著者のグロービスは「ヒト・カネ・チエ」の生態系を創り、社会の創造と変革を行っている事業体で、グロービス経営大学院、グロービス・コーポレート・エデュケーション、グロービス・キャピタル・パートナーズ、グロービス出版などの事業を行っています。
執筆者として名前の挙がっている荒木博行はグロービス経営大学院副研究科長を経て、現在は株式会社学びデザイン代表取締役社長。『ストーリーで学ぶ戦略思考入門』(ダイヤモンド社)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)などの著書があります。
本書のテーマですが、ただの「ビジネス書のダイジェスト本」ではありません。著者が「はじめに」で書いている通り、「ビジネス書から仕事に使えるフレームワークを学び取る」というのが目的です。
フレームワークとは、共通して用いることができる考え方、意思決定、分析、問題解決、戦略立案などの枠組のことで、ロジックツリー、3C(自社、顧客、競合)分析、SWOT分析、マインドマップ、4P(商品、価格、販促、流通)分析などがよく知られています。
著者が言うには、私たちの身の回りにあるビジネス書の中には、ビジネスに使える「隠れたフレームワーク」がたくさん転がっているそうです。しかし、書籍で読んだ概念をフレームワークとして実践場面まで持ち込んで活用できている人は多くありません。
なぜなら、通常の書籍では素晴らしいものの見方が書かれていても、キャッチーで腹落ちしやすいように整理されていることはほとんどなく、たとえ腹落ちしたとしても、読んだだけで仕事に使えるレベルまで落とし込むのはむずかしいからです。
そのために、多くの人が「本をたくさん読んでいる割には使いこなせていない」という状態にあります。それでは貴重な読書時間がムダになってしまいます。趣味の読書、時間つぶしの娯楽としての読書ならそれでもいいでしょうが、何か自分の仕事に役立てたいと思って読んだ本がそれなら、もったいないことです。
それに気がついた著者は、これまでに読んだビジネス書から「使えそうな視点」を抜き取り、ストックすることに努めてきました。かつては手書きノートに書き留め、それ以降はEvernoteなどのアプリを活用して記録、保存しています。
最近はさらに「イラスト化」を活用するようになりました。テキストだけでは記憶の歩留まりがあまり高くありませんが、文章の片隅にイラストを加えるだけで、その内容が生き生きと伝わるからです。本書にも、著者の手描きイラストが随所にちりばめられています。
著者はイラストを本業にはしていないので、iPadとアップルペンシルでささっと描いたお手軽なイラストばかりですが、これをFacebookで紹介したところ、閲覧者から予想以上の反響があり、本書の出版にこぎ着けることができたというわけです。
本書では、著者が厳選した35冊のビジネス書の内容を紹介しつつ、「それを自分の仕事でどう活用するのか」という示唆をまとめた内容になっています。本選びの基準は「とっつきにくいが奥深いもの」。良薬は口に苦しということわざに従って、基本的には「評判は高いが手に取りにくい書籍」を選んでいます。
著者の読書法は、「4階層ピラミッド」というものです。「広げる」「読む」「残す」「変換する」の4階層を順にたどって、1冊の本に出会い、理解、咀嚼していきます。
第1階層の「広げる」では、良質な本の情報が自分にタイムリーに入ってくるように、本の情報に常にアンテナを立てておきます。この場合、ベストセラーばかりをキャッチすることはしません。売れているから良い本だとは限りませんし、マーケティングに優れた中身の薄い本が売れ筋になっていることもあるからです。
そのためには、「行きつけの本屋さんを持つ」「読書好きの友人、自分と好みが合う友人とSNS上でつながる」などがわかりやすい第一歩になります。著者はflierという要約サービスを活用して、隙間時間に音声情報でも本の情報を得ています。
第2階層の「読む」では、まず本の構造を理解します。「この本で言いたい本題は何か?」「それはどういうロジックで支えられているのか?」が構造です。長大な本を読む場合は、本題を真っ先に確認することで、途中で読書が挫折するのを防ぐことができると著者は言います。
たいていの本は「あとがき」を先に読めば本題が理解できます。問題はロジックの構成を把握することです。そのためには「この本を支える大きな何本かの柱」を明確にしていく作業が欠かせません。
本題とロジックの構成を理解すると、その本の深さや自分にとっての意味が理解できます。その段階で「これは今読むべきではない本かもしれない」と思ったら、その本から離れてもかまいません。実際、著者のKindle内には、途中まで読んで読みかけのまま放置された書籍が大量にあるそうです。
第3階層の「残す」について、著者は「本当の読書は読んだ後に始まる」と、持論を展開しています。ここで著者から読者に向けて質問が発せられます。
「最近で読んで良かったビジネス書を1冊思い出してください」
「その本の内容をわかりやすく語ってください」
答えられない人は、本書を読んで読書のやり方を改善する必要があるそうです。
著者はKindleで読書した場合、マーキングした箇所をデジタルテキストで引っ張ってきて、Evernoteにコピペしています。こうしておけば、後からキーワード検索などの引用が可能になります。
第4階層の「変換する」は、あくまでも他人の知恵である書籍の内容を、「自分だけのオリジナルの知恵」に変換していくことです。そのために不可欠なのが「実践」と「対話」で、実践というのは、本に書いてあることを実生活で使って試してみることであり、「対話」は本の内容について仲間と読書会をしたりすることです。
通例ですと、ここで目次を紹介するのですが、本書では取り上げている35冊を列記することにします。
『LIFE SHIFT(ライフ・シフト) 100年時代の人生戦略』
『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと1日3時間労働』
『働くひとのためのキャリア・デザイン』
『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』
『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』
『リーダーシップの旅 見えないものを見る』
『U理論[第2版]過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』
『なぜ人と組織は変われないのか ハーバード流自己変革の理論と実践』
『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』
『夜と霧【新版】』
『サピエンス全史(上・下)文明の構造と人類の幸福』
『銃・病原菌・鉄(上・下)1万3000年にわたる人類史の謎』
『影響力の武器[第3版]なぜ、人は動かされるのか』
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』
『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』
『「空気」の研究』
『パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか』
『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』
『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』
『イノベーションのジレンマ増補改訂版 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』
『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』
『経営戦略の論理〈第4版〉ダイナミック適合と不均衡ダイナミズム』
『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』
『V字回復の経営 2年で会社を変えられますか』
『HIGH OUTPUT MANAGEMENT 人を育て、成果を最大にするマネジメント』
『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』
『知識創造企業』
『衰退の法則 日本企業を蝕むサイレントキラーの正体』
『バリュエーションの教科書 企業価値・M&Aの本質と実務』
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
『プロフェッショナルマネジャー 58四半期連続増益の男』
『限界費用ゼロ社会〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』
『プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?』
『スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運』
Chapter 1は「『個人』の生き方を考える」と題して10冊の本が取り上げられています。最初に取り上げられているのは、ベストセラーになった『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』です。
同書はこれまでに「常識」とされていた「60歳定年、65歳まで再雇用、その後は老後」という人生設計がもう通用しない時代に入ったという、「不都合な真実」を社会に突きつけた1冊で、続編やコミック版も売れています。
著者が分析したポイントは次の3つです。
(1)これからは100歳まで健康に生きる
(2)100年時代に必要な「無形資産」とは?
(3)100歳から今の自分を見つめる視点を持つ
そして「押さえておきたいこの一節」として引用しているのが、次の部分です。
「本書では、時間を逆さにして、あなたに同様の問いを投げかけたい。20歳の自分がいまの自分をどう見るかではなく、70歳、80歳、100歳になった自分がいまの自分をどう見るかを考えてほしい。いまあなたがくだそうとしている決断は、未来の自分の厳しい評価に耐えられるだろうか? これは単なる頭の体操ではない。この問いこそ、長寿化という現象の核心を突くものなのだ」(序章より)
Chapter 2は「『人間』の本質を理解する」と題して6冊の本が取り上げられています。最初の1冊は『サピエンス全史(上・下)文明の構造と人類の幸福』です。
この本は、人類史を7万年前までさかのぼり、なぜサピエンスが生き残り、そしてどう発展してきたのかを紐解くものです。特に、サピエンスが起こしてきた3つの革命「認知革命」「農業革命」「科学革命」に焦点を当ててストーリーが展開していきます。
著者が分析したポイントは次の3つです。
(1)7万年前にホモ・サピエンスの歴史を始動させた「認知革命」
(2)1万年前に起きた「農業革命」はポジティブなことばかりじゃない
(3)人類を大きく進化させた「科学革命」の仕組み
「認知革命」とは、ネアンデルタール人、ホモ・エレクトスなどのヒトの兄弟たちとホモ・サピエンスを大きく分ける能力のことです。前者は目に見えて存在するもののことしか語れませんが、後者は存在しないものも「認知して」語ることができます。この「虚構をつくる力」がヒトをヒトにしたのだということです。
そして「農業革命」は人口増加、定住化を招き、共同体社会を拡大させました。それは同時にヒエラルキーや戦争を生んでいます。
「科学革命」は帝国主義と資本主義によって支えられ、新しい知が新しいテクノロジーを生み出すループを作りました。
「押さえておきたいこの一節」として、著者は次の部分を引用しています。
「古代エジプトのエリート層同様、たいていの文化のたいていの人は、人生をピラミッドの建設に捧げる。ただし、そうしたピラミッドの名前や形、大きさは文化によって異なる。たとえば、プールと青々とした芝生の庭がある郊外の住宅や、羨望に値するほど見晴らしの良いきらびやかなペントハウスといった形を取ることもある。そもそも私たちにピラミッドを欲しがらせる神話について問う人はほとんどいない」(第6章より)
人間たちの欲望というものは、いくら自分が心の底から願ったと信じているものであっても、結局は誰かが作った神話にコントロールされているに過ぎないと見ることができます。その神話とは、ホモ・サピエンスが7万年前に「認知革命」で得た「虚構をつくる力」によるものです。
そうしてみると、「マーケティング」というビジネスの領域は、7万年前から培ってきた「虚構をつくる力」を使ったヒト同士の争いであるということができます。そういう皮肉的な視点が身につくのは、この本ならではの特徴です。
以下、Chapter 3は「『企業・組織』の本質を考察する」で15冊、Chapte 4「『世の中」の変化を予測する」で4冊の本が取り上げられています。ビジネス書の系統的な読み方を教えてくれる1冊です。