3つのアップグレード~熱狂・無二・応援
・第五章 ファンベースを中心とした「全体構築」の3つのパターン
・第六章 ファンベースを楽しむ(もしくは実行の際のポイントの整理)
・あとがき
・巻末URL集
まず「ファンベースとは何か」を押さえておかないと、本書への関心は湧いてこないでしょう。「ファンベース」とは、ファンを大切にし、ファンをベースにして、中長期的に売上や価値を上げていく考え方だと著者は説明しています。
要するに、古典的なマーケティングの教科書にある「ロイヤルカスタマーの構築と保持」を現代に合わせて再解釈したのが「ファンベース」であると認識すればいいでしょう。当然、言葉を置き換えただけでなく、現代の世相や人々の考え方、世の中のインフラとして普及しているツールなどを盛り込んでアップデートしてあるわけです。
著者は「はじめに」でこう言っています。「ファンベースは、あなたが思っているより、たぶん、ずっと重要だ」と。
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あなた自身も身の回りでいくつか思い当たるのではないだろうか。日用品でも食料品でもファッションでもスポーツ用品でもアプリでもいい。他のブランドや商品が数多くある中、強く惹かれ、愛用し、思わず友人に薦めたブランドや商品があるはずだ。それは支持だ。ブランドや商品が提供してくれている価値を支持して、購入しているのである。
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本書で言うところの「ファン」とは、サッカーのサポーターやアイドルの追っかけのような熱狂的、動的な応援者のことではありません。もっと静的で、表情が乏しくても、特定のブランドや商品に対して高い熱量を持っている人を指しています。つまり、支持者のことを「ファン」と言いかえているわけです。
著者は改めて「ファン」を次のように定義しています。
「ファンとは企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を支持している人である」
ただし、ファンが支持する価値は千差万別です。人によっては機能かもしれませんし、別の人にとってはデザインかもしれません。存在のユニークさや企業姿勢がツボにはまっている人もいるでしょう。さらには言葉にできない無意識的な感覚でファンになってくれている人もいるかもしれません。
ただし、企業サイドにはファンを重視することについて、次のような抵抗がありました。
・黙っていても買ってくれる人より、新規顧客に予算を使わなければ売上は増えないのではないか
・ファンはいても少数だから、そこに注力しても全体の業績にはなかなか反映しないのではないか
・ファンを相手にするのはお客様センターの仕事で、マーケティングチームの仕事ではないのではないか
著者自身も、以前はそういう気持ちがあったといいます。しかしネット時代に入り、物質的にも情報的にも飽和が近づいてきた現在、そういうマス広告全盛時代の考え方では生き残れないと、考え方を改めたそうです。
そして生まれたのが本書です。本書の読者対象は生活者相手のメーカー、小売、流通、メディア、コンテンツ、インフラといった事業会社だけでなく、B to Bや販管部門の人にも読んでほしいと著者はいいます。そして「今後、ファンベースという考え方抜きで発想するのは難しくなるだろう」と予言しています。
続けて、著者はファンベースの裏付けとなる理由を挙げています。
・少数のファンが売上の大半を支えている
・つまり、ファンのライフタイムバリューを上げていくことは、収益の安定・成長に直結する
従来の「キャンペーン」は、目的達成のために一定期間をかけてプレゼントや値下げなどの宣伝・販促活動を行うものでしたが、その実効性が年々薄れてきたと著者は言います。その理由は世の中に情報も商品もエンターテインメントも溢れすぎていて、話題になってもあっという間に忘れ去られてしまうからです。
さらに、人口減少、超高齢化、少子化、独身増加が追い討ちをかけるため、新規顧客の獲得はどんどん困難になっていきます。だからこそ、ファンに売上の大半を支えてもらわないと、企業が維持できないわけです。
第一章では、従来型の短期キャンペーンや単発施策をムダにしないための考え方を展開しています。新規顧客獲得施策をファンベース施策とつなげることにより、自社が持つ価値に対する顧客の行為を資産化していこうという考え方です。
そこで大切なのは、「瞬間的なリーチには意味がない」と認識することです。たとえれば、従来型の話題になることを目的としたキャンペーンは、「デートで情熱的に口説いてきたのに、そのあと会話もお誘いもしてこない残念なヤツ」といえます。関係を発展させ、好きになってもらうためには、デートの後が大切だという当たり前の視点が、これまでは欠けていたということです。
企業からのアプローチは、さまざまな施策を意識してつなげ、ファンの好意を積み重ねて資産化していくようなものでなければならないと著者は言います。「全体構築」の考え方が必要になるわけです。
第二章では、ファンベースが必然となる理由を3つ上げて説明しています。
・ファンは売上の大半を支え、伸ばしてくれるから
・時代的・社会的にファンを大切にすることがより重要になってきたから
・ファンが新たなファンを作ってくれるから
ファンが売上の大半を支えていることについては、ある有名飲料ブランドの調査データが証拠として示されています。そのブランドでは、たった8%のコアなファンが46%の消費量(=売上)を占めていました。そしてコアではないがファンである37%の人たちが43%の消費量を占めていました。合わせると売上の89%をファンが支えていることになります。
これが何を示しているかというと、企業は新規顧客の獲得を目指してライバル他社としのぎを削っているわけですが、実際にはすでにファンになっている人たちが売上の大部分を支えているという構造であるということです。
また、カゴメトマトジュースの調査では、年間8万円以上カゴメ商品を購入するコアファンが、全売上の30~40%を占めていることがわかりました。そのコアファン層の全顧客に占める割合は、わずか2.5%だそうです。
このためカゴメの施策は「何百万人、何十万人といった会員数の規模をウリにするコミュニティではなく、間違いなくカゴメ商品が大好きで実際に日々購入している上得意顧客が集まる場を作ること」となっています。
「ファンを大切にすること」では、ソニーがデジタル一眼カメラ「α」において、購入後のマーケティングを重視する施策をとっています。「商品購入後」を一番大切なプロセスと位置づけ、3か月に3回以上コンタクトする顧客施策をして購入した商品を使いこなすための情報やサポートを提供しているというのです。
それにより、WEBサイトへの誘引率は一般的なメルマガの1.3%に比べて驚異的に高い32%という高率を示しています。そして実際に使った金額も、さまざまな施策段階ごとにアップし、最終的には5.34倍となりました。購入した商品の5倍以上の商品が売れたわけです。
ここで著者は読者にこのような提案をしています。「あなたの会社のファンは、全売上の何%を買ってくれているか、調査してみましょう」
アンケート項目は、商品やサービスの性格に合わせて熟考する必要があります。そのためのテクニックについても、著者が触れています。
「時代的・社会的にファンを大切にすることがより重要になってきたから」という点については、マス時代の成功体験を脱ぎ捨てなければ生き残れない理由が3つ語られます。日本社会の変化、超成熟市場による変化、情報環境の変化がそれです。
2008年をピークにして毎年100万人の人口が減っていく日本では、新規顧客を増やすのは茨の道です。今買ってくれて支持してくれているお客さんを大切にするしか、企業が生き残る道はありません。
そしたウルトラ高齢化時代では、こんな数字が現実になります。
・2020年に女性の半数が50歳超え
・2024年に全国民の3人に1人が65歳以上
・2026年に高齢者の5人に1人が認知症患者になる
・2030年に団塊世代の高齢化で東京近郊にもゴーストタウンが広がる
まだ本全体のごくわずかしか紹介していませんが、「目からウロコ」がぽろぽろ落ちる本です。ビジネスに関わっている人は、今すぐ読み始めないと損をするかもしれませんよ。