オススメ参考書~読んだら即実践してみよう!

ディズニーキャストざわざわ日記――
“夢の国”にもxxxxご指示の通り掃除します

笠原一郎・著 三五館シンシャ・発行/フォレスト出版・発売

1,100円(キンドル版・税込)/1,430円(紙版・税込)

まず「発行」と「発売」が分かれている件について解説します。これは出版物に時々みられるケースで、発行元の出版社が流通の手段を持たないか、持っていても契約条件が良くないために、別の出版社に流通を委託していることを示します。

本書の場合、発行元の「三五館シンシャ」は一人出版社で、取次口座を持っていないため、トーハンや日販のような取次店を通すことができず、全国の書店における委託販売ができません。そこでフォレスト出版に流通を委託しているというわけです。

流通を委託された発売元は、本の中身には一切関わらず、完成品として発行元から渡された本を自社倉庫に在庫させ、取次店を経由して書店に送ります。書店からの追加注文や返品も、発売元が対応します。

そして契約で定めた一定期間ごとに、発行元に対して販売部数と販売金額を報告し、精算することになります。流通のための手数料がそこで差し引かれます。

三五館シンシャは、かつて三五館という名前で「いい本を出す出版社」として業界でもそこそこ知られた会社の流れを汲む出版社です。三五館は2017年に倒産しましたが、そこのエース編集者だった中野長武さんが一人で立ち上げました。

「シンシャ」とカタカナにしたのは、「新社」という意味だけでなく、三五館の倒産によって迷惑をかけた関係者や書店に対する「深謝」の意味も兼ねたためです。
ちなみに、公式ホームページを見ると、思わずニヤリとする仕掛けがあります。
http://www.sangokan.com

見た目にニヤリとしたら、リンクをたどっていろいろ見てみるといいと思います。一人出版社なのに、コンテンツがたくさんあります。テキストばかりですが。でも暇つぶしにはおもしろいと思います。

そんな三五館シンシャですが、会社を創業して1年半後にヒット作を引き当てます。『交通誘導員ヨレヨレ日記』です。表紙にはこんなコピーが配されています。
「当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます」

これは編集者兼ライターをしていたものの、わけあって警備会社に雇われ交通誘導員として現場に立つことになった著者が実体験を記したもので、発売後すぐにテレビや新聞で話題になりました。発刊1年で重版を繰り返し、7万6000部を達成しています。

同社は続けて『派遣添乗員ヘトヘト日記』『メーター検針員テゲテゲ日記』を刊行し、それぞれ3万2000部、2万6000部とヒットを記録します。さらに『マンション管理員オロオロ日記』『正規介護職員ヨボヨボ日記』『タクシードライバーぐるぐる日記』『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』『コールセンターもしもし日記』とシリーズは続き、本書に至ります。

ということで、本書の紹介に入ります。著者の笠原一郎氏は1953年山口市生まれ。一橋大学卒業後、麒麟麦酒に入社。マーケティング部などを経て57歳で早期退職。東京ディズニーランドに準社員として入社し、8年間カストーディアルキャスト(清掃スタッフ)として「夢の国」で働きました。その体験をありのままに綴ったのが本書です。

「まえがき」にはこのように書かれています。これで、本書の立ち位置がわかると思います。
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私が本書をつづろうと思ったのは、これらのディズニー本(編註・ディズニーランドの接客を神格化して描いたフィクションのような本)に対する違和感が一因だ。本書は、そうした模範解答的なディズニーランド像に対する現場からの実態報告でもある。そして、本書にあるのは決して「創作された物語」などではなく、すべて私が実際に体験したことである。
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続けて著者は、東京ディズニーリゾートやオリエンタルランドを批判したり、中傷したりする意図は毛頭ないこと、ただ著者が現場で見たまま、感じたままを率直に伝えたいという意向を記しています。

ちなみに、本書にはこの職場特有の用語がたくさん出てきますが、そのすべてに対して、直後に解説があるため、ディズニーランドに不慣れな読者でも、まごつくことはありません。むしろ、「夢の国」に対する親近感が増すかもしれません。

最初の告白は、炎天下の清掃業務が重労働であることです。
園内の全面が舗装されているため、地面からの照り返しが強烈で、実際の気温よりも体感温度が5℃高く感じられることが第一。

第二は暑いためにアイスクリームやアイスキャンディが飛ぶように売れ、溶けたアイスが地面に垂れてシミになることです。シミを放置できないためにすぐにモップで拭きますが、拭いている最中に視界の中に次のシミが入ってきます。

反対に冬は立ちっぱなしの業務が寒さで辛くなります。特に雪が降るとキャスト(スタッフのこと)を総動員して雪を始末します。ただ雪かきをすればいいのではなく、容器に入れてゲスト(お客様のこと)から見えないところに捨てなければならないため、汗だくの重労働になるとのことです。

著者が「夢の国」で働き始めて2日目に、女子高生から「何をしているんですか?」と聞かれました。著者が「ゴミを集めているんですよ」と正直に答えると、彼女たちはがっかりした様子で立ち去っていきました。次に親子連れから同じ質問をされました。やはり正直に答えると、同じようにがっかりされます。

変だと思った著者は、先輩のキャストに何と答えるべきかを聞きます。帰ってきた答えは、「夢のカケラを集めています!」でした。それ以来、著者もその答えを返すようになりましたが、ゲストのリアクションはものすごく、悲鳴を上げて喜んだり、拍手されたりしたそうです。

カストーディアルキャストの一番辛い仕事は、「イレギュラー対応」と呼ばれる突発的なトラブルの処置だそうです。その中で最も多いのが嘔吐処理。だいたい1週間に1回くらいの頻度で発生します。

これが発生すると、スーパーバイザー(略称SV。現場ごとに配置され、キャストをまとめて指導・監督する立場の人)がグループ通話で発生場所を流します。それを聞いた近くのキャスト2、3名が急行して対応するわけです。

嘔吐処理は感染対策として、コロナ以前からマスクと防菌手袋、防御メガネをかけて行う決まりになっています。暑い日は息苦しい装備です。ゲストの目に触れないようにペーパータオルとトイブルーム(ホウキ)、ダストパン(チリトリ)で処理します。処理が終わると、バックステージでトイブルームとダストパンを洗い、殺菌します。処理したペーパータオルはゴミ袋に入れて口を縛り、赤のテープを巻いて所定の場所に置きます。あわせて所定の記録用紙に嘔吐処理の発生時間や場所を記入しなければなりません。なかなか大変な作業になります。

動物の死骸処理もイレギュラー対応のひとつです。著者が処理した動物は、スズメ、ムクドリ、ハトなど鳥類がほとんどでしたが、ネズミの死骸を処理したこともありました。動物の死骸処理の場合、処理する前に必ずSVに連絡を入れなければならないそうです。死骸を入れたゴミ袋には「ネズミの死骸」とメモを貼ります。ネズミの死骸だからと「特別扱い」されることはないそうです。

著者は「準社員」という肩書でしたが、実態は非正規雇用のアルバイト・パート職です。その証拠に、正社員は月給制ですが、準社員は時給です。2021年3月時点で、正社員5400名に対して準社員は1万5800名。全体の75%が非正規雇用となっています。

準社員のランクは「M」「A」「G」「I」「C」の5つのグレードで、Mが最下級、Cが最上級です。ランク名はマジックのスペルから来ているそうです。そしてMの時給は960円、Cの時給は1350円です。著者はGで、退職時の基本時給は1070円でした。

このGキャストが1日7時間、次20日勤務すると約15万円の月収となり、年収にすると180万円になります。これでは自宅通勤以外の人には生活が厳しく、お金を稼ごうとする人にはまったく向かない仕事であることがわかります。

キャストには守るべき身だしなみのルールがあり、それは「ディズニールック」というガイドラインのパンフレットにまとめられています。その内容はじつに細かく、髪の色、ヘアスタイル、ヘアアクセサリー、爪、メイク、イヤリング、ピアス、指輪、メガネなど多岐に渡っています。

通勤するときの私服についても「キャストにふさわしいもの」という規定があるそうですが、こちらは事実上自由放任だったといいます。カウボーイ姿で通勤する人、短パンにビーチサンダルで通勤する人などさまざまな人がいます。著者はポロシャツにスラックスという休日のサラリーマンスタイルで通勤していました。

ディズニーランドに休日に行ったことのある人は想像できると思いますが、5万人を超える来園者があると、人気アトラクションは数時間待ちになります。こうなると長蛇の列が殺伐としてきます。中にはイライラをキャストにぶつける人もいるので、いつも以上にゲスト対応には丁寧さが必要になるそうです。

そんな日はすぐにトラッシュカン(ゴミ箱)がいっぱいになります。たまりやすい場所だと、30分であふれてしまいます。ゴミがあふれることはあってはならないので、ダンプ(ゴミ収集担当)が大忙しになります。「『グランマ・サラのキッチン』出口横のトラッシュカン、もういっぱいであふれ出ています。至急対応をお願いします」という叫びがグループ通話から聞こえてきます。

そういうときに活躍するのが「コンパクティングボード」です。これは茶色の四角い板で、ゴミを上から押して圧縮する道具です。ゴミの中には何が入っているかわからないため、キャストの安全を守るためにこのボードが使われます。これを使って、ダンプが駆けつけるまでの時間を稼ぐわけです。

このような混雑する日の中で要注意なのは、10月1日の都民の日、6月15日の千葉県民の日、11月14日の埼玉県民の日です。この日はその都県の公立学校などが休みになるため、学生や家族連れが押し寄せるからです。とくにすごいのが埼玉県民の日で、朝礼時にSVから「今日は埼玉県民の日です」と話があると、ざわざわとしたどよめきが起こるそうです。

ディズニーキャストにディズニーランドが嫌いで働いている人はいないそうですが、逆に大好きな人はたくさんいるそうです。年間パスポートを持っていて、働かない日も遊びに来ている人もいるとか。

2011年3月11日午後2時46分、あの東日本大震災の瞬間、著者はファンタジーランドの「ピノキオの冒険旅行」の前にいました。激しい揺れに「イッツ・ア・スモールワールド」の前にある池の水が大きく波立ち、大量の水があふれ出たそうです。

しかしその時点までに著者は地震発生時における訓練を受けていませんでした。ほとんどのゲストがその場にうずくまり、著者たちは「お怪我をされた方はいらっしゃいませんか、ご気分の悪い方はいらっしゃいませんか」と声をかけて回りました。

園内のアトラクションはすべて止まり、ゲストはキャストの指示に従って地面に座っていました。やがて雨が降り始め、誰の提案か、地面に座っているゲストにゴミ袋と段ボールが配られました。雨と寒さ対策です。

ゲストもキャストも冷静に行動していましたが、情報不足のため、キャストにも今どんな状況になっているのかがわからなかったといいます。建設時に液状化対策をしていたパーク内は無事でしたが、著者が帰宅するために舞浜駅に出てみると、道路が凸凹になっていて改めて地震のすさまじさがわかったそうです。

翌日から東京ディズニーランドは園内の補修工事のために約1か月休園することになりました。再開後、キャスト全員に青い腕輪が配られました。それにはこう書いてありました。
「WE ARE ONE 心はひとつ」

この後も「中の人」の体験談は続きますが、この続きはぜひ本書でお確かめください。


 

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